第4話 街の教会をぶん殴れ(3/完)

「ひぃっ……?」


 何か、巨大なものがのしかかろうとしている。それを恐れた人々は、無駄だと分かっていても頭を抱えて蹲み込んだ。それしか出来なかったからだ。


「フシャァッ。」


 巨大な化け物がその足を彼ら彼女らへと振り下ろした瞬間、オレがそれに割り込んだ。踏み込んだ足とその勢いが修道士の前の床を壊したが、知った事ではない。


「何してる!!逃げろ!!」


 参拝客に声を荒げると、彼ら彼女らは一目散に駆け出していった。幸い犠牲者はゼロで済んだ。全くこの駿脚には助けられる。


「な、何ですか、あれは。」


 遠くで修道士が驚きの顔を浮かべている。


「天罰じゃないの?アンタが言ってたじゃない。」


「ち、ちが、そういう、」


「違うの?参拝客には死んで欲しくなかったとか?でも今支えているアレには、はっきり言ってたわよね?天罰って。あの罰当たりな女は死ねばいい、そう思ってないと本当に言い切れる?」


 ストレアがニタついた笑みを浮かべた。


「違います!!違う、違う……。」


「その辺にしとけ。」


 ガスッ。


「ふぎゅっ。」


 オレはストレアに向けて足元にあった聖典を投げた。聖典の角が刺さってストレアは倒れた。


「なぁ神父さんよ。」


「は、はひっ!?」


 参拝客に教えを聞かせていた神父にオレは尋ねた。


「ちょーっとこの中荒れるけどいいか?」


「か、構いませんから、何とかして下さい!!」


 よし、言質は取った。


「OK!!」


 そう言うとオレは化け物の足を掴んだまま投げ飛ばした。


「フシェァッ!?」


 参拝客が並んでいた中央の通路に、その化け物は驚愕の笑みを浮かべたまま叩きつけられた。木製の床が弾け欠片が飛び散る。


「図体ばっかりデカいだけでコイツは大した事無いな。」


「アンタのステータスなら当然よ。こいつ魔物としては普通の値だし。」


 どれどれ。確認してみようとオレはステータス画面を開いた。そこにはこのように表示されていた。



 LIFE: 1

 STR: 120

 INT: 50

 DEX: 130

 VIT: 140

 AGI: 80

 LUC: 100

 SP: 0



「おいおい。やたら高いな。どこが普通だ。」


「種族:魔物の場合、攻撃とかの計算式は別にしてるからね。」


「なんでそこだけ特別扱いなんだよ。」


「その方が面白いでしょ。」


「面白くはねぇよ理不尽だわ。」


「じゃあランもですかぁ?」


「後で確認しような。後で。」


「なんでもいいから何とかしてくださいぃー!!」


 デカい声でやりとりしている所に、神父が割り込んできた。


「神父様……。」


 神父がオレに向かって跪き、祈りを捧げた。その姿を見た修道士は唖然している。


「こんな、こんな化け物が、何故聖杯から……。私は、何を、信じたら……。」


 修道士が涙を浮かべている。


 知ったこっちゃない。


 オレは化け物の頭を踏みつぶした。だがLIFEが減る前にすぐに再生してしまう。


「クソッ、再生能力付きか。」


 すると化け物はその図体を生かして手を伸ばした。伸ばした先には、泣き出して動けない修道士が居た。


「きゃあっ!!」


「フシェシェシェ……。」


 修道士を掴んだ化け物がニタリと笑みを浮かべてオレを見てきた。人質のつもりか。


「助けて……助けてください、神様、ドミネア様……。」


 その祈りの先にあるドミネアの像は、化け物が暴れたせいで先程壊れた。聖杯も。だがとにかく彼女は一心不乱に目を閉じて祈り続けている。その目からはポロポロと滴が流れ落ちている。


「あーもう。泣いたって誰も助けちゃくれねえぞ。まして神なんてもんはな。それが、この世界のルールだ。」


 オレは頭を抱えながら修道士に言った。


「でも、でも……。」


 信じていたものが砕け散った、光のない瞳で彼女は子供のように言った。


「だから。」


 オレは手刀を作り、


「そのルールを、オレはこわす。」


 そう言って化け物に振り下ろした。


 一瞬の出来事。化け物が修道士を握り潰すよりも早く、その手刀は化け物の手を切り飛ばした。


「ラン。」


「はぁい。」


 腕が宙を舞う。その腕から滑り落ちた修道士を、変身したランが背中でキャッチした。


「ど、ドラゴン?」


「ドラゴンのランでぇす。」


「ランの背中でしっかり見ていろ。今からこの化け物を殺すのは、お前の神じゃない。」


 黒い化け物は残った手と足、そして再生した手の爪でオレを切り裂かんとしてきた。



「オレだ。」



 そう言ってオレは手刀を光速で放った。瞬間、化け物の体は百の細切れに分割され、再生も出来ずライフを一気に失い、0へと至った。


 魂牌流こんぱいりゅう奥義・分霊動捌ぶれいどさぁばぁ。ジョセフから教わった、ライフを複数持つような魔物と対峙した時の技。対象の肉体を分断、細切れにする秘術である。


 ランの背中から力無く降りた修道士は、床にへたれ込んだ。神父も同様に。


 先程まで光の無かった彼女の目には、再び光が灯っていた。やれやれ。


「さて。」


 ストレアが全て終わったのを見て、指を弾いた。壊れた床や壁、そしてドミネアの像が元に戻っていく。戻らなかったものはただ一つ、命の聖杯だけだ。それだけが破片のまま残った。


「このくらいならマシン無しでも出来るのよ。」


「食べ物は作れないくせに。」


「無から何かを作り出すのは大変なの。で、そこの神父。」


「は、はひ。」


「聖杯は何処から貰った?」


「そ、総本山から。」


「アンタが作ったわけじゃあないの?」


「その、どう、作るかは、極秘、なんです。私も知りません。」


「知りたい?」


 ストレアが邪悪な笑みを浮かべた。


「教えてあげる。あれはね、金銀銅の各金属をそれぞれある分量で混ぜて、更にもう一つ材料を加える事で完成するの。」


「なんだよ。」


 神父はびくびくするばかりで何も言わない。オレがそう尋ねると奴は答えた。


「人肉。」


「はぁ!?」


「死んだ人の肉。ステータスが一定以上の、という制限はつくけれど、人の肉を金属と同化させる事で聖杯は完成する。でも、倫理に反するでしょ?普通なら。それをやってしまったドミネア教とはどーいう素晴らしいぃぃぃぃぃ教会なんでしょうねぇぇぇぇ?」


 嫌味全開で彼女は言った。


「そん、な……。」


 修道士は再び崩れ落ちた。


「いや、知らない、私は知らない。私は知らなかったのです。」


 神父が許しを乞うように声を絞り出した。


「でしょうね。知ってたら普通は使いたくないでしょうし。……更に良い事を教えてあげましょう。死人の肉の代わりに生きた人の肉を使うと、今回みたいに与えたライフが暴走してしまうみたいなの。それが今回のバグ。想定外の仕様。アタシもそんな非人道的な事をする奴がいるとは思わなかったからねぇ。想定して無かったのよ。凄いわねぇドミネア様っていうのは。生きた人を使って聖杯を作り?生きた人の命を捧げて再利用する?いやあ、どんな「止めて!!」


 修道士が叫んだ。


「もう、もう、止めて、ください。」


「泣いてますよぉ、この人。」


 ランの言葉を受けて、オレはストレアに目配せをした。それ以上は止めろ、の合図だ。


「……仕方ないわね。ストレア様に感謝なさい。真実を噛み締めて如何に自分達が愚かだったかを思い知りなさい。ハハハハハハハハハブッ。」


「調子に乗るな。」


 オレはストレアの頭にチョップした。ストレアの頭は再び凹の字を描いた。


 まぁ、教会は好きじゃ無かったし、ちょっとスッキリしたという気持ちが無くはないが。


「すまんな神父さんに修道士さん。ただコイツが言った事は多分本当だ。信じなくてもいいが、それを踏まえた上で今後は礼拝でも何でもするんだな。」


 オレの言葉に、二人は沈黙するばかりであった。


「あー、ところで、総本山ってのは何処にある?」


「しゅ、首都です。海渡った先の、首都セルドラールです。」


「分かった。ありがとう。行くぞ。」


「海ですかぁ。私の翼で行きます?」


「景色が見たいから船で行きましょ。アンタ、金。」


「は、はひ、はひぃ。」


 ストレアが言うと神父が懐から金貨の詰まった袋を差し出した。


「やめんかバカ。」


 ストレアを叩いてそれを落とさせた。こんな状況ーーーー教会自体は元に戻っているがーーーーで金を奪ったら強盗か何かにしか見えない。


「連れがすまんな。金は要らん。んじゃ。」


 そう言って扉を潜り出ていこうとした時、


「あの!!」


 修道士が呼び止めてきた。


「ん?」


「お、お名前は。貴方の、お名前は?」


 バカ正直に答えるべきか迷った。だがその目には悪意は無いし、純粋に聞きたいだけ、という感じがした。なら良いか。教えても。


「オレはレイ・エグゼ。覚えなくていい。」


「私はランですぅー。」


「アタシはストレア、この世界の神よ。崇めででででででででで」


「行くぞ。」


 ストレアの頬を引っ張りながら教会の外へ出た。



「レイ様……。」


 修道士のそんな声が聞こえた、ような気がした。多分、気のせいだろう。

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