第17話 魔王はぶん殴れない(1)

 結局その日、妙案が出る事は無かった。


 翌日。


 ボライアは静かだった。魔物達はまだこの街には到達していないようだが、見張り台からはぞろぞろと魔物達が歩いているのが見えた。途中の村で人々を捕まえている様子も見える。見たくはなかった。目がいいのも考えものだ。幸いなのは、人々の虐殺などは行われていない事か。


 騎士達は未だ落ち込んだままであった。一夜では自分達の神が魔王だったという傷は癒えないようだ。そして、今後どうすべきかを決める事も出来ない。


 ストレアはそんな騎士達の姿を見て溜息を吐いた。


「全くだらしないわね。あんなもん信じるからよ。アタシのような完全完璧に確定的な神を信じれば良かったのに。」


「お前が神だとわかったらもっとこの世界に絶望してるだろうよ。」


 ストレアが抗議の拳を放ってきたが全く痛く無い。


「ったく。大体、そもそも魔王が人間界の城乗っ取って何が出来るっていうのよ。」


 ストレアがボヤいた。


「魔族は魔界に居ないといけない理由があるってのに。」


「なんだソレ。」


「魔力。アンタらが呼吸するのと同じで、魔族ってのは魔力を使って生きてるのよ。勿論人間界にも魔力はあるわよ。でも量は少ないから、ちょっと息苦しく感じるみたいなもん。アンタ水中に居るのと陸に居るのどっちが住みやすい?」


「そら陸だろ。」


「でしょ。要はあんまり得が無いのよ。わっざわざこっちに引っ越すみたいな事して何がしたいんだか。……あー。」


「なんだよ。」


「いや自己解決しただけ。」


 勝手に疑問に思って勝手に自分で解決すんな。


「説明しろ説明。なんで魔族がこっちに引っ越すんだ。」


「さっき魔王が言ってたでしょ。魔界を広げて、恐怖や信仰を集めるためよ。」


「それ美味しいんですかぁ?」


 目を覚ましたランが言った。


「恐怖や信仰、感情が魔力を生み出す原料になるの。何かを信じる事で魔力が強くなるとか良くある話じゃない?だからこういう、今コイツらが感じているような恐怖・絶望・憎悪・そして信仰、そういった感情が魔力を生み、その感情を生み出した原因にその魔力を与える事につながるの。特に勇者とか魔王に関してはそれが強く働く。みんなが「勇者様助けてぇー!!」って思うとパワーアップするみたいな。」


「僕はそういう恩恵に預かった事ないんですが。」


「つまり勇者に祈りを捧げる人が居ないってことね。」


 ブレイドが他の騎士達のように落ち込んだ。


「まぁ気にすんな。そのうち変わるさ。」


 オレはブレイドの背をトンと叩いた。今度は死ななかった。


「しかしまぁ、随分と都合の良いシステムだな。」


「そういう風に作ったからね。」


 ……結局はコイツのせいか。


「まぁいい。つまり、魔王は今この状況を生み出して、自分の力を更に高めるためにこっちに出てきたと。」


「多分ね。それ以外にもあるかもしれないけれど、とりあえずはそれで説明がつく。」


 ついたところで、という話はある。


 困ったものだ。要するに今の状況は、魔王のパワーアップとこちらの戦力ダウンの両方が叶う、相手にとっては最高の、こちらにとっては最悪の状況というわけだ。


「流石にその部分に関してシステムのバグは無いわ。さっき調べておいたけど。」


「そりゃ何より。いや全く安心したよ。」


 嫌味も込めた言葉を放った。そのシステムを悪用されでもしたら困るが、調べたのがストレアである。見逃しがあっても不思議ではない。あまり期待はせず、用心しておいた方がいいだろう。


「しかし、じゃあこの状況を放置すると、魔王の力が更に強まる一方ってか。」


「そういう事ね。」


「んー、困りますねぇ。」


「魔王様は強いですよぅ。なんとかやってきた冒険者を一瞬で消し炭に変えてましたからぁ。ああ怖いぃ。」


 ゴウが両肩を抑えるようにしてぶるぶる震えた。見ていたらしい。ランが大丈夫ですよと声をかけている。優しい子だ。よく育ってくれているものだ。


「おまけに魔界と人間界とを繋ぐ穴がセルドラールにあるんだから、魔力も吹き出し放題か。魔王の配下も魔力には事欠かないだろうよ。」


「そうねぇ。困ったもんだわ。せめて少しでも魔力供給を途絶えさせられれば、向こうをパニックにして、その隙に、みたいな事が出来そうなのに。ああもう!!あの時セルドラールの穴を塞いでおけば良かった!!」


「今からセルドラール行くのは辛いですねぇ。」


 ランが言った。今からノコノコ敵地に乗り込むのは得策ではないのは間違いない。オレ達はいいが、人質がネックになる。


 魔力の供給、ねぇ。


「……ん?」


 セルドラールの穴。


 魔王城。


 魔界への連絡通路。


 人間界にいる魔王。


 個々の要素がオレの頭の中で一本の線に繋がりかけている。


「…………。」


「どうしたのよ黙っちゃって。」


「魔王ってさ。何をもって魔王なんだ?」


「何よ唐突に。……そうねぇ。魔王ってのは、魔界の総意でなるものだから、魔界の連中が認めた魔界の住人が魔王になるわね。」


「……そう、だよな。……魔界と人間界って何をもって区別してる?」


「さっきから何か考えでもあるの?そーねぇ。明確な定義はないわよ。世界のシステム上、地下が基本的には魔界って事になってるけど、そこと地続きになってて魔力が一定量あったら魔界扱いになったりするわ。だからあの魔界の大穴とか、今のセルドラールとかは準魔界みたいなもんね。もう少ししたら魔界になるって感じ。」


「…………。」


 その言葉で、線は成立した。


「何か考えでもあるんですかぁ?」


 ランがオレを覗き込んだ。



 多分ランの目には、オレの顔は歪んで見えていただろう。


 その時のオレは悪い事を思いついた時の少年のような、心の底からの笑顔を浮かべていたからだ。

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