第7話 脳筋村とその敵をぶん殴れ(2)

「あれが見えますでしょうかッ!!」


 話を聞くと言った所、先程出てきた村長、名前をマルアスと言うが、彼女が森の中の見張り台にオレ達を連れていき、指を指した。


 森の向こうに、何か黒いモヤが見える。


「あのモヤから魔王の軍勢が押し寄せてくるのですッ。今は何とか持ち堪えておりますが、いつ迄保つか分からないという状況ッ。これに対し、何か対抗策が無いかと、我が村に残された古文書を紐解いたところッ、斯様な文章がございましてッ!!」


 そう言ってマルアスが一冊の本を手渡してきた。その本にはこのように書かれていた。


『我が村存亡の危機に神舞い降りる』


「……これだけ?」


「えっと。すごく、簡潔ですねぇ。」


「筋肉の神とかそういうのは無いの?」


 オレ達全員の視線がマルアスへと突き刺さる。


「ええッ。何せこの村はッ、筋力こそが物を言う村ッ!!神と言ったら筋肉!!筋肉即ちSTR!!STRが高いお方こそが神に違いありませんッ!!」


 何という理論であろうか。雑にも程がある。


「ねーちゃん達さ。こんな脳筋バカに構っちゃだめだよ。」


 知らない声が聞こえてきた。


「むむむむむッ。インティ。何故此処にッ。」


 インティと呼ばれた子供、他の連中と違い筋肉は殆ど無く、言ってはなんだが、貧相な体をした少年がオレ達の後ろに立っていた。


「その本だって俺が解読してやったんだ。俺が事の顛末を気にするのは当然だろ。」


「だけどインティッ。外は危険だと言っているじゃないッ。」


「それは知ってる。でも姉ちゃんが危険だって言ってるのはあれだろ?俺が虐められるかもってことだろ?そんな事気にしやしない。村の連中が何を言おうと知ったこっちゃない。姉ちゃんは分かってるんだろ?このまま力任せに防衛していたって意味が無いって。」


「……それは……。」


 先程までの勢いは何処へやら。一気にマルアスのテンションが下がった。


「村の外の人の力を借りる前に、もう少し頭を使いなよ。ちゃんと戦術を練るとか、さ。」


 そう言ってインティは見張り台を降りていった。


「ボロクソに言うわね、あの子。気に入ったわ。」


「はぁ。ストレア様に気に入られても彼も悩むと思いますぅ。」


「どういう意味よ。」


 あっちは無視しよう。


「で?どういう守り方をしてるんだ?」


 マルアスは暫く口を閉じた後、ボソリと呟いた。


「……その、吶喊、ですね。」


「そりゃダメね。せっかく森があるんだから地形を生かせばどうにでもなるでしょ。量によるけど。」


 彼女は首を縦に振った。


「敵の物量はそれほどでもありませんが、日々少しずつ増えている状況です。……正直分かっています。今のままでは防衛網が突破される事は。皆気合いを入れていますが、所詮は気合い。限界があります。もう少し知に頼ればいいのですが、それを村の掟が許さないのです。」


 インティが現れてから、マルアスの口調が大人しくなった。


「村の掟?」


「随分前に立てられたものです。『STRが高い者に従う』これが村の掟です。私が村長になったのもこれが原因です。今は私が村の中で一番STRが高いというただ一つの理由で。」


 マルアスは自分のステータス画面を表示して見せた。


 LIFE: 1

 STR: 80

 INT: 25

 DEX: 20

 VIT: 55

 AGI: 15

 LUC: 14

 SP: 55


「確かに。」


「STRは高いわね。無茶苦茶。」


「でも他に高いのはVITくらいでぇ、後はそのぉ、」


「普通、ですよね。でもSTRが高ければ村の長になれるのです。私はそれに対してあまり疑いを持っていなかったのですが、弟が、その。」


「弟って、さっきのインティって子か?」


「はい。あの子はINTが生まれつき高くて。物心ついた頃にはこの村の掟に疑問を持ち始め、自身で本を読んだり勉強するようになりました。」


 マルアスは遠い目で彼について話し出した。


「本来なら筋肉トレーニングをすべきところ、彼はずっと本ばかり読んで。虐められる事も多々ありました。それで家に居るように言って聞かせて。本を読み耽り。そんな悪循環で、どんどん村の皆との交流も無くなりました。それでも気にせず本ばかり読んで。いつしか村では一番の知性を有するようになりました。」


「具体的には?」


「INTが60くらいです。まだ十五歳だと言うのに。」


 冒険者としても十分なくらいだ。魔道士なら中堅クラスまではいけるだろう。十五歳、未成年でそれなら、通常であれば将来有望と言って差し支えないだろう。


「ちなみにアンタの年齢は?」


「二十です。」


「二十!?」


「そのSTRで!?」


「あ、あはは。鍛えすぎちゃいまして。」


 STR80は鍛えすぎだ。大体の冒険者の到達点と言って間違いない。将来、冒険者の中でも頂点である99まで達するかもしれないぞ。


「まぁランには及びませんけどねっ。」


 お前に及ぶ人類が居たらちょっと困る。多分バグだと思う。


「そのせいで村長にまで祭り上げられて、本当にこの掟が正しいのか、悩んでしまっているところなのです。」


 マルアスはその筋肉と不釣り合いな困り顔を見せた。


「そこに魔王軍の襲来、そしてアタシ達が来たと。」


「ええ。……お聞きしたいのですが、どう思います?」


「何について?」


「この掟。」


「クソだな。」


 オレは率直な感想を述べた。オレの故郷のような、クソみたいな風習だ。


「無い方がマシだな。」


「同感。」


「お姉様に同じくぅ。」


「……ですよね。」


 マルアスは苦笑いを浮かべた。彼女も内心理解はしていたのだろう。


「ただ……」


「昔からの掟だから変え辛いって?」


「……はい。」


 色々なしがらみがあるのは分からなくも無い。今までの常識が覆るような事になれば、慌てる人間が出てくるだろうという事も容易に想像は付く。


 それでも。


「今変えないと村は滅びるだろうよ。せめて、さっきのインティの言葉通り、戦術を考えるとかしないとな。」


「……そう、ですね。」


「ま、とはいえ大変だろうし。手伝ってやるよ。」


「え。」


 ストレアがオレの方を向いた。


「さっすがお姉様ぁ。」


「え?」


 ストレアが今度はランの方を向いた。


「あ、有難うございます!!」


「任せろ。オレがこの村の腐った理を正してやる。」


「え。ちょっと。無視して行きましょうよ。特にこの村にはバグも無いみたいだし。」


「乗り掛かった船だ。それに、このまま通った村が滅びちゃ気分が悪いだろ?」


「え?アタシはバカな人類を眺められるから気持ちいいけれど。」


 こいつはそういう奴だった。


「手伝いましょうねー?」


 オレはストレアの頬を抓りながら言った。


「ふぁい。」


 素直で宜しい。


「……む?」


「どした。」


「いや、あのモヤ。あれから何か……。」


 匂う、のか?バグの匂いが?

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