摂理の破壊者〜ステータスが低く見えるバグでギルドを追放されたけどオーバーフローしたステータス(4294967295)を得たのでこのクソみたいな世界とルールをぶん殴ります。今更止めてももう遅い。〜
明山昇
第1話 神をぶん殴れ(1)
人間が嫌いだった。
数字で全てを判断する人間が。
他の世界がどうかは知らないが、この世界は人間の数値が表示される。身長、体重だけでは無い。筋力=STR、知力=INT、体力=VIT、器用さ=DEX、素早さ=AGI、運=LUK、これら全てが数値化され、表示される。これをこの世界ではステータスと呼んでいる。
1を赤ん坊のそれとして、一般的な人間は大体のステータスが10程度になるとされている。そこから如何にして自分のステータスを磨くかによって、人生の進め方が決まっていく。全般的にステータスの高い人間(平均して20あれば十分らしい)は冒険者として旅立ち、この世界を支配せんと企む魔王に立ち向かう。筋力、体力、器用さが高い者は生産業に。素早さが高い者は狩人などを営む。知力や運が高い者は商人を志す者が多い。そうした傾向を破る者も居るが、大抵の場合は失敗し、無価値の烙印を押される。
このオレ、レイ・エグゼはまさにその典型例だった。
オレは昔からステータスが低く、10程度で止まっていた。どんな努力をしても上がらなかった。本を読んで、武器を振るい、魔物を退治しても、ステータスの数値は上がらなかった。それを実演して見せても、何かのトリックがあるのだろうと疑われ、蔑まれた。女という性別も手伝っていたのだろう。魔物退治を一人で済ませても信じられない人間が多数であった。先刻も冒険者ギルドの入会試験で、一番の成績を取ったにも関わらず、ステータスが低い事を理由に追放された。
「いやいやいやいや。お前のこのゴミステータスで、そんな事出来るわけないだろ。それに……、」
ギルドマスターがせせら嗤った。
「どうせトリックでしょう?それを教えてくれたらギルドに入れて上げてもいいかなぁ〜?」
副マスターが割り込むように言い放ちながら嘲笑った。
慣れたものだが、改めてやられると腹に据えかねるものがある。何か言い返したいと思ったが、それをする前にエリート冒険者様がその間に割り込んできた。
「いいから帰れ。ここはお前のようなゴミが来るところじゃない。」
いかついゴリラのような戦士が言った。
「そうそう。教会行って、ウチらの為に命のストックでも増やしてくれば?」
僧侶らしき女性がにやけながら言った。
「ああそいつはお似合いだ。お前みたいなゴミでも世界の役に立つ。」
「それか娼婦かな。お前のお胸なら売れるだろうよ。」
「胸のステータスだけは高いんだから。」
ゴリラとギルドマスター、副マスターが代わる代わるそう言うと、彼らとこのやり取りを見ていた取り巻き連休が一斉に笑い出した。
「ギャハハ!!」「アハハ!!」「ブェヘヘ!!」
悪意に満ちたその笑い声を背に、オレはギルドを後にした。
この世界のステータスにはあと二つある。……胸のサイズはステータスには入っていない。真面目な話なのでこれについては触れない。
一つはスキルポイント。一定のステータスになると、スキルポイントを付与する事で、ある特殊な能力を発動する事が出来るようになる。オレは一つも身につけていない。
そしてもう一つはライフ。
それは文字通り命、生の数。
1か0しか値を取らないこのステータスは、自分自身の命の数を示している。1は生であり、0は死である。このステータスが変動するのは二つの場合に限られる。一つは死ぬ時。もう一つは、命を捧げた時。
ーーーこの世界では、「命を捧げる」という言葉に二つの意味がある。一つは命を賭けるつもりで精一杯頑張るという意味。もう一つは、文字通りの意味。
ステータスが低い人間は生産性も低く存在価値も無いと判断される。そういう人間の”使い道”は、他者に命を与える事だ。命を明け渡す。捧げる。そうする事で、一度死んだ人間、ライフが0となった人間を生き返らせることが出来る。その時、捧げた側のライフは0となり、死んだ人間は1となる。
役に立たない人間が、最後に世界に奉仕する方法。それが「命を捧げる」ことで、「命のストックを増やす」ということであった。正確には、生きている誰かのライフを増やす事は出来ない。だが物のライフを増やす事は出来る。どういう理屈なのかは分からないが、「命の聖杯」というものにはライフを一時的に預ける事が出来る。オレの村、そして国では、この「命の聖杯」を使ったライフのやりとりが平然と行われていた。
オレの両親は二人ともそうやって死んだ。十を迎えた子の、オレのステータスが低いという理由で、責任を取ると言って命を捧げた。オレも命を捧げられそうになったが、ある人がすんでの所で助けてくれた。変人と呼ばれ、ちょうどその頃村外れに越してきた老人、ジョセフ・コンパイラに。その老人は全体的なステータスこそ高かったが、知力が低く、どこか狂ったような事を喚き散らしていたので、村の連中も手出ししなかった。
だがその老人は狂っていなかった。ただこの世界に愛想を尽かしていただけだった。彼は語ってくれた。かつて自分が魔王退治のパーティにいたと。だがある日突然、自分のステータスが、知力が下がった。自分自身の知識量は変わっていない。だが他人から見えるステータスだけが突然減った。そして、たったそれだけの理由で、彼はパーティから追放された。
そのパーティがその後どうなったのか、彼は語らなかった。長年一緒に過ごしてきた自分を、たかが……たかが数字一つで追放するような奴ら、どうなっても知ったことではない、そう彼は語っていた。その目には涙が滲んでいたのをオレは克明に覚えている。彼らの行末は、ジョセフ追放から十数年経った今も尚この世界に魔王が居て、魔物により人間狩りを続けていることから、少なくとも「魔王を倒した勇者」という栄光を得られなかったのは間違い無いだろう。逃げ出したのか、死んだのか。それについてはオレもどうでもいいと思った。出来れば死んでいてほしい、惨たらしく、そう思った。
何にせよジョセフはその結果を聞くことは無い。昨日死んだ。寿命だった。オレを八年育ててくれた唯一の心を許せる人間が居なくなることは、オレの心に大穴を開けた。
死に際、ギルドに登録してみるよと言ったオレに、無駄だと思うがなと嘯いた後、尋ねた。
「なぁレイよ。この世界に神がいるとしたら、そいつはどんな奴だと思う?」
「さあ。」
「俺はクソ野郎だと思う。」
それはオレも同感だった。
「俺は魔王退治のパーティに居たと言ったが、あれは建前でな。勿論パーティの目的は魔王を倒すことだったが、俺はただ神を探すためだけにあのパーティに居た。……世界を巡ったが、ついぞ見つける事が出来なかった。それでパーティから追放されて戻ってきた生まれ故郷は、すっかり変わっちまって、他の村や街と変わらない、数値だけで判断するクソみたいな村になっちまってた。俺は本当にこんな世界大嫌いだ。」
それも、オレは同感だった。
「……なぁレイよ。こんな事を言うのもなんだが、お前が神を見つけたら、俺の代わりにぶん殴ってきてくれ。」
それが口癖だった。そして遺言でもあった。
そんな事を思い出しながらギルドの外に出ると、雨が降ってきていた。だがそれを気にするような心境ではなかった。とっとと家に帰ろう。そう思い、その雨にまま打たられながら、呆然と街を歩いていると、周りが指を指して笑っているような気がした。気のせいだと思いたかったが、そうではないようだ。オレの耳に届く嘲り。それは確かに耳の中で響いていた。やがて帰路の真ん中の教会の前に差し掛かると、ちょうど教会から出てきた神父が言った。
「おおレイか。お前さんまだ生きていたのか。そろそろ、聖杯に命を捧げた方がいいんじゃないのか。その様子だとギルドにも断られたんだろう。当然だ。お前のような劣等人は、他の優等人のために命を捧げるべきなのだ。」
一気に捲し立てるように言ってきたものだから、余計に腹が立った。
「なんだ、なんだよ。オレみたいなのは、生きていちゃいけないってのか。」
「そうだ。神もそう仰っている。助け合う心、それが大切なのだと。」
「無茶苦茶だな。その神とやらはオレみたいなステータス弱者を助けちゃくれないのか。」
「”神は”全ての命に平等だ。だが我々は神ではない。我々教会が人々を救うには、誰かの命が必要なのだ。お前は何の役にも立つ事はないだろう。そんな人間が役に立てる方法が神によって用意されているのだ。それが命の聖杯だ。素晴らしい事だとは思わないかね。凡ゆる人間が他者に貢献出来る術が用意されている。これこそが平等なのだ。」
この国の国教たるドミネア教の神父が、陶酔の目で雨を降らせる天を見上げた。恍惚としたその顔が雨水で濡らされるが、彼は気にも留めていないようであった。狂っている。オレは率直にそう思った。今の話だけでもおかしなところばかりだ。命の価値は平等でないのに、その命を捧げる事が出来るという事実が平等だと?前々からーーーオレが子供の頃からずっと疑問に思っていたが、この国の、この世界の道徳は本当に正しいのか?「バカか。くたばれ。」と口にして立ち去りたかったが、それを口に出すと異端として更に迫害されかねない。オレは何も言わずに駆け出した。その背中に神父が「神はお前の命を待っているぞ。」と叫んでいた。ふざけんな。オレの命を待っているわけないだろ。オレのような、役立たずの、命、なんて。
背中に縋り付く蔑みの声を振り解くように、夢中で走り続けて五分程経っただろうか。
ガツッ、グチャッ。
突然雨音に混じって鈍い音がしたかと思うと、赤い雨がオレの顔に掛かった。
何かはその匂いで分かった。
血だ。
「なんだ?なんだなんだおいおいおい。」
雨とオレの涙と何かの血が混ざり合ってぐちゃぐちゃになったであろう顔を拭きながら、オレは何が起きたか理解しようとした。
目を開けてみればそれはすぐ理解出来た。
目の前に女性が落ちてきたのだ。
気付けばちょうどジョセフの、いや、今となってはオレの家の近くだった。家は村外れの崖の近くにあった。その崖から飛び降りたのだろう。身体付きから恐らく女性だったのだろうと思われるそれは、頭が弾け、肉が飛び散り、いやもうこれ以上表現出来ないというくらいに不快で異様な光景であった。黒髪のポニーテールで、半分が白、半分が黒の独特な服を着ている女性。うつ伏せなので詳しくはわからないが、パッと見た感じのプロポーションは、まぁその、人目を引くであろうという感じである事は理解出来た。だが顔だった場所から吹き出る血でそんなプロポーション云々はどうでも良くなった。それ以上に不快感の方が強くなった。
「おえ。」
思わず吐き気を催す程のそれから目を背けながら、オレは彼女を、この人を、いやもう”これ”となっているのかもしれないが、どうすればいいかと考えた。教会に連れて行く?そんな事をしたらまたあのクソ神父が無茶苦茶言ってくるだろう。かといってこのまま置いておけば、オレが殺したと思われかねない。何せここはウチの近く。飛び降りた理由をオレやジョセフに結びつけられでもしたらたまったものではない。特にジョセフのせいだとか言われたら、オレは我慢出来ずに殺してしまうかもしれない。
そう考えていると、先程の神父の言葉が脳裏に蘇った。「人々を救うには、誰かの命が必要なのだ」だったか。
……オレの命を捧げれば、この人を救えるんだよな。
そんな考えが過ぎって、そして離れなくなった。
「ここはお前のようなゴミが来るところじゃない。」
「お前みたいなゴミでも世界の役に立つ。」
「そうだ。神もそう仰っている。助け合う心、それが大切なのだと。」
ああ、もういいや。
彼女が何で死んだのかは知らない。自殺なのか、他の誰かが殺したのかは知らない。自殺だとしたら、何を思って死んだのか。それも全く分からない。知った事でも無い。だが、オレが生きているよりも、命を上手く使ってくれるだろう。自殺だとして、生き返って彼女がまた自殺したとしても、それはそれで、オレの命が無駄になるだけだ。それでいいだろ。もう。楽になりたい。そう思った。
オレはステータス画面を表示し、ライフの欄をタップ、[捧げる]を選択し、眼前の女性をターゲットにした。これでオレは死ぬ。そして彼女は蘇る。この飛び散った欠片が元に戻り、そして失われた命が回帰するのだ。
ごめんな、ジョセフ。
約束、守れなかったよ。
オレは育ての親に懺悔した。
一瞬の目眩が襲い、オレは目を瞑った。視界が一時漆黒に包まれたが、やがて目を開けると、オレの視界は正常に戻った。意識もはっきりとしている。
おかしい。
命を捧げた人間は、オレが見た限り、すぐに命を落として地に臥せて動かなくなった。
でもオレは?オレはなぜか意識が残っている。今もはっきりと見える。眼前の女性の体が元に戻っていく姿が。だがすぐに目を逸らした。復元は一瞬ではなく、飛び散ったパーツが集まっていくことで行われる。つまり脳の…、その、脳髄とかが、丸見えなわけである。オレはそういうものに強くはない。そういうわけで見ないようにした。それと同じくらいに気になったのはオレの体に発生している違和感である。オレの体がやけに軽い。凄く動く、ような気がする。彼女はまだ再生中らしい。その間に一度試してみよう。オレは立ち上がると、思い切り足に力を込めてジャンプした。
シュッ、という風を切る音がしたかと思うと、全く見覚えのない風景が広がった。
「……んんんん?」
おかしい。何処だ此処。確かに思い切り力を込めたりはしたが、それでもそこまで高く飛べるわけでは無い。魔法を使いでもしない限り、普通なら数十センチ飛べれば十分だろう。思い切り飛んだところで、眼下に見えるのは茶色い地面だけのはずだ。だがオレの眼下には白い何かが見える。雲……だよな?あれ。雲を突き抜けてきたのか?雲って突き抜けられるのか。そっかぁ。まぁでもおかしくはない。雲は水なわけで、水が空気より軽くなっているのだから、少しの力で突き抜けられるのは自然な事いやいやいやいやオレの頭どうかしてんのか?なんでこんな知識がすらすらと出てくるんだ?オレはそんなもん勉強した覚えはないぞ。ないのになぜか”理解”が出来る。推論から計算、結論へ結びつける事が容易に出来る。なんだ?オレの体に何が起きている?
そしてオレの身体は自由落下を始めた。いつまで続くのかと疑問に思うくらい落ち続けた。地平線が見え、そして近くの崖も見えた。先程オレが命を捧げた女性が落ちてきたであろうその崖が。
その数秒後にオレは地面へと降り立った。無傷で。痛くも痒くも無い。人一人の命を奪う程の高さより遥かに高みから落ちたにも関わらずピンピンしていた。
なんだこれ。
いくらなんでも意味が理解出来ない。オレの身体に何が起きているというんだ。
オレはステータスを見る事にした。当てにしているわけではないが、何かの手がかり、がーーー。
LIFE: 4,294,967,295
STR: 4,294,967,295
INT: 4,294,967,295
DEX: 4,294,967,295
VIT: 4,294,967,295
AGI: 4,294,967,295
LUK: 4,294,967,295
SP: 4,294,967,295
なんだ、これは。
なんだよ、これは。
おかしいだろ。オレはもともと全部10だぞ。それが……それが、どうしてこうなるんだ?この数字はなんだ?幾ら何でも
「高すぎる…。」
誰かの声が聞こえた。
「有り得ない…。幾ら何でもこれは…流石にどうにも…。」
「誰だ?」
「うっさい!!アンタのせいでウチの仕事がもっと増えたじゃないの!!」
パチン、という指を弾く音がしたと思うと、周りの雨と、眼前の女性が立ち上がろうとしていたその動きが止まった。そして次の瞬間、オレは今までとは全く別の場所に居た。
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