第5話 島のバグをぶん殴れ(2)

 船が大きく揺れた。何かに乗り上げたような音だ。心なしかオレの背中にかかる圧力が少し収まった気がする。気のせいかもしれない。このVITのせいで、元々大した圧力に感じなかったからだ。0.001が0.0001になったところでどこまでの差があるのだろうか。


「着いたぞ、もう離れて大丈夫だ。」


 船乗りのおっさんがそう言ってくれたので、オレは離れた。なんとかテーブルは保ってくれた。大分ヒビが入っていたのをオレの背中で無理矢理繋ぎ止めていたようなものだったらしく、オレが退くとテーブルは音を立てて裂けた。そしてそこから水が更に流れ込んでくる。オレ達は急いで場を後にした。



 船を出ると強い日差しに照らされた。


「うぇー、ビッショリ。」


 オレの服はびしょびしょに濡れて、ピッチリとオレの肌に吸着している。この日差しで乾けばいいのだが。


「下着見えてるわよ。」


 ストレアが呆れた顔で言った。


「先に言え!!」


「これ乾くまで使ってくれ。」


 おっさんが船員の服を差し出してきた。オレは誰もいない船の中で着替えた。


「セーラー服ってやつね。その手の趣味の人にはいいんじゃない?」


「何の話だ。」


「他の世界じゃそーゆー服がウケたりするのよ。」


「へぇ。」


 興味が無い。オレはこの性格に以前の低ステータスだったので、男から見向きもされなかった。なのでオレとしてはそういう恋愛とかには全く疎いし興味が無い。誰かの興味を惹くなんて事、全くもってどうでも良いと思っている。


「お姉様はどんな服着てても素敵ですよぉ。」


 お前はいい子だなぁラン。


「貴方が助けてくださったのですか。」


 船長らしき帽子を被った人が砂浜の先からやってきた。よく見ると集落らしき屋根が見える。


「ありがとうございます。貴方が穴を塞いでくれていなければ、此処に着く事も出来ませんでした。」


「気にしないでくれ。アンタが船をここに着けてくれなきゃ、オレも耐えられたか分からないからな。」


「そう言って頂けるとありがたい。私はジェイソン。この船の船長です。今回の件については私が責任を持って対処……したいところなのですが。」


 ジェイソン船長は何やら言い淀んだ。


「何か?」


「先程この島の集落に行ってきまして。修理の協力などをお願いしたのですが、妙な事を言われましてな。」


「妙な事って何よ。」


 ストレアが腰に手を当てて苛立ちながら言った。


「さっさと言いなさい。」


「あまり……この状況下で言う事が憚られるのですが……。」


「この島からは出られん。」


 別の人の声が聞こえた。


 その声の元は、ジェイソン船長の後ろから杖を突いて歩いてきた。見るからに年老いた男性である。


「ようこそと言いたい所ではあるのだがの。ここは呪われた島。ここから出る事は出来ん。」


「誰よそれ。」


「わしはそこの集落の長をしているエスティオと言う。お主らが置かれた状況について説明しようと思うて来たのだ。」


「状況?」


 オレの問いかけに老人は、エスティオは答えた。


「左様。……お主らは此処の住人となった。この島から出る事は出来ん。先程も言った通りな。」


「……出られない?なんで?」


 彼は首を横に振った。


「理由は分からん。だが出られんのだ。わしらも数十年前にここに漂着し、それ以来何度も航海を試みたが、その度に訳の分からん事態が起きて失敗しておる。ある時は海竜に船を食われ、ある時は突然嵐になり、またある時は延々と北に向かったにも関わらず出発地点へと戻ってきた。それ以外の方法も試した。何度も何度も。だがダメだ。波は水は移ろい行くのに、我々だけがこの島に閉じ込められている。」


 老人は溜息を吐いた。


「幸い、毎回偶然なのか死者が出ない。不思議なくらいだ。奇跡としか言いようがない。」


 確かに不自然だ。海竜に嵐、遭難。何れも一人くらいは死人が出てもおかしくない。


「わしらは諦めた。それで此処に居る。此処でずっと過ごしている。お主らもどうせそうなる。だからせめてわしらは歓迎しよう。此処は呪われた島、名も無き島、出られない島。あそこが集落。お主らが骨を埋めるであろう場所だ。残された時間をゆっくりと過ごすが良い。」


 そう言って彼は集落へと戻っていった。唖然とするオレ達を無視して。


「……そういう事らしいのです。我々も最善を尽くしますが、もしかすると、彼の言う通りになるかもしれません。私達船員は今後の方針を検討しますので、皆さんはまずは集落の方へ向かって下さい。」


 そういって船長も船員のおっさんも船の方へと向かっていった。


 取り残されたオレ達はどうしたものかと顔を見合わせた。正確にはオレとランが。


 それに対して一人、顔が真っ青になっている者が居た。


「どうしようどうしようどーすんのよ!!誰よ船で旅したいなんて言ったアホは!!」


「お前だ。」「貴方ですぅ。」


「そうですね。ああああああああああアタシのバカバカバカバカ!!いやでも仕方なくない!?こんな事態予想出来なくない!?そうよアタシは無罪よ!!無罪!!アタシは悪くない!!悪いのはこの世界よ!!」


「じゃあお前のせいじゃん。」


 ストレアは口笛を吹いた。毎度思うが全く誤魔化せていないぞ。


「まぁ、いい。とにかく手は無い。他の乗客と一緒に移動するしか無いな。」


 ランが頷き、ストレアも渋々了承した。


 オレ達は砂浜に足跡を残しながら、他の乗客と一緒に、掘建て小屋のようなものが見える集落へと足を進めた。


 その中に黒いローブの人間は居なかった。次に見かけたらギッタギタにしてやる。オレはそう心に誓った。



「しかし、不思議だな。人は無事だが被害は受けるって。」


「…………ん?んん?」


 オレの呟きに反応するかのように、ストレアが首を傾げ、そして黙った。


 まさか、こいつ。


 オレは気に留めておくことにした。

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