第7話 脳筋村とその敵をぶん殴れ(3)
バグに関してはランとストレアに任せて、オレは一人インティの元を訪ねた。
インティは本だらけの部屋で黙々と何かを読んでいた。それが先程見せてもらった古文書の原本である事に気づくにはそう掛からなかった。
「随分古い本読んでるな。」
オレが声を掛けると、インティはこちらを一瞥し、また本の方に目を戻した。
「ん?……ああ、さっきの。どうしたの?」
「いや、お前さんの力を借りたくて。」
「力?僕に力は無いよ。」
彼は自嘲気味に笑った。
「……いや、止めよう。嫌味を言うのも、今はちょっと、ね。」
「そうしてくれ。アンタなら意味は分かるだろ?」
「勿論。だけど無駄だと思うな。村の連中は僕の話なんて聞かないだろうし。ああでも、神のねーちゃんが口添えしてくれればいけるかな?」
オレの事だろう。……だがそれでいいのか?そりゃ、まぁ、あれだけ祭り上げられていれば、オレが言えば何でも言う事聞くだろう。だがそれは本当に解決と言っていいのだろうか。
「いける、だろうけれど。だがオレとしては、オレの助け無しで切り抜けて欲しい。」
村の人間だけで切り抜けなければ、今後同じような事が起きる度に揉めるだろう。
「理解は出来るし俺も出来ればそうしたい。だけど無理だよ。こんな脳筋の村にそんな芸当出来るわけが無い。」
「だからこそ、お前さんの力を借りたいんだよ。」
「……嫌だよ。どうせ、無視されるだけだ。姉ちゃんが村長でもそれは変わらなかったんだ。この村の連中は性根から腐ってるんだよ。だからどうにもならないさ。」
「ならなんでこの村に留まってる?とっとと首都でも何でも行けばいいじゃないか。」
インティは口を噤んだ。
「なんで、だろうね。」
彼はきっと、自分でもその答えは分かっているんだろう。だがそれを口には出来なかった。
「……頼む。」
彼はしばし目を閉じ、溜息を吐くと、そして開けると同時に口を開いた。
「ーーー分かった。何をすればいい。」
「というわけで、オレは此処に降臨した!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
オレは人々の前で声を上げた。出来る限りテンションを上げている。それ以上に村人のテンションは高い。疲れる。
「だが!!オレのような神は!!この人間界に干渉する事は許されていない……。」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「だがアドバイスは出来る!!人よ!!頭だ!!頭を使え!!」
「うぉぉ、ぉぉぉぉ?」「頭?」「頭突きか?」
「この窮地を脱するには!!一度全てを捨てよ!!STRだけが全てではない!!INTも!!AGIも!!DEXも!!或いは全てが低かろうとも!!見えている物が全てではない!!ステータスが全てでは無いのだ!!」
「そうなのですか!?」「掟があれだったから……。」「てっきりそうだと思ってた……。」
ハハァ、さてはこいつら、底抜けのバカだな?
「俺以外みんなINTは10くらいだからな。」
インティが裏でこっそり囁いた。……いや、数字で人は判断出来ないから。数字だけじゃないから、人は。
「と、とにかく。ここからは彼に指揮を取ってもらう!!」
そう言ってインティを表舞台に出した。
「……。」
「え、インティが?」「神に選ばれたのか?」「アイツが?STR10もないぞ?」「この人本当に神か?」「見る目ないんじゃない?」
ボロクソ言ってやがる。見てろ。
「今は自由に言うがいい。だが彼が立てた作戦に従って動いて貰う。従わない場合はこの村が滅びる!!それは断言しよう!!」
オレがパチンと指を弾くと、ランが後ろで炎を吐いた。
「ヒィッ!?」
炎が舞い上がり空を灼く。その光景を見た人々が恐れ慄く。
「静まれ!!」
再びオレが指を弾くと、ランは炎を止めた。
「オレに掛かればこのような事も容易い。これでも疑うならば。」
そう言ってオレは近くの樹に手を当て、
「奮ッ。」
軽々と根っこから持ち上げた。
人々はあんぐりと口を開けて呆然とした。
「……さて、オレは神だ。分かったか?」
「はい!!」「はい!!」「はい!!」
人々が同時に声を上げた。物分かりが良いのは宜しい。
「では諸君!!彼の指示に従い、位置に付け!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
今日一番の叫びが巻き起こった。
「……ふう。」
「ありがとう、神のねーちゃん。」
「よせよせ。それよりこれからが勝負だ。裏で手伝いはするが、お前が導け。いいな?」
「うん。……きっと、やってみせる。」
「姉さんも手伝うわよッ!!」
「お願い。」
そう言って彼らは駆け出し、人々にあそこに隠れろ、ここに穴を掘れ、などの指示を出し始めた。人々も若干渋い顔をしているが従っている。
オレの作戦は簡単だ。オレの立場を利用して、インティの指示に従わせる。一度実績を踏めば、彼の実力を認めざるを得ないだろう。オレが聞く限り、彼の作戦に問題は無い。従っていれば余裕で撃退出来るだろう。出来なきゃオレが出来たように見せるだけだ。それで今後は彼の意見がスムーズに通るようになるだろう。そうしていけば、村も少しは変わっていく。穴もあるが、今取れる最善の策であろうとは思う。
「じゃあ私達は裏方ですねぇ。」
「うむ。……ところでストレアは?」
「モヤの近くまでは一緒だったんですけどぉ、モヤを見てから、ちょっと調べるから先に戻ってなさいとか言って、何処に行っちゃいましたぁ。」
何処に行くっていうんだ。一人で逃げたとかないだろうな?
「ここに居るわよ。」
ストレアが背後から現れた。
「さっきの演説から聞かせてもらってたわ。まぁ見事な猿芝居ですこと。」
「仕方ねぇだろ。パッと思いつくのはこれくらいしかなかったんだよ。」
「ま、いいけど。それよりアタシ達の仕事が出来たわよ。」
「なんだよ仕事って。」
そういうとストレアは神妙な面持ちになった。
「……あのモヤ、バグを利用して作ってる。」
「バグ?」
「あのモヤは多分魔界と人間界を直接結ぶゲートの役割を果たしてる。確かに、そういうゲートを作る方法はあるわ。でも魔力とか、維持に結構な負担が掛かるはずなの。でもあのモヤはずっと発生してる。それほどの負担は通常の人間や魔物では耐えられないはず。」
「魔物でもか。」
「ええ。それで調べたの。こういうことが起き得る場合が無いか。」
「で、あったんですねぇ?」
ストレアは頷いた。
「魔力供給には触媒を使用する方法があるの。魔石とかあるでしょ。」
魔石。魔力を多く含んだ鉱石。この間のようにダンジョン化を引き起こす原因にも成り得るが、一般には魔力が無い人間でも魔法を使うための触媒として利用される、とジョセフから聞いたことがある。
「ああ。」
「その触媒として、本来は使用出来ないはずなんだけど、周りの木々や大地を使ってる。そのせいで、モヤの近くの森や大地が枯れ出してる。放っておけば地面が崩壊したりする可能性が高いわ。この仕様をそのままにすれば、人間界が勝手に環境破壊されて、おまけに魔界からの軍勢も入り放題ってことになりかねない。更に悪いことに、モヤが少しずつ拡大してる。だから軍勢の出てくる量が徐々に増えてるのよ。」
「最悪じゃねぇか。」
今、人類と魔界との戦争は、人類側の劣勢で進んでいる。ただでさえ劣勢なのに、更に魔界の軍勢の攻め込むルートが増えれば、防衛しきれなくなる。
「アタシとしてはね、互いに潰し合うのは別に楽しいからいいのよ。」
良くはねえよ。
「でもこれは話が別。バグを活用していいのはアタシだけ。下界の連中がバグで楽して侵略なんて許せない。」
「そこかよ。」
「重要よ。アタシはみんなが苦労してるのを見るのが好きなの。それは魔界の連中も込み。例外は許さない。だから今回ばかりは本気で行くわよ。あのモヤをぶち壊して、バグも修正して、魔界の連中に一泡吹かせてやるのよ。」
その魂胆の大半には同意出来ないが、バグの修正に関しては同意出来る。オレ達は村の連中に続くように森の合間を縫いながらモヤの方へと向かっていった。
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