第13話 勇者はぶん殴るな(1)
魔王とは何か。
魔王とは魔界を統治する王である。
子供の頃魔王と聞いて、魔界は王政なのか?という疑問が浮かんだ時があったが、実際には王政では無いらしい。
魔界は魔力に満ち溢れた場所であり、生まれ落ちた生物が何も魔物へと変貌する魔境。人知の及ばない未開の地であり、そして同時に、無秩序で争いの絶えない、悪夢のような場所である。
ドミネア教で言うところの"地獄"に近いのではないだろうか。
そこに住む魔物達は、先に述べた通り常に争い続けている。内戦ばかりが続いているので、普通魔界から出てくる事は無い。だが、その争いを治める程の実力者が現れたとしたら?その矛先がどこに向かうか。人間界である。
魔王とは、王政どころか秩序すら無い魔界の争いを治める事が出来る程の、カリスマと実力を兼ね備えた、強大な存在なのである。
他方、勇者とは何か。
勇者とは魔王を打倒し、この世界に安寧を齎す者である。
と伝説には記されている、らしい。
何分お伽話で聞いた話、しかもそのお伽話すら「伝説では〜」というような伝聞調なものだから、それが正しいかどうかとかそういった事がまるで分からないのである。ただ一つ言えるのは、勇者は魔王を倒すために、魔王が生まれた時代に現れる救世主である、という事だ。
ああ後一つあった。勇者は剣を持っている。聖剣を。光り輝くその剣は、亡者を慈悲の光で包み込み、その身を光に還元していく、のだとか。
まぁどれがどこまで正しいかは分からないが、とりあえず勇者というのは、強大な魔王にも立ち向かう肉体と精神の持ち主なのだ。
ーー眼前の痩せこけた男とは全く正反対に見える。
「想像と真逆だな、とか思ってません?」
「思ってない思ってない。」
ブレイドの言葉をオレは適当に否定した。
「いいんです。僕が勇者とわかるとみんながそう言うんです。」
彼は卑屈な笑みを浮かべた。言われ慣れてるようである。可哀想になってきた。
オレ達はディンフローから再びセルドラールを経由し、魔界との最前線となっているボライアを目指して歩いていた。空を飛んでも良かったのだが、ブレイドが酔うからやめてくれというので、徒歩の時間を設けている。ランの負担を減らす目的もある。
「最近移動多いですからねぇー。」
「そうだな。今は少し休んでてくれ。頼りにしてるぞー。」
「えへへぇ。」
ランをおぶりながら言った。
「全く、だらしのないドラゴンよねぇ。もう少し気合というものはないのかしら?気合さえあればもっと遠くまで飛べるはずじゃない?それをこんな数十キロ飛んだくらいで休んだりして全く。」
「すみません。僕が吐きそうにならなければ……。」
「ああいいからいいから。こいつは無視してくれ。」
オレはストレアにチョップしながら言った。
「へぶぇ。」
ストレアの頭が凹んだ。この旅で何度目だろうか。ブレイドの前でも二、三度既に見せている。
「……いつ見ても不思議ですね、その頭。」
悪口に聞こえる。オレは心の中で思った。「もっと言ってやれ」と。
ボライアは以前より平和だった。以前が物々しすぎたというのもあるが。
見張り台で食事をしていたインティとマルアスにその後の戦況を尋ねると、今は半ば休戦状態らしい。
人間側も魔界側も兵が足りず攻めあぐねているのだ。どちらも長引く戦乱で人手不足らしい。人間側は別の理由、つまりドミネア教内部の動乱も手伝っているが。
「お陰で今は暇だよ。」
「こういう時こそ訓練をと思いましてッ!!今は私が主に指導などをさせていただいておりますッ!!」
今は休憩時間らしい。マルアスは大声で喋りながら、パクパクと人一倍多い量の食事を摂っている。見張り台から下を覗くと、ヘトヘトの兵士達がグッタリと地に伏している。
「……まぁ、無理はさせすぎないようにな。」
「勿論ですッ!!いざという時の体力は残るように計算しておりますッ!!」
「それならーー」
「私の体力に合わせてッ!!」
「ダメだろ。」
マルアスは間違いなくこの中で一番体力がある奴だ。それに合わせたら誰も付いて行けん。
「ねーちゃんからも言ってやってよ。このままじゃ魔界の連中が来る前にへばっちゃう、というかへばってる。」
「そうだな……。人にはそれぞれ限界というものがあるから、それを他人に押しつけちゃあダメだな。」
「むッッッ……。まぁ、そうかもしれませんねッ!!」
「そうかもじゃなくてそうなんだよ。」
「わかりましたッ!!気をつけますッ!!」
「分かってくれたか。」
「ええッ!!荒野三十周くらいで「それを止めろっつってんだろうが!!」
オレのツッコミが見張り台から響き渡った。
「ジョークですッ!!ちゃんとそこは弁えますッ!!ただッ!!攻めて来た時の事を考えると体が早ってしまったのですッ!!」
「……。」
マルアスのジョークはよくわからん。
「まぁ、それは大切かもしれないが、体を維持するのも大切だから。」
「そうですねッ!!気をつけますッ!!」
「……なんかあったら言うよ。」
インティが呆れ顔で言った。そうしてくれ、とオレは返した。
ボライアでの滞在はそのくらいで終え、オレ達はその防壁を超えてその先へと進んだ。
その先と言っても見える範囲では何もない。広々とした荒野が広がっているだけである。
だが歩いているとそれがただの荒野ではない事がわかってくる。
木片というには少々大きすぎるが、木の破片、荒々しく穿り返された根や幹の成れの果てが落ちていた。
更に進めば屋根や壁と思われる色の付いた木片や石が。
そして、人骨が。砕かれた骨が。……腐り果てた肉が。地面に落ちていた。
それが意味するところは一つ。
この荒野は元は荒野ではなかったのだ。
森があった。村があった。人が居た。
それが蹂躙された結果がこれだ。
「……魔物共め。」
オレが憤りを感じている時、誰かがポツリとそう言った。声の方を見ると、ブレイドだった。
弱々しく見える腕に力を込めて、拳を震わせていた。
彼が初めて勇者らしく見えた。
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