第8話 教会の連中をぶん殴れ(3)

「え?」


 巫女?この女が?


「な、ななな、何故此処に!?」


「巫女?……私が、か?」


 そのポニーテールの女性が、きょとんとした顔で言った。


「すまない、私は、記憶が無いのだ。私は、巫女とやらだったのか?」


「そ、そのお顔、おそらくは間違いない、と。かつて一度だけお見えした事が、あった、はず。」


 オレ達を無視して教会騎士が巫女に言葉を投げかけた。


「私は……その、女の人を、探していた。」


 そう言って彼女はオレを指差した。


「…………ん?」


 左右を見ても、オレしか居ない。指は真っ直ぐオレを指している。


「オレ?」


 彼女は肯いた。オレに巫女様が何の用だ。確かに彼女とは一度、ほんの一度だけ面識があるが、それ以外に繋がりは無いはずだ。


「私の記憶に唯一残っていたのが、貴方だ。だから貴方の形跡を追って、港で首都に向かうという話を聞き、ここまで来た。」


 巫女とやらはそう言った。


「きききききき貴様!!巫女様に一体何をした!!」


 教会騎士が槍を向けてきた。


「何もしてねぇよ。いや、むしろオレは巫女を助けたたんだ。」


「助けた……?」


 巫女がぽつりと口にしたが、それに教会騎士が割り込んできた。


「馬鹿を言うな!!巫女様がお前のような人間に助けられるはずが無い!!巫女様を助けられるのはただ御一柱、ドミネア様のみだ!!そそそそそ、それに、巫女様は……死んだはずだ!!お前は巫女様を騙る偽物であろう!!」


 なんでそうなるんだ。


「いや、巫女だって人間なんだから、誰かに助けられる事くらいあるだろ。それにこい……この人は、オレの家の近くで自殺してたんだぞ。」


「自殺……私が……?」


 しまった。つい口にしてしまった。ショックを受けただろうか。そう思って彼女の方を見たが、呆けた顔でぼんやりと考え込んでいる。あまり気にしていないようだった。良かった、のか?


 他方、良くない奴も居た。


「い、言うに事欠いて自殺!!自殺だと!?巫女様がそのような事を為されるはずがない!!怪しい旅人め。この場で処刑してくれる!!」


 無茶苦茶言いやがる。


 教会騎士はオレが呆れ顔を見せるのを無視して、いや或いはそれのせいか、槍を思い切り振り絞り、突き出した。


 槍はポキリと音を立てて粉々に砕けた。


「ねぇ見なさいよ。実力差も分からず喧嘩を売るバカが居るわよ。無様ねぇ。」


「阿呆ですぅ。」


 ストレアとランがヒソヒソ声で笑い合った。


「       」


 教会騎士は唖然としてその砕けた槍と傷一つ無いオレの体をまじまじと見つめた。


「少しは話を聞いて欲しいんだがなぁ。」


 オレの言葉を無視して、教会騎士は叫んだ。


「ば、ばばば、化け物ぉぉぉぉぉ!!」


 その言葉を残して、彼は城の中へと逃げていった。ありゃ増援を呼んでくる感じだろう。面倒だな。


「一旦逃げよう。少し話が聞きたい。オレ達と一緒に来てくれるか?」


 尋ねながらオレは、巫女様とやらに手を伸ばした。


「ああ。」


 そう言って巫女様はオレの手を握り返した。


「んじゃ一旦平原まで逃げましょー。」


 ランの言葉に頷くと、オレは彼女を抱き抱えて跳躍し、壁や雲を飛び越えて、外の平原まで飛び越えた。



「い……。今の、は……?」


「オレはちょっと特殊でね。」


 そう言ってオレは巫女様を降ろした。


「これも元を正すとアンタのせいとも言えるんだが。」


「私の……?」


 ラン達はドラゴンの姿で城から飛び上がった。教会騎士達が矢を放っているが、ランの鱗を貫く事など全く出来ない。ストレアにはちょっとだけ当たっているようだが、あいつはどうでもいい。


「アイツらが来るまでに、オレが知っている限りのことを話しておこうか。」


 そうしてオレは、オレの知りうる限りのことを話した。巫女様とやらがイノナカ村のオレの家ーーー正確にはジョセフの家ーーーの近くで死んでいたこと。崖の下で、恐らく自殺だろうと思われたこと。それをオレがライフを受け渡すことで生き返らせたこと。そのライフ受け渡しのせいでオレがこういうステータスになったこと。


「……そう、か。それは何とも、巻き込んでしまったようで申し訳ない。」


「いや気にすんな。バグに関しちゃ全部、アレのせいだから。」


 オレは飛んできたストレアを指差して言った。


「何よ。」


「自分の胸に聞け。さて。記憶が無いって話だが。名前もか?」


「ああ。私はその、イノナカ村、だったか。そこで目を覚ますまで、つまり、レイ殿が命を捧げて下さった後ということになるが、そこまでの記憶が全く残っていない。名前も、だ。申し訳ないが、思い出すまでは『巫女』とでも呼んでくれ。」


 さっきから気になってはいたが、随分と男っぽい話し方だ。それでいて体つきは女で声も女なので、ちょっとした違和感がある。


 オレが言えた義理ではないかもしれない。


「それがどうやって此処に?」


「まずイノナカ村の教会で保護されたのだが、記憶の手掛かりがまるで無く。村を出ていったという貴公らの足取りを途中まで追ってきた次第。……途中というのは、ディンフロー港で貴公らを見たという話が無かったもので。とりあえず皆さんが向かったと思われる此処に急いだのだ。」


 なるほど。トゥリニアで乗った船が沈没したせいで色々遠回りした結果、最短距離で此処に向かった彼女と合流してしまったようだ。


「手掛かりが無いって言ってたけど、何か持っているものはないの?」


 ストレアの疑問に、彼女はポケットを漁り出した。


「持っていたのはこれくらいだ。」


 それは、見覚えのあるものだった。なんだ?同窓会か?


「トラップボックス?!」


「なんでそれをアンタが!?」


「分からない。ポケットに入っていた。開けてはいないが。」


「開けない方がいい。ストレア。バグは?」


 ストレアはその箱を受け取って、まじまじと見つめた。


「ある。というかアンタ自身からもバグの匂いがするわね。多分街で匂ってたのもアンタからのやつね。」


 ストレアは巫女を見ながら言った。そしてステータス画面を開き、何やら得心したように肯いた。


「……ああこれだ。」


「なんですかぁ?」


「この娘、ライフが2ある。」


「2?」


 そのくらいで何がおかしいのだろう。オレなんて42億あるぞ。


「アンタは論外として。」


「お前のせいだろうが。」


 ストレアは無視した。


「普通、ライフは1か0なの。2なんて数字自体有り得ないはずなのよ。神とかでも無い限りはね。なんでこんなことになっているのかは分からないけれど。」


「分からないのか。」


「癪だけどお手上げ。こんな事例は見た事ないわ。デバグライザーはどんなバグかが理解出来ないと実体化出来ないから、直しようも無い。ただ、これでレイのステータスが負のオーバーフローを起こした原因は分かったわね。仕様バグみたいなもんだけど。」


「どういうことだ?」


「アンタが命を捧げた時、この娘にライフを"2"捧げたという処理になっちゃったのよ。多分、元々この娘はライフを2持ってたんでしょうね。それでアンタのライフを2吸い取ってマイナス1になった。でもマイナス1なんてライフは有り得ないからオーバーフローを起こした、と。」


「ふーむ。……ん?元々ライフが2あったとして、その、じゃあなんで死んでいたんだ?」


 彼女が倒れていた時、確かにライフは0だった。元々2だったとしたら、


「2回自殺したか、元々何かの原因でライフを失っていたか。いや、だとするとライフを2捧げた判定になるのがよく分からないわね。何かバグの原因と関係しているのかしら?うーん。」


 ストレアが考え込んだ。


「まぁいいわ。その内何か分かるだろうから、とりあえずそのままにしといて。多分支障はないでしょ。アタシはアンタの、レイのバグが起きた原因が分かったから満足。」


 無責任な。


「まずはこの箱よ。これはやっぱりデーモンが入り込むバグが使われてる。トラップボックスの一部に含まれてるバグね。たまーにこういうのが出来ちゃうみたい。」


「そんなものを何故私が……?」


 こっちが聞きたい。


「とにかく記憶がはっきりするまで、それと、」


 オレはセルドラールの門を見た。兵士達、正確には教会騎士達だが、それが門から出てくるのが見えた。


「この状況が片付くまでは保留と行こう。それでいいか?」


 巫女は肯いた。


「ああ。」


「ちょっと。その娘を教会に引き渡した方がいいんじゃないの?」


「あの教会に、ですかぁ?」


「巫女って呼ばれてたんだし、記憶が戻るかもしれないじゃない。」


「死んだ事になってる奴が戻って来たら、どうなるか予想出来ないからなぁ。下手すると…‥。」


「ああ、まあ、そう、ね。」


 ストレアはオレが言いたい事を理解したようだった。


「……身勝手な願いではあるが、私も、あの連中と一緒に居ることは避けたい。」


 彼女も大凡理解出来たようだった。


「何をもってそう判断したのかに因るが、ともすれば、私を口実に王家転覆を狙ったとも考えられる。そのような輩と一緒に行動する事は避けたい。」


「少なくとも、連中が本気でアンタの事を心配しているのかどうかくらいは知っておかないとな。」


「でも、どうやってですかぁ?」


 ランの疑問にオレは答えた。


「そういうのはこっそり探るもんだ。」

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