第11話 命の聖杯(5/完)

「こここ、これを何処で!?」


 オレは思わず叫んだ。


「先程も言いましたが船の中じゃ。あんたらが直してくれた船の中にあったようで。」


 直した船の中?あれの中に?


「ちょちょ、ちょっと見せてくれ。」


 エスティオは快くそれを差し出してくれた。オレはそれを受け取りマジマジと見つめた。


 先程見たのと同じだ。


 底を見る。印は無い。多分本物の方だ。


 何故本物が此処に?


 それを考えた時、ある仮説が頭の中を駆け巡った。



 ーー本物と偽物が送られたトゥリニア。


 ーー分けられた船。沈められた船。


 ーー届いた偽物。届かなかった本物。


 ーー誰かに宛てた手紙。トゥリニアの周りの海で現れる『海の悪魔』。



「……ストレア、あの船はどこが壊れてたっけ?」


「え?確か船底に穴が空いてたわよ。」


「……オレ達が乗った船と同じ壊れ方してたよな。」


「ええ。」


 エスティオも言っていた。あれは『海の悪魔』が壊したのでは無いか、と。


 オレ達が乗った船も輸送船だった。


 どちらもトリディン海を通っている。


 仮定に仮定を重ねているのは承知しているが、もしかして。


「……さっきの手紙は、『海の悪魔』への指示書なんじゃないか?」


「はぁ?」


「つまりこの聖杯は、本来トゥリニアに届けられるはずの聖杯だった。それが『海の悪魔』によって沈められて届かなかった。『海の悪魔』はトリディン海を行き来する輸送船を狙っている。その指示書がさっきの手紙。」


 ランとエスティオと子供と、オレ達を連れて来た騎士はよく分からないという顔で見つめている。だがストレアは言いたい事が理解できたらしい。


「ミカ、或いはミアが『海の悪魔』に指示を出していたって事?何の為に?」


「分からないが、本物と偽物の聖杯をわざわざ船を分けて送る必要があるか?片方だけが届くようにって意図くらいしかないだろ。それにあの手紙、漁の指示ならあんな書き方しないだろ。」


「そうかもしれないけど意味がますます分からない。わざわざ『海の悪魔』に襲わせる必要ある?」


「……ここからする話は推測が多分に入ってる。まず、オレ達の船に聖杯は無かったはずだ。トゥリニアからディンフローに聖杯を運ぶ事はありえない。聖杯はここで製造されているんだからな。これは確定と考えていいだろう。」


「ええ。」


「その上で考える。何故オレ達の船が『海の悪魔』に襲われたのか。……もしかして『海の悪魔』は、ただただ「輸送船を襲え」という命令しか受けていないんじゃないか?」


「……なんで?」


 ストレアの頭に疑問符が湧いた。


「知らねえよ。だがそう考えると、聖杯を運んでいた船を分ける理由も分かる。分かんないけど。片方だけが届くようにしたかったんだろう。そんな事をわざわざする理由は全く分からないけどな。」


 ストレアは少し考え込んだ。他の四人はもう考える事を放棄している。


「……ハッキリ言って妄想の産物、だとは、思う。でも、確かに、そう考えれば辻褄は合っている、かもしれない。でもやはりそんな事をする理由は……いや、一つだけある。」


 ストレアはニタリと口角を上げて言った。


「でもこんな事するなんて何というか悪趣味な奴ね。」


「なんだよ。」

「要するに、と思ってたのよ、送った奴は。」


「……なんで?」


 今度はオレの頭に疑問符が湧いた。


「本物が届いたらそれで良し。偽物が届いても面白い事になったでしょ?だから良し。そういう考えでないとわざわざ船を分ける理由も、船を襲わせる理由も無いでしょ。『海の悪魔』は一人しかいないんでしょうね。だから片方は少なくとも届くだろうという考えで船を分けた。そして両方が届いたとしても、片方だけ届いたとしても良しと考えてた。そう考えれば辻褄は合うでしょ?」


「……辻褄は合う。合うが、やっぱり理解出来ん。何が楽しくてそんな事をする必要があるんだ。」


「人が戸惑うのが楽しいアタシみたいな奴なら、その様子を見て楽しいんじゃないかしら。それ以外には考えつかないわね。」


「ひでぇ奴だ。」


「全くね。」


 エスティオが口を挟んだ。


「あのう、そろそろ良いかね。」


「ああ済まない。」


 二人で話し込んでしまった。


「結局これはどうすればいいかの。」


「そうだな……何にせよ教会で預かってもらうしかあるまい。なあアンタ。」


 騎士に声かけをした。


「はい?私ですか?」


「ああ。これをトマ主教に渡して来てくれ。」


 そう言ってオレは命の聖杯を投げて渡した。


「ひひひぃっ!?投げないでください!!」


「ああ、すまん。」


 騎士は腰を抜かしてガクガクと膝を震わせていた。何もそこまで驚かなくてもいいだろうに。



 聖杯についてはそういう事でとりあえず落ち着いた。


 二人は来客室から出て、そのままディンフローに戻るとの事である。子供がずっと手を振ってくれていた。ランがニコニコとしながらそれに手を振り返している。


 それを見ながらストレアが冷ややかな目で言った。


「これからどうするのよ。この件、なんか闇が深い気はするけど、バグが関わっているかというと疑問よ。」


 確かに。ここにあるのはただの人間の悪意くらいなもので、バグでは無いというストレアの言葉はその通りなのだろう。


「オレとしては、これだけ悪意を詰め込んで色々出来る奴の事についてはもう少し知りたいところではある。それが悪意なのか、結果としてこうなったのか、それとも更に何かの理由があるのか、その辺もな。」


「えー?あんまり関わりたくないわね。バグを悪用してるって点で魔王の方が気になるわ。」


 バグ、ねぇ。まぁ、オレ達の旅の目的はそちらが主題だ。


 バグかぁ。


「……ふと思ったんだが。」


「ん?」


「あの聖杯の量、おかしくなかったか?いくら何でも。」


 あの部屋には十や二十では収まらない数の聖杯があった。


「まぁ、確かに多いなとは思ったけど。」

「金銀銅が材料なんだよな?どのくらいの量が必要なのかは知らないが、聖杯と同じ量だとしたら、そこまで掘り出せる程の鉱山この辺にゃねぇぞ確か。もしかして増殖とか複製のバグでもあるんじゃねぇの?」


 オレが言うと、ストレアが鼻で笑った。


「ハッ。そんなもんないわよ。幾らアタシの世界にバグがあったとしてもよ?そぉんな初歩的なバグが残ってるわけないじゃないのよ。」


「本当ですかぁ?」


 ランが怪しむ顔を見せた。


「試してみるか。」


 もしそんなバグがあれば、この世界全体に適用されているはずだ。だとすればここでもデバグライザーは使用出来るはず。


 オレはストレアの腕に向かって「アイテム増殖バグ」と叫び、デバグライザーのボタンを押した。


「痛っ、ちょっと、無理矢理引っ張んじゃあないわよ。そんなバグあるわけ……。」


「ブフィェェァァァァァァッ!!」


 デバグライザーから巨大な黒いオークが現れた。巨大すぎて教会の来客室の前の廊下の天井を破壊してしまっている。


「……あったみたい、ね。」


「奮っ!!」


「ブフィィィィィイチゲキィィィィィ!?」


 オレはそのオークをぶん殴った。


 オークは天井と床を交互に破壊しながら地面と垂直に飛び、やがて教会上空で弾けた。花火をするには昼間すぎる。


 ランがキョトンとしながら言った。


「ま、まさか本当に出るとは思わなかったですぅ。」


「なんですか今の!?」


 騎士達がキョロキョロと狼狽ている。


 ストレアは溜息を吐きながら指をパチンと弾いた。壁の、天井の、床の破片が、先程のオーク以外が、全て元に戻っていく。


「なんでもなかった。いい?」


「あっ……はい……。」


 ストレアの凄みに気圧された騎士達はすごすごと引き下がった。ストレアはそれを確認した後、ふぅ、と溜息を吐いて言った。


「……確定かしら。」


 頭を抱えている。


「多分、な。」


「とすると、どうしますぅ?」


「とりあえずディンフローかトゥリニアに行ってみよう。『海の悪魔』を捕まえて話を聞けば、何か分かるかもしれん。」


「またランの背中に乗るのかぁ。嫌だわぁー。」


「吐かないでくださいよぉ?」


「吐かないわよ。」


 ストレアは不機嫌な顔で言った。



 二人の会話を聞き流しながら、オレは考えていた。


 ミカ、ミアの目的は何なのか。


 そして、オレはアイツらを見つけた時、どうすべきか。


 ……だが、答えは出なかった。


 ただ、このままアイツらを、ミカを、少しの間だが共に過ごした仲間を、見過ごすわけにはいかない。そう思った。

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