第4話 街の教会をぶん殴れ(2)
教会の中は静かで、荘厳という言葉が相応しく思えた。
広い内部の真ん中を、旅に出た人々の無事や、自分の商売の成功、あるいは自分自身の無病息災を祈願する参拝客が列になって並んでいた。
この街は港町というのもあって比較的人の往来は多い。そのせいで、田舎の村と比較すると相当の人数が並んでいた。
「ふぇぇ。広いですねぇ。」
「あそこにあるのがドミネアってやつの像?」
ストレアが指差した先には、布だけ纏った男性の像があった。その男性は聖杯を両手で掲げ、天を拝んでいた。足下で祈る人々など目にもくれていない。
「確か。うちの教会で見た。」
あの足元で、オレの両親は、聖杯に……。
あの時のことはよく覚えている。
静止するオレに逆に「お前のせいだ、お前が無能だから」という台詞を吐き捨て、そして神に涙を流しながら自死する両親の姿を。ドミネア教に入信して、たった数年だろうか。その短期間で、両親はオレよりドミネア神を信じきっていたのだ。
「クソみてェな像だ。」
オレはそう吐き捨てた。
「全くね。アタシを見なさいこのセクシィバディ。これを元に像にすべきよ。」
そう言ってストレアは頭と腰に手をやり、恐らく彼女としては精一杯のせくしぃと思われるポーズを取ったが、如何せんそもそものスタイルがスタイルなので、どこも何も強調されていない。
「せくしぃ?ばでぃ?」
「ランは見ちゃダメだぞ。見たらバカになるぞ。」
「はぁい。」
「ぐぬぬぬぬぁ……。しかし、こんな像よく作ったわね。」
七メートルくらいはあるだろうか。大きな像だ。
「ああ。これが数年であちこちに作られてるんだからすごい話だ。」
「そんなに最近なんですかぁ?」
「そもそもドミネア教ってのをよく知らないのよね。」
「神のくせに……。ええと、確かなーーー」
オレは覚えている限りのドミネア教の説明をした。
ドミネア教の興りは比較的近年である。教科書の知識ではあるが。
確かそれによると、ドミネア教が興ったのは二十年前程とされていた。それだけ近年に興った宗教が国教にまで上り詰めた理由として良く挙げられるのが二つ。分かりやすく"救われ易い"教義と、命の聖杯である。
教義は、簡単に言ってしまうと、「神を信じ祈りを捧げれば救われる」というもの。神はいつでも貴方のことを見ていますよ、という話である。それまでのこの世界の宗教は、往々にして後者は謳われていたものの、救いについては「貴方が努力すれば神は救いをくれる」というものだった。努力が必要、という点が肝である。ドミネア教が台頭した頃はちょうど魔王軍との戦争が激化し始め、誰もが救いを求めていた。既存宗教は皆「いつか救いをくれる」と言うが、今それが欲しい人々には何とも不満が募っていた。そこに現れたのが、具体的な形で、つまり命の聖杯による再生という奇跡を起こした上で、「祈れば救われる」という、簡単な行いーーー今以上の努力を必要としないーーーで救いが齎されると謳ったドミネア教である。人々は祈りだけでいいならと縋り付いた。そして命の聖杯で死んだ人間を生き返らせた。この二つで一気にドミネア教はこの世界に広まっていったのだ、と言う。
ちなみに、ドミネア教を興した人物については、教科書には載っていなかった。巫女と呼ばれているだけで、それ以上についてはドミネア教の中でも秘密なのだそうだ。ちょっと気になるところではある。女性ではあるようだが。
「まぁ要するに、アタシの用意しておいた命の聖杯を漸く見つけたのがそいつらってことね。随分前からレシピはあったのに、実現するのに随分時間かかったものね。」
「まぁ命を捧げるなんてことをあんまりしたくなかったのもあるんだろ。その頃から命のやり取りが爆発的に増えたっていうし。」
「私も祈れば何か良い事あるんでしょうかぁ。」
「無えよ。だって実際の神はこいつだぜ。」
「……ああぁ。」
「何よその納得。何で今の説明で納得するのよラン。」
「いや、ストレア様ですしぃ。」
「ストレアだもんなぁ。」
「何よアンタら!!」
「教会ではお静かに。」
ストレアを静止したのは、この街の修道士であった。
「神のお声が聞こえません。」
「聞こえてないわけないでしょアタシがむぐぐぐぐぐ」
「すみません。連れがデカい声を出してしまって。」
オレはバカの口を手で塞いだ。ここで「アタシが神だ」なんて口にしてみろ。絶対零度の視線を浴びせられるだけで済むならまだ良い方で、下手すれば叩き殺されかねない。まぁステータスから言って死ぬことはないだろうけれども。ここの連中はドミネアというのがこの世界の神だと思い込んでいるのだ。そこに真実をぶつけても無駄だ。人は信じたいものを信じる。
「お気をつけて。ドミネア様が貴方に救いを差し伸べん事を。」
そう言って彼女はお辞儀をして去っていった。最後のはドミネア教の別れの挨拶だ。
「むがぁ。」
「余計な事を言うな。で、バグは何処だ。」
「全く……敬意を払いなさい敬意を。えっと、多分あそこかしら。」
そう言って彼女が指差したのは、ドミネア像。その手元にあるものだった。
「マジか。」
命の聖杯。
彼女がバグの匂いがすると言ったのはその聖杯そのものであった。
「あれにどんなバグがあるって言うんだ。」
「バグっていうかね……。違和感があるのよ。」
「違和感?」
「アタシはあれを直接用意したわけじゃなくて、レシピを設定したの。」
「れし、ぴぃ?」
「作り方。その作り方に、変なもの混ぜたんじゃないかって気がするのよ。そのせいで正しく動いてない気がするの。」
「でも命の受け渡しとかは普通にやってるんですよねぇ?」
「ああ。……捧げる奴も、捧げた命を使う奴も、両方見た事がある。」
「それはあの村ででしょ?命の制御って難しいからね。レシピに変なもの混ぜるとおかしくなりがちなのよ。」
「私みたいにぃ?」
「そう。」
オレかストレアにチョップを加えた。ストレアの頭が凹んだ。
「痛い。」
「普通にそういう受け答えをするな。ランも自虐はやめなさい。」
「はぁいお姉様。」
お姉様っていうかもう母親の気分なんだが。
「で、どうおかしくなるんだ。」
「分かんないから、一度試してみなさい。」
「どうしろって?」
「アンタが命を捧げてみるのよ。」
「絶対嫌。」
オレは即答した。両親の姿が思い起こされる。あんな、あんなバカみたいな死に方、してたまるか。例え死なないとしても、
「例え1ライフでも、あんなゴミに、命を捧げるなんて絶対お断りだ!!」
「ゴミとはなんですか!!」
さっき去っていったはずの修道士が戻ってきていた。いつの間にか声が大きくなっていたようだ。オレの言葉を聞きつけたらしく、周りの視線がオレに突き刺さっている。
「さっきから貴方達は何なんですか。まず先程の言葉を取り消し、そして出て行きなさい!!神はお怒りです。」
神はどうかしらないが、少なくとも目の前の修道士はお怒りのようだ。だがそれ以上にオレがキレていた。そもそもこの宗教に全く、これっぽっちも、一片たりとも理解も共感も同情もしていなかった。神がお怒り?何を馬鹿な事を。怒るなら怒ってみろ。存在しないものがどう怒るって言うんだ。
「怒ってるのはお前らにだろうよ。あんな聖杯にほいほい命を捧げる馬鹿共にな。」
「なっ……。」
修道士は怒りで口を震わせた。随分と神とやらにご執心なようである。
「今まさに命を捧げている敬虔な信徒が居るのですよ!?彼ら彼女らに失礼だと思わないのですか!!」
「命を捧げられそうになった身としてはな、自発的にそんな事をする馬鹿の気持ちなんて欠片も分かんねえんだよ。分かりたくもないがな。なんでわざわざ自分の命を捧げる?そんなに生きるのが面倒か?だったらいいんじゃねえか?そんな奴生きてても仕方ないからな!!」
オレの言葉に周りの信徒もぞろぞろと近寄ってきた。あーあ、なんか拙い気がする。だが撤回する気は無かった。
「何と言う事を……!!神は激怒されています!!今まさに天罰が貴方に落ちるでしょう!!」
そう彼女が叫んだ瞬間。
「あ。」
ストレアが素っ頓狂な声を上げた。
「あ?」
「あぁー?」
「ん?」
ストレアの目線の先、かのドミネア神様の像の聖杯から、何かが零れ落ちた。
その何かががゆっくりと立ち上がり、咆哮した。人の形をしたそれは、まるで影のように闇の色をしており、一見して人の形をしていたが、顔が無く、四肢は鋭く尖り、異形という言葉が相応しい姿をしていた。
「ああ、そういう事か。」
ストレアは手を叩いた。
「これは想定外の仕様よ。普通のバグと違う気がしてたのはそのせいね。アンタらレシピを勝手に変えたでしょ。そのせいで聖杯に別の機能が付与されたのよ。死者を蘇らせる機能が暴走して、新しい命を、」
その生み出された化け物は徐々に巨大化し、やがてドミネア像と同じくらいのサイズに、人五人分くらいのサイズへと変化し、足元の参拝客を踏み潰した。
「化け物を生み出す能力が付与されてる。」
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