第12話 勇者(1)
翌日。
オレは今のところ分かったことーーー命の聖杯が教会の裏で量産されていた事、その部屋がマクア元主教の部屋とつながっていた事ーーーをセディナ王に報告した。
「そうですか。マクア元主教が一体どこまで手を引いていた、その事を誰が何処まで知っていたかによりますが、少なくとも城下街でこのような事をした事は、正しく裁かれる必要があるでしょう。その件については、私の方で処理します。」
「お願いする。」
流石にそこまではオレ達でも対処しようがないし、オレ達だけで対処すべき問題でもない。
「……申し訳ない。」
戻ってきていたトマ主教が頭を下げた。
「まさか私の信じたものの裏で、このような事が行われているとは。全く理解していなかった。本当に申し訳ない。」
途絶え途絶えで、力無い様子で彼は口から言葉を吐き出した。この言葉を口にするだけで息絶え絶えと言った様子からして、本気で苦悩しているのが受け取れた。
「命の聖杯は……人々の支えだ。支えになってしまっている。すぐに無くす事は出来ない。……だが。」
彼は頭を上げて言った。
「必ず変えてみせる。必ず。少なくともーーー命の聖杯が無くても人々に安心を、心の安寧を齎せる教会へと。私が信じた神が居るのであれば、それは成せるはず、なのだ。必ず、成し遂げてみせる。」
「ああ。それについては是非頼みたいね。……オレの両親みたいに、命の聖杯に自分から命を捧げるような奴が出てこないように。」
「任せて欲しい。全ては人々の心に安らぎが無く、心配が絶えないためだ。それを少しでも無くしていく。それが我らドミネア教会の使命だ。」
彼の目には燃える焔が輝いているようであった。
オレ達は挨拶を告げてその場を後にし、そしてトリディン海を荒らす『海の魔物』を探すべく、まずディンフローへと向かった。
「なんだぁこりゃあ。」
潮風が吹く街、ディンフローの人気のないはずの路地を覗き込んで、オレは思わず声を上げた。
黒い液体に包まれた死体が転がっていた。
それを騒然としながら見やる人々。そうした人々の群れに釣られて別の人が近寄ってくる。そうして群れは徐々に徐々に拡大していく。海の小波はその群れの騒めきで掻き消されていく。
その群れを成す一部がオレ達であった。
「死んでますねぇ。」
「あの服。見覚えあるわね。」
ストレアがその死体の黒い服を見て言った。腹に大きな穴が開いているが、その服には見覚えがあった。
以前、この港街へ向かおうとした時に、船の中で。
「はい下がってください。後は軍の方で処理します。」
常駐している兵士が駆けつけ、見物人達を押し退けて、回収に割り込んだ。
オレ達はその場を後にしながら、所見を話し合う事にした。
「どう思う。」
「あの!黒い服ぅ!『海の悪魔』ですよぉ!」
「みたいね。あの傷、アンタが前にデーモンにやったのと似てるわね。……つまり先手を取られたってこと?」
ストレアはミカ/ミアを疑っているらしい。あの死因と思われる腹の穴を見れば当然か。
チラと見た限り、あの切り口は武器で出来るようなものではなく、もっと荒々しい、力任せに何かが挿入された結果生じるであろうものだった。……例えば、超高速でぶつけた拳とか。そこから色々なものが見え隠れしているので、あまり直視したくはない。
そんな事を出来る人間は限られている。鋭利な太い何かで貫かれたように綺麗に抉られている。
「かもな。ミカかミアかどっちかだとしたら、だが。余程自分のことを知られたくないらしい。」
「にしても凄いわね。腹を一突きとは。よっぽどステータスが高くないと出来ないはずよ。」
ストレアはチラと死体の方を見てからステータス画面を表示した。『海の魔物』(仮)のステータスが表示される。
LIFE: 0
STR: 120
INT: 70
DEX: 95
VIT: 120
AGI: 55
LUK: 1
SP: 0
「値がやたらデカいわね。こりゃ多分魔物よ。」
「黒い血の辺りで察してたが、やっぱり魔物か。」
「随分高いVITですねぇ。」
「ああ。このVITを打ち破るってのは確かに凄い。……ミカのステータスは全部88だったよな。」
「だとすればミカじゃないか、ミカが何か装備でも使ったのかしら。」
「そうは見えないけどなぁ。」
あの切り口は、拳を突き入れた時の物に見える。だがオレのような馬鹿げたステータスならまだしも、相手のVITより低いステータスでそれが出来るとは思えない。
「武器を使ってないとしたらーーーステータスが機能してないって事に成りかねないわ。いけないわねぇ。仕様として認めたくは無いわ。修正してやろうかしら。」
ストレアが不愉快そうに顔をしかめながら言った。
「それにしても、魔物が人間のふりして生活してたってのも中々にホラーね。」
「全くだ。平然と船にも乗ってたしな。」
「よくバレませんでしたねぇ。」
「あのDEXとAGIだからまぁまぁ器用だったんだろう。LUKが低いのがなんだな、結末を暗示させているようで可哀想になるな。同情するつもりは欠片もないが。」
あのステータスで好き勝手やって、どれだけの人間を犠牲にしてきたのか。それを考えれば、この結末もある種当然、もっと無様な末路を辿ったっていいくらいだ。
「で?この後どうする?」
ストレアの質問に対し、オレはうーんと唸り、立ち止まった。
情報が途切れた。このままではミカ/ミアの足取りが消えてしまう。
この街を探せばまだ見つかるだろうか。あの魔物の血は乾く寸前だった。まだ居るかもしれない。
「まず街中を探してーーー」
そう言って駆け出そうとした時、誰かとぶつかった。
「痛っ。」
オレは思わず立ち止まった。
バタン。
そのぶつかった誰かが音を立てて倒れた。
「すまん、大丈夫か?」
そう言って倒れた人を助け起こそうとした時、その顔を見て驚いた。
男だった。目鼻立ちの整った男。青年という歳に見える。
だが驚いたのはそこではない。
血の気が無い。青く引きつった顔でぐたりとしている。
「え?」
慌てて膝立ちになり、男の体を抱える。膝に体を置き、手首に手をやる。脈が無い。
ステータス画面を開き、ライフの欄を確認する。
LIFE:0
「し、死んでる……!?」
オレは思わず頭を抱えた。
ドサリとその男の死体がオレの膝から崩れ落ちた。
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