第7話 脳筋村とその敵をぶん殴れ(4/完)

「よし、次に移行する!!」


 インティの指示に従い、村人達が後退する。それを魔界の軍勢、オークやゴブリンなどが追撃していく。


 パキッ。


 ゴブリンの一匹が小枝を踏み折った。


 すると森の木々が倒れ、オークやゴブリン達の脳天をかち割った。インティの作った罠だ。


 魔界の連中は知能が全く無いというわけではないが、オークもゴブリンもそこまで知能のある方ではない、と聞いた事がある。それを利用したようだ。村人達が驚愕の表情を浮かべている。


「まだ来るぞ!!次に備えろ!!」


 インティの声に応えるスピードが上がっている。目に見えた成果が出た事で、彼の言葉を信じやすくなったのだろう。予定通りだ。


「今のうちにモヤとバグを消そう。」


 それを横目に、オレ達はモヤの方へと真っ先に走っていった。



 モヤの前には大型のデーモンが居た。他には誰も、どの魔物もいない。


「ムゥ……案外手間ガカカル……。戦力ヲ温存シタノガ失敗カ……。」


 何やら独り言を言っている。


「げーとガ狭イカラ仕方ナイト考エルベキカ……。」


「ふふふ、所詮は獣ね。戦力の逐次投入程無駄な事は無いと聞いた事がないのかしら。」


 木に隠れてその様子を伺いながら、ストレアが笑みを浮かべた。


「あれが門番か。」


「倒すのは簡単ですねぇ。」


「倒しちゃダメ。ちゃんととっ捕まえて話を聞き出すのよ。アタシの作った世界のバグを意図的に利用したとしたら、許しちゃおかないんだから。」


 珍しくストレアがやる気に満ち満ちていた。


 ではとっとと終わらせよう。


 オレはピョンと地面を蹴った。


 オレの体は宙を舞い、そして狙い澄ました通り、そのデーモンの頭上へと到達した。


「ン?」


 影が自分の頭上をよぎった事に違和感を覚えたのか、デーモンが上を向いた。だが遅い。オレはそのままデーモンの背中へ落下し、おんぶのように背中にのしかかったまま、首に手を回した。


「ぐ……!?」


「動くな。分かるだろ?お前さんの力じゃこの細腕ビクともしないって。」


 デーモンはオレの腕に手をやったが、当然のごとくピクリとも動かない。魔法なども放っているようだが、オレの肉体はもはや天然の鉄壁である。あらゆる魔法のダメージを無効化している。火の魔法が当たろうと熱くも無い。


「ナンダ!?ナンナノダオマエハ!?」


「まーまーまー。色々疑問なのも分かるけどな?まずは今の状況を理解しよう。今お前の首を締めているのは、こういうステータスの女だ。」


 オレは自分のステータス画面を見せた。


「ア……アアッ!?」


「で、さ。この腕更にキツく締めたらどうなるか、分かるよな?」


「マ、待テ!!」


「いや勿論待ちますともよ?ただ待つからさ。オレ達の質問に答えてくれるかなァ?」


「分カッタ!!分カッタカラ助ケテクレ!!」


「それはアンタの回答次第かしらねぇ。」


 ストレアが腕を組みながら現れた。


「このモヤ。アンタの言うゲート、さ。どういう理屈で、何のために作ったのか教えてくれるかしら?」


「ソレハ……おれモ知ラン。イヤ本当ダ!!首ヲキツクスルナ!!おれモ魔王様カラコノげーとト軍勢ヲ預カッタダケナノダ!!」


「魔王様はなんて言ってた?」


「エ、エット、ソノ、『研究班ガ作ッタ物ダカラ試シテ見ロ』トカ、『徐々二げーとガ広ガル予定ダ』トカ、ソンナ事ヲ仰ッテイタハズダ……。」


「ふむ。その研究班ってのが怪しいわね。後魔王もバグについて認識してる感じね。」


「ばぐ……?確カニソノヨウナ事モ仰ッテイタガ……。」


「なるほどね。後何か分かる事とかは?この村を襲った理由は?」


「げ、げーとガ開イタノガ此処ダッタ、トイウ事ハ聞イタガ……。」


「そのくらいか。うーん使えないわねぇ。まぁいいわ。『魔法触媒の設定可能範囲バグ』」


 そう言うとストレアはデバグライザーのボタンを押した。


「お、おいおい。」


 オレが首を離して身を引くと、デーモンの後ろに巨大な黒い人影が現れ、


「ハ?」


 グチュッという肉と骨を砕く音とともに、デーモンが踏み潰された。


「オレも巻き込まれるところだったじゃねぇか。」


「巻き込まれたって死なないでしょ。」


 まぁそうだが。あまり気分の良いものではない。


「んじゃ私が焼きますねぇ。」


 そう言ってランは灼熱の業火を吐き出した。その炎が巨大な人影を飲み込み、灰塵へと返還した。そしてその炎はそのままゲートと呼ばれたモヤへ到達し、出てこようとしていた魔物達をも焼き切った後、モヤと共に消えた。


「ふぅ。」


「お疲れさん。」


「バグが消えたから魔力の供給が絶たれて消滅、と。これでゲートは使えない。この村を襲う奴らのおかわりも来ない。いやあアタシったら良い事したわねぇ。」


「やったのはお姉様とランですぅ。」


 ランがほっぺを膨らませながら言った。


「良くやったぞ。」


「えへへ。」


「はいはい。それより、村の方を見に行きましょ。」


 適当にあしらいやがった。まぁいい。オレもそっちの方が気になる。オレ達は村に戻る事にした。



 戦況は目に見えて有利だった。インティの指示が的確なのが良く分かる。見張り台に立って、攻めてくる敵の位置とそれに対する処置でインティが慌ただしく動き続けている。それに応える村人達の反応も、先程村を後にする時よりも遥かに良くなっている。オレの予想通り、実績を積んだ事でインティに対する評価も上がったのだろう。良かった。


「よし、こいつで最後だ!!」


 インティの声に筋骨隆々の村人達が一斉に「うぉぉぉぉぉぉ!!」という咆哮を上げた。よし、良い感じだ。


「お姉様。あれ。」


 ランがオレの服を掴んで呼び止めた。


「最後じゃないですよぅ。」


 指差した先には一匹、ハーピィと呼ばれる鳥と人が混じったような、空を飛ぶ魔物が居た。鋭い鉤爪が特徴で、切り裂かれる駆け出しの冒険者は後を絶たない。


「げ。空飛ぶ相手を見逃してたの?」


 周りを見ると同じハーピィの死体が幾つも落ちていた。その上から覆いかぶさるようにゴブリンやオークの死体が積まれている。


「優先して仕留めてはいたみたいだが、一匹逃れちまったみたいだな。」


 と、そのハーピィが空へと舞い上がった。森の木々の合間を飛び上がり、目指す先は。


「インティ!!」


 オレは思わず叫んだ。奴の狙いは見張り台のインティだったからだ。


「……大丈夫。」


 インティはそう呟いて、見張り台の手摺りを強く握った。


 直後。


 何かがハーピィの背中に突き刺さった。


 槍だった。


「うちの弟に手出しはさせない。」


 マルアスの投げた槍であった。


 槍はハーピィの体に突き刺さり、インティの顔の前で止まった。そして、ハーピィの体とともに、地へと落ちていった。


「ふぅ。……ちょっと危ないよ姉ちゃん。」


「ゴメンねッ!!ギリギリになっちゃったッ!!」


「全く。……さて。」


 村人の一人が最後の一匹、オークの頬にその筋肉をたたき込んだ。オークの肉々しい顔が歪み、一回転して倒れた。


「取ったぞぉぉぉぉぉぉ!!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「みんなよく頑張ってくれた!!これで村は救われたぞ!!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 今までに聞いた中でも一際大きな咆哮が、森の木々の間を駆け巡った。



「ありがとうございましたぁぁぁぁぁぁ!!」「神様の助言のお陰ですぅぅぅぅぅぅ!!」


 全てが終わり、村人達の前にオレ達が戻ると、村人達が次々にお礼の言葉をオレ達に浴びせかけてくる。


「いや、オレは大した事をしていない。重要なのは皆がオレの指示を聞き、何よりインティの指示を聞いて見事に動いた事だ。誇るなら自分達を誇れ。そして、称えるならば。」


 オレはそう言って、いつの間にかオレの後ろに隠れていたインティを前に出して言った。


「こいつを称えろ。たとえSTRが低くとも。たとえ誰かから虐められようと、負けずに学びを続けた彼が居たからこそ、この危機を脱する事が出来たのだと。」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 村人達が声を上げた。上げない者も居た。いきなりは難しいだろう。それは理解してやるしか無い。


「……ありがとう、ねーちゃん達。」


「貴方達のお陰でッッッ!!この村は救われるかもしれませんッッッ!!変われるかもしれませんッッッ!!本当にぃッ!!ありがとうございましたッ!!」


 インティとマルアスが言った。マルアスは一言一言でポージングを変えている。どうやら元のテンションに戻ったらしい。


「今後が重要だぞ。全員が納得して掟を変えるのは難しい。誰かしら難色を示す可能性もある。」


「分かっていますッ!!ですがッ!!いつか分かってくれると思っていますッ!!私も全力でッ!!掟を変えますッ!!」


「うん。」


「今度はッ!!STRとINTを重視するようにッ!!」


「そこはそうじゃねぇよ!!」


 そう言うとマルアスは満面の笑みを浮かべた。


「勿論冗談ですッ!!」


 そういう冗談を言わないでほしい。


「では皆様ッ!!我々の村の最大の御礼の儀を見ていって下さいッ!!」


「御礼の儀、ですかぁ?」


「金でもくれるの?食事?」


 ストレアが目の色を変える中、インティがオレに囁いた。


「……期待しない方がいいよ。この村は結局脳筋の集団なんだから。」


「それは今後お前達が変えていけばいいだろ。」


「それは、そうなんだけど、すぐには変わらない。だから……」


「もっと良いものですッ!!村長を除くSTRが最も高い者同士の、裸同士によるレスリング頂上決戦を24時間見ていただきますッ!!このベトベトの液体を付けてテッカテカに光り輝く美麗な肉体をッ!!どうぞご堪能下さいッ!!」


 マルアスが善意に満ち満ちた笑みで叫んだ。


「……こういう風習や趣味はそのまんまだよって言いたかったんだよ。」


「……なるほど?」


 オレ達は物凄い勢いで「結構です」「いいです」「お気持ちだけで十分ですぅ」などと断りの言葉を並べ立て、とっとと村を後にした。


 なお村長の次にSTRが高いのは男二人だった事をここに付け加えておく。

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