第3話 地元ダンジョンの魔物をぶん殴れ(3/完)

「ギャアアアアス!!」


 赤いドラゴンが頭を屈めながら爪を振るい、黒いドラゴンの鱗を引き裂かんとする。


 鋭い爪が一閃し、黒いドラゴンーーーバグの具現化ーーーから黒い血が吹き出す。


「シギャアアアア!!」


 黒いドラゴンが悲鳴にも似た鳴き声を上げる。だがそれはほんの一瞬だった。すぐに黒いドラゴンは赤いドラゴンに向き直ると、同じように爪を奮った。


 黒いドラゴンの、赤いドラゴンよりも更に鋭く尖った爪が、赤いドラゴンの鱗を引き裂き、肉を抉る。そこから赤い燃えるような血が吹き出し、ダンジョンの床、土を焦がしていく。


「ギャァァァァァァッ!!」


 赤いドラゴンの方がダメージは大きいようで、悲鳴と共に二、三歩交代していく。


 黒いドラゴンはダンジョンの天井に頭をぶつけながら、赤いドラゴンに向けて前進する。ダンジョン内を巨大な生物が駆けずり回る事で、ダンジョン全体が揺れ動くような感触を覚えた。赤いドラゴンは頭を屈め、尻尾を壁にぶつけないようにか丸めながら、両腕を前でクロスさせてガードを取る。まるでダンジョンに配慮しているかのようだ。


 ならばまずは黒いドラゴンから片付けよう。


 オレは最高速で黒いドラゴンへと近づいた。


 赤いドラゴンに向けて鋭い牙を突き立てようとしたその時、オレが割り込み、その牙を両手両足で受け止めた。


 その牙はボロボロに砕け散った。


「シギェ……!?」


 人の形をしたものを噛んだ事、そしてそれにも関わらずその人の形をしたものが砕けるでもなく、自分自身の牙が砕けた事に、黒いドラゴンは驚愕の色を見せた。


「まず!!バグは!!消えろッ!!」


 そう言い放ちオレは、全力で黒いドラゴンに向けて拳を引き放った。


 拳が黒いドラゴンの口内に激突した瞬間、爆発的な力が黒いドラゴンの全身を駆け巡った。


「シギェア……!!」


 ドラゴンの鱗が吹き飛び、全身から黒い血が撒き散らされる。その血もやがてダンジョンの床の地面を黒く染めたかと思うと、塵芥となって消えていく。そしてドラゴンもまた、肉体全体が弾け飛び、そして全てが塵に還っていった。


「ギャアス……?」


 赤いドラゴンが、何が起きたのかという目でこちらを見てきた。よくよく見るとつぶらな瞳。こちらに襲いかかる様子もなく、キョトンとして目をパチクリしながら、爪で自身の顎を掻く様は、どこか愛らしく見えなくもなかった。


「さてこちらはどうしたものか。」


「ギャス……ス……」


 するとドラゴンが光を放ち始めた。


「ん?」


「凄いですぅ!!お姉様ぁ!!」


 ドラゴンがそう叫んだ瞬間、ドラゴンは人型へと姿を変えた。


「は?」


 女だった。胸はオレくらい大きいし、身長もオレよりちょっと小さいくらいだったが、それが突然オレが呆気にとられているうちに、オレに抱きついてきた。


「人間なのにドラゴン退治出来るなんて凄いですぅー!!尊敬しますぅー!!」


 スリスリと顔を押し付けてくる。赤髪ツインテールのちょっと幼げな顔をしている。


「や、やめろ、いきなりなんだ!!」


「ラン、気付いたらここに居てぇ、どうすればいいか分からなかったですよぉ。お姉様ぁ、助けてくださいぃ。」


「ら、ラン?」


「自分でつけた自分の名前ですぅ。ドラゴン、だとなんか怖いから、ランって呼んでくださいぃ。」


「あ、ああ、もう、分かったから一度離れてくれ。」


 そう言うと自称ランは素直に離れた。手を伸ばして腿のあたりで横に広げて、チョコンと立っている。


「おい、ストレア、これは一体どういう事なんだ?」


 オレは壁裏に居るストレアを呼びながら尋ねた。


「うーーーーーーん、これは、そうね、人型への変異能力を有した個体ね。」


「そりゃ、まぁ、見りゃわかる。」


「そんな能力作った覚えがないから、これもバグかしら。」


「多分そうですぅ。ラン、生まれた時からこうやってぇ、ドラゴンと人間を行き来出来るみたいなんです。理由は、よくわからないんですけど。」


「生まれたのは何時ごろか分かる?」


「多分、数日前、くらいですぅ。気付いたらここに居ましたぁ。人間になったのは今が初めてですぅ。」


「んー、ちょっと待ってね。」


 ストレアは何やら眼鏡をかけてダンジョン内、そしてランを名乗るドラゴン娘をじろじろと見つめた。


「なるほど。もう一つバグを見つけたわ。」


「どんなのだよ。てーかダンジョン一つで幾つバグを抱えるつもりだ。」


「このバグはこのダンジョンというか、世界全般の話よ。」


「尚ひでえ。」


 ストレアは無視して続けた。


「生まれ変わりってあるでしょ?魔物が人間に、人間が魔物に生まれ変わったりするアレ。」


「そんなのあるのか?天国か地獄に行くんじゃないの?」


 ドミネア教の生死感としては、生きている間に善行を積むと天国で自由に過ごす事が出来、悪行を積むと地獄で罰を受ける、とかそんな感じだったと思う。


「ハッッッッッッッッ。そんな救いあるわけないじゃないのよ。人も植物も魚も虫もみんな平等に死んだら何かに生まれ変わるわよ。」


 ストレアが鼻で嘲笑った。むかつく。


「で、その生まれ変わる前の「人間」という扱いが残ったまま「ドラゴン」として生まれ変わっちゃったみたい。」


「無茶苦茶だなお前の世界はよ!!どーいうバグだよ!!」


「種族っていう隠しステータスがあるんだけどね。」


「それ隠す意味ある?」


「隠した方が色々楽しいじゃない。同じ種族なのに種族間の争いが起きたりするのを見るのは楽しいわよ。」


 外道かこいつは。外道だった。


「それが変更されず、残ったまま別の魂として作り変えられる場合があるっていうバグ。」


「そんな事あるのか……?どういう作りしてればそんな、その、無茶苦茶なバグを作り込んじゃうんだよ。」


「いやあ、適当にベースラインを弄っただけだとやっぱダメね。実績があっても新しい要素、魔力とかそういうの追加するとバグも増えるってもんよね。ハハハ。」


「ラン。」


「はぁい。」


「こいつ燃やせ。」


「はぁい。」


 ランは一瞬でドラゴンに変化すると、ボォッという着火音と共に、ストレアに向けて炎のブレスを放った。


「あっっっっっちちちちちちちちちちちちちあちあちああああああああああ!!」


「地獄には灼熱地獄ってのがあるって聞いたぞ。」


「じゃあそれの生きたままの体験版ですねぇ。」


「やめやめやめやめやめやめやめやああああああっっっっっっっっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 するとストレアの先に居た何やら巨大な熊のようなものにそのブレスが掛かった。


「あ?」


「あれぇ。」


「ブギェェェェェェ!!」


 熊は悲鳴を上げて塵に還った。


「止めて。」


「はぁい。」


 ランはブレスを止めると人間に戻った。良い子だ。


 ストレアは全身黒こげになりぷすぷすと髪の毛から煙を吐いていた。なるほど「ストレア様絶対安全装置」はこういう事態にも有効なようだ。


「うひぃ……熱い。」


「適当な管理した事と、私をこんな目に合わせた罰ですぅ。」


「だな。」


「酷いわ。折角その転生バグを顕現させて、ちゃんと対策してあげたのに。……あの熊はどこ?」


「ランが燃やした。」


「あなたはただボタン押しただけじゃないですかぁ。」


「えらいぞラン。ボタンってのを知ってるんだな。」


 オレはランの頭を褒めた。ランが心底嬉しそうに目を細めた。


「えへへ、お姉様に褒められましたぁ。」


「イチャイチャしてんじゃないわよ。」


 ストレアが毒付いた。


「まぁいいわ。とりあえずこれで広間のドラゴンは退治出来たし、このダンジョンは安全になった。で、このまま探索する?」


「いや、一度戻って、先に居た冒険者を優先させてあげよう。」


「お人好しねぇ。狩られて終わりよ?アタシたちの分なんて残ってないわよ、こんな田舎のダンジョンじゃ。」


「狩られるって、何がですかぁ?」


「ああ、オレ達元々このダンジョンの魔物退治に来てたんだよ。」


「素材と食料と金が欲しくてね。ひもじい思いしてるのよ。」


「これですかぁ?」


 そう言ってランは彼女の後ろにあった山を指さした。よくよく見るとそれは山では無く、魔物の死体だった。


「ドラゴンの時に私に襲いかかってきた魔物さんたちが居たので、やむなく撃退したんですけどぉ。」


 オレとストレアは笑顔を付き合わせた。


「でかした!!」「よくやったわ!!」



 魔物の死体から取れるだけの素材と宝物を取って、常備していた素材袋に入れる。魔法が掛かっているこの袋は、見た目以上の収納性を有している。冒険者の必需品だ。見た感じ数千ゴードにはなるだろう。それだけあれば一ヶ月は飲み食いには困らない。


 それが終わってから、オレ達はランと一緒に入り口へと戻った。入り口の冒険者達には、「ドラゴンは退治した」とだけ伝えて、その場を去った。冒険者達からは尊敬の目で見られていた、と思う。



「ランはどうすればいいでしょぅ。」


 冒険者達から離れたところで、ランが寂しそうに漏らした。


「私、親も居ないし、生まれた場所も生きるのには狭すぎますし、どうしたらいいかぁ。」


 確かにあそこは狭かった。バグで生まれた以上親も居ない。少々辛い話だ。


「お前はどうしたい?」


 オレは率直に聞いてみた。オレは


「カッコいいお姉様と一緒に行きたいですぅ。旅っていうのがしたいですぅ。それと、他に同じような人?竜?がいないか探してみたいですぅ。」


「なら一緒に旅するか。」


「え。」


 それまで適当に流していたストレアが引きつった顔でこちらを見た。


「いいんですか!!」


「こいつとだけだと辛いしな。」


 精神的な意味で。


「ちょっと!!食い扶持減るからアタシは反対よ!?」


「でもこの素材とかはランが獲ってくれたもんだろ。お前は今回も前回もバグを顕現させただけで後なにもしてな

いじゃねえか。」


「したくないもーーーん。アタシは神だから仕事なんてしなくったって、アンタ達が貢物を捧げるべきなのよ。」


「これだよ。」


「ダメ人間ですぅ。」


「神だから!!人間じゃ!!ないのよ!!残念だったわね!!」


「神の恥晒しだな。」


「屑ですぅ。」


「言いたい放題ね……。」


「言われる事してるからですぅ。」


「全くだ。そういうわけで宜しくな、ラン。」


「よろしくですぅ!!」


「ちょっと!!アタシを無視して話を進めるんじゃないわぶげ」


 オレの拳がストレアの顔に突き刺さった。


「何か文句でも?」


「あ゛り゛ま゛せ゛ん゛」


 そう言うわけで、ランがパーティに加わった。


 目指すは隣町。素材を売って金を稼ぐのだ。

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