第5話 島のバグをぶん殴れ(1)

 教会を出ると参拝客が泣き叫んでいた。神の怒りだの、我々が何をしたのだ、など。オレ達はアホらしいと思いながらそれを横目にそそくさと出て行った。それとすれ違うように街が騒々しくなっていく。教会が突然壊れたと思ったら直り、それと同時に泣き叫ぶ参拝客が入り口に屯すれば、まあ騒ぎにはなるだろう。警備兵も駆け付けようとしている。


「どうしましょー。」


「顔を見られると面倒くさいな。」


 オレ達は適当な道具屋でフードを買って装備した。ストレアは「アタシの尊顔を隠せとかどういう考えなのよ」などと言っていたが、とりあえず無視して無理矢理被せた。



 そのままオレ達は港へと向かった。とりあえず首都セルドラールに向かわねばならない。バグとかそういうのを置いておいても、まずドミネア教というものを何とかしないといけないようであった。ーーーあんな、あんな聖杯、いや邪杯とでも言おうか?あんなものを作るドミネア教というものが、如何に腐ったものかを思い知った。事によっては片っ端からぶっ飛ばしてやらねばならない。


 この国、ローグラムの首都セルドラールは、ここノマライ島から船旅約三日、本土ボルメイナ大陸の中央部に存在する。ノマライ島からボルメイナ大陸への交通手段は、船以外無い。


 ランは「私が背に乗せてお運び致しましょうかぁ?」と言ってくれたが、方向などが分からない。神様はというと「下界の地図はあるけど教えなーい。アタシ船旅がしたい気分なの。少しはマシな景色が見られるでしょ。」などとほざきやがる。だがまぁ、地図を分捕ったとしても、方角が分からないと色々彷徨う事になりかねない。大人しく普通の手段で行く事にした。


 港に行くとちょうど一隻、船が出るところだった。活気はない。ここの漁業はそこまで盛んでは無く、専ら移動目的で使われるばかりである。


「ディンフロー港への定期便だよー。もうすぐ出航だよー。」


 ディンフロー港はボルメイナ大陸の玄関口。セルドラールへ向かうなら必ずここを通らないといけない。


「乗せてくれ。三名だ。」


 そう言ってオレ達はギリギリの所で乗船した。


 乗船した以上は景色でも見ようと、港から離れていく船の動きの中、オレ達は甲板を目指して船内を歩いた。途中黒いローブに身を包んだ奴とすれ違ったりした。……なんだか怪しい。ああいう顔を隠している奴にロクな奴はいない、気がする。だがフードで顔を隠したオレ達が言えた義理ではないか。とりあえず無視して、そのまま素通りした。



「おげぇぇぇぇぇぇぇ。」


 船が出航して一時間も経たない内に、昨日食べたものを早々にストレアは大海へと返していた。


「船酔いする神ねぇ。」


「これでよく船に乗ろうなんて言えましたねぇ。」


「乗った事……無かったのよ……仕方ない……でしょ……。それに、その、物を直すのに権能使ったから、疲れとかがこう……来るのよ……。」


 乗ってみないと酔う酔わないは分からない、かもしれない。それに教会を直すのに力を使ったというのが原因であれば、今回ばかりは責めても仕方ない。よしよしと背中を摩ってやると、更に彼女の口から色々なものが流れていった。


「嬢ちゃん船酔いかい。気をつけなよ。」


 ベテランらしい船乗りが声を掛けてきた。


「何を?」


 ストレアの質問に彼は答える。


「船の際に居ると、魔物が出てくるかもしれないからな。」


「ははは。そんな事あるわけ」


 ザバァッ。


 何かが海から飛び出した。


「えっ。」


 それはストレアの頭に噛み付いた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!」


「かかかかか海竜!!海のドラゴン!!」


 海から首の長いドラゴンが顔を出し、ストレアの頭に噛み付いた。そのままガリガリと歯を左右に動かし、噛みちぎらんとしている。


 海にもドラゴンが居る。海中のダンジョンで生まれた種族だ。海中は中々人の手が届かないため、ドラゴンが孵化する確率も高い。こうした辺境の海であれば尚の事だ。そのため、海とは基本的に危険な場所、一定のステータスを持った冒険者が同伴しなければ出航する事もままならない。


「いだだだだだだだだだだだ!!」


 絶対安全装置に守られているためか、ストレアの首回りには全く傷が付いていない。だがその代わり竜の口内でもがき苦しむというちょっとだけ滑稽な図が展開されていた。


「餌だと思ったのか、もしくはゲロを吐いた事に怒ったか。」


「後の案の方が正しい気がしますぅ。」


「そうかもな……じゃねぇ。何とかせにゃ嬢ちゃんもこの船もヤバイぞ!?」


 実際、船が海竜の体にぶつかってミシミシと音を立てている。早々に離れて貰わなければ、船が壊れてしまう。


「冒険者呼んでくる!!」


 船乗りがそう言って船室に向かおうとしたが、


「ああ、その必要はねぇよ。」


 オレがそれを引き止めた。


「へ?」


「私がやりましょうかぁ?」


「ランは見つかると面倒だからそこで見てな。」


「はぁい。」


 そう言ってランを下がらせると、オレは海竜の上顎と下顎を持って、ほんの少し力を加えた。


 ブチィッ。


 二つの顎は引き裂かれ、海竜は力無く海へと還って行った。


「ふげぇ……死ぬかと思ったぁ……。」


 ストレアが海竜の涎に包まれた顔を船の甲板に押しつけた。汚ねぇ。


「い、生きてる……?それに、その、無茶苦茶な力は……!?」


 船乗りが慌ててオレのステータス画面を表示すると、絶句した。


「  」


「ああ、ごめんなオッサン。騒がせちまって。」


「い、いや、いえ!!問題ありません!!」


 畏まられた。こういう反応は困る。


「ああ気にしなくていいから。その……見間違いか……なんかだと思ってくれれば……。」


 オレがそう言って適当に躱そうとしたその時、「誰か来てくれ!!」という声が、船の下部の方から聞こえてきた。


「なんだ?」


 船乗りが急いで船内に戻っていく。


「……事件は続くもんか?」


「かもです、ねぇ。」


 嫌な予感がしてオレ達もそれに続いた。



 水が船底に溜まっていた。


 船の壁に穴が開いている。人一人通れるくらいの穴だ。その穴から水が吹き出している。どうやらこの穴が原因で船底に水が溜まり出しているらしい。


「はぁ!?どういうことよ!!」


 ストレアが酔いも忘れて叫んだ。


「と、突然、客の一人が、黒いローブの奴が暴れ出したんだよ!!それで、それで、手近な冒険者を殺して……外へ!!」


 よく見ると水底に、先程のような事態に対処するために雇われたであろう冒険者の死体が転がっていた。ステータスを見ると大体が平均35。冒険者としては普通かもしれないが、十分に腕が立つと言っていいくらいには強い。


 それが一瞬で?


「海の悪魔……。」


 オレと一緒に居た船乗りがボソリと呟いた。


「何それ。」


「この辺りの海で、人に化けて荷物を盗んだり、荷物を入れ替えたり、挙句には船を沈めたりする魔物が出るって噂があったんだ。噂だけだろうと思っていたが、まさか本当に出るとは……。」


「さっ、ささささ、先に言いなさいよ!!そういうの!!言えば乗らなかったわよ!!」


 本当かなぁ。なんだかんだ言って乗っていた気もする。


 しかし黒いローブ……乗船してすぐにすれ違ったあれか。黒いローブという時点でちょっと怪しいと思ってしまったのだが、まさかその勘が当たっていたとは。悔やんでも悔やみきれない。


「何とかしなさいよ!!アタシは無理よよよよよよよよよよよよよ。」


 ストレアが吐きながらオレに叫んだ。


「オレに言うなよ!!いくらステータスが高くたって、これをどうしろってんだ。」


「ランでもこのサイズの船は運べないですぅ。」


「だよなぁ。……あっ。」


 オレは閃いた。


「何か板持ってきてくれ。」


「ま、まさか押さえ込むとか言わないわよね。そんなこと無理よ、水圧とかそういうのが……ああ。ああ。なるほど?ナイスアイデアと言ってあげるわ。」


 ストレアは理解したようだ。そう、オレのステータスならそういう無茶も通る。


「これでいいか!?」


 船乗りが人間サイズの板、というかテーブルを二人掛かりで持ってきた。


「大丈夫じゃないか?」


 そう言ってオレはそれを片手で受け取り、水圧に耐えながら、テーブルを穴に押し付ける。


 水に濡れつつも無理矢理力任せに押さえ込む事に成功した。だがこれはあくまで応急処置でしか無い。既に入り込んでしまった水はどうにも掻き出せないし、このテーブルがどれだけ持つか分からない。オレはビショ濡れになりながらも背中でテーブルと穴を押さえながら船乗りに叫んだ。


「これが限界だ!!船長に行って、手近な島へ留めて貰ってくれ!!」


「わ、分かり」


「畏まらなくていいから!!」


「わ、分かった!!嬢ちゃん、すまんが頑張ってくれ!!」


 そういって船乗りは船長室へと向かって行った。オレはランのフレーフレーという応援を聞きながら、延々と背中に水圧を感じ続けていた。足元に流れつきつつあるストレアのゲロを何とか回避しながら。

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