第13話 勇者はぶん殴るな(2)

 その時突然何かがオレの足を掴んだ。


「ん?」


 少し力を込めて足を引っ張ると、その何かが飛び出してきた。


「ガアアアアア。」


 ゾンビであった。恐らくここに居たであろう村人の死骸が魔力で蘇ったもの。それが生者たるオレ達の気配を察知して襲いかかってきたのだ。


「うげぇ。」


 オレは思い切り足を、カカト落としの如く宙空へと振り上げた。勢いに耐えきれなくなったゾンビは手を離し、空中へと舞い上がって、


 べチャリ。


 音を立てて大地へと落ち、弾けた。


 すまない死んだ人達よ。だが恨まないで欲しい。いきなりお前らのような生肉が触ってきたら、生気のないその冷ややかな触感と、腐りかけた肉の水々しい感触が気持ち悪くなってしまうのは仕方ないというものだと思う。


「ウアー。」

「アー。」

「ブアー。」


 気付くと周りの地面から次々にゾンビが現れていた。気の抜けた、一度聞いただけではただやる気が無いようにしか聞こえない声。だがこれはやる気がないわけではない。ゾンビが上げられる声がこれしかないというだけである。


 一度でもゾンビに相対した者は知る事になる。この声に一瞬でも惑わされれば、自分もゾンビの仲間入りしかねないという事を。


 ゾンビ達は動きこそ遅いが群れで襲ってくる。ちょっと油断すると囲まれて肉を食われ……などという事もあるのだ。


 オレは油断なく構えをとる。と、そこに割り込んできた奴が居た。


「ここは、僕が。」


 武者震いなのか、それとも怖いのか、足をがくがくと震わせながら、鞘に入ったままの聖剣を持ち、ブレイドが言った。


 目を見るとそこには、恐怖と同時に決意が込められていた。


「分かった。」


 オレが下がるとストレアが言う。


「大丈夫なの?」


「……だ、だだだ、大丈夫、です。」


 そう言って彼は聖剣を引き抜いた。


「……ああ。そういえばそうだったわね。」


 ストレアは何か自分で納得したような顔になった。


「アンデットには、その、この剣の光が、有効ですから。」


 ブレイドが言った瞬間、引き抜かれた聖剣の刃から眩い光が放たれた。


「ブアーァァァー。」

「ンガァー。」

「シェアー。」


 そんな声を上げながら、ゾンビ達が蒸発していく。文字通りの意味である。彼らの腐った体が光に包まれ、手足そして頭、体の先の方から徐々に光へと変換されていく。


 その表情ーーが見える腐り方をしているゾンビに限るがーーは、最初こそ何も感情が無いような顔をしていたが、光が強くなるにつれて、その表情は徐々に暖かな、笑みを浮かべているように見えた。


 気のせいかもしれない。だが。


 それでもオレは、笑っているように見えたし、笑っていて欲しいと思った。


 やがてゾンビ達が何れも消え去ると、聖剣の光は収まった。ブレイドはそれを鞘へと戻し、再び背負う。


「聖剣の能力、です。アンデットが周りにいる場合、それを浄化する。」


「そのくらいの特殊能力あった方がいいでしょ?聖なる剣って感じがするから。」


 ブレイドが説明した後、ストレアがしたり顔で言った。


「……あの、そういえばさっきから気になっていたんですが、この人はなんで、勇者とかに詳しいんです?」


 言われて気がついた。ストレアについてまともな説明を怠っていた。ランに関しては移動の最中にドラゴンであることを実践して見せたので、大凡の事は理解しているが、ストレアについてはただの妄言を吐く人くらいにしか説明していない。


「しっっっっつれいねぇアンタ!!」


 ストレアが思わず叫んだ。


「ああああああすみません、すみません。失礼しました。で、でも、その、創造神とか変な事言うから僕、変な人だとしか思ってなくて……。」


 こいつ、本音を隠すの下手くそだな。


「まぁ間違ってないからな。」


「おいアンタ。」


「ですねぇ。」


「何よコレ。アタシの味方はいないの!?」


「いると」


「思ったんですかぁ?」


 ストレアが両手で地面に倒れ込んだ。


「ここまで蔑ろにされると流石に凹むわ……。」


「誰のせいだ。……おっと悪い。」


 ポカンとしたままブレイドがこちらを見ている。


「えっとな。こいつはなんと言うか……。創造神ではあるんだよ。確かに。」


「……神、様?こ、この人が!?」


「どういう意味かしらぁ!?」


「い、いや、すみません、その、もっと威厳がある、男の人だと思っていたので。」


 ドミネア教について知っていればまぁそうなるだろうし、知っていなかったとしても、オレが今まで聞いた話でも大体の創造神は男神だった。その認識は当然というべきだろう。


「どいつもこいつも……ほんと、真実というものが分かってないわね。いい?神とはアタシ、ストレア・ド・レミニータ様の事を呼ぶの。それ以外はみーんな偽物!!アタシこそが真なる神!!」


「あの、お言葉ですが、あなたが神だという何か証拠みたいなものを……。」


「そうだそうだぁー。」


 ランまで乗ってきた。


「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。いいわよ見せてやろうじゃないの!!見ていなさい!!生命の冒涜!!神だけに許されたそれを!!」


 そう言ってストレアはパチンと指を弾いた。


 すると、先程聖剣の力で溶けていったゾンビ達が、再び形を取り始めた。


「見なさい!!時間逆行、そして魔物作成!!これが指一つで出来る!!まさしく神の悪戯というもの!!これが神でなくてなんだと言うのよ!!」


「神様なのはよーく分かってるが命の冒涜にも程が有るだろとっとと戻せぇぇぇぇッ!!」


 オレは渾身の力を込めてストレアをぶん殴った。


 ヒュゥゥゥゥゥン、


 空を裂く音と共に彼女の体が宙を舞い、


 べチッ。


 そして反対側の空から戻ってきた。

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