第2話 田舎のギルドをぶん殴れ(2)

 冒険者ギルドとは、冒険者であることを登録するためのギルドである。名は体を表すなんて言うが、まさしくである。


 冒険者ギルドに登録しないと冒険者としては認められない。ただの村人Aである。冒険者になれば、今は魔王退治が叫ばれる昨今ということもあり、補助金が出る。旅の御供が探せる。その他様々な特典が得られる。


 冒険者という職業が持て囃される今の時代において、ギルドへ登録出来るか否かが、今後の生活を大きく分ける要因とも言えた。



「酒の匂いの間違いじゃねえの?」


 そんな冒険者ギルドの前で止まったストレアに、オレは思わず漏らした。



 冒険者が持て囃される昨今、それを盾にあれやこれやと好き放題する輩もいる。特にこの田舎の村のギルドなどは腐敗しきっており、冒険の旅に出るわけでもなく、ギルドに屯して昼間から酒を飲んだり、冒険者を免罪符に略奪を謀ったり、ロクデナシがいっぱい居る。


 そんなここにバグがある?冒険者どもの性根以外にどんなバグがあるというんだ。


「まあ入りましょ。……嫌な顔しても無駄よ。ここにありそうなのよ。バグの産物が。」


 あんまりメンバーと顔合わせたく無いな、というオレのお気持ちは全く配慮してくれそうになさそうである。


 オレは溜息を吐きながらも、彼女に付き従いながら、ギルドの扉を潜った。



「なんだあ?ギルドに仕事でも求めに来たか……あ?なんだ、今朝騙しにきた嬢ちゃんか。」


 ギルドマスターがなんか言ってきた。なんだいきなり。黙っていようかと思ったが、騙し?ああ。入会試験で熊を倒した時の話か。あれを騙し、トリックだと思っているようである。……それはちょっと我慢がならない。確かに熊を素手で倒した。だがそれはジョセフから教わった拳法によるものだ。それをトリックと言われるのは、ジョセフから教わった事を馬鹿にしているのと同じだ。少なくともオレはそう受け取った。


 オレの堪忍袋は早々にはち切れた。


「今朝の試験の事?素手で熊を倒す手品があるのか?そいつは面白い。オレにも教えてくれ。」


「はっは、手品じゃないならお前のクソステータスでどうやったってんだ?」


「数字で見えないこともある。酒をやめな。目が溶けて曇ってるんだろ。」


「粋なジョークの応酬してんじゃないわよ。」


 ストレアがオレの頭をはたいた。


「ていうか熊?素手で?こわ〜。うっそでしょアンタ。そこまで暴力女だったわけ?」


「うっさいわ。オレの拳法ならそういうことも出来るんだよ。」


「けんぽうぅ〜?」


「ああお二人さん、そういう漫才みたいなのは余所でやってくれないか。」


 鎧を纏ったゴリラが、さっきも居たギルドのガードが割り込んだ。


「うちはお遊びじゃないんだ。アンタみたいなクソステータスのやつが来る所じゃあない。失せな。」


 ゴリラがオレの肩に手を置いて力を込めた。全然痛くない。


 ステータス画面を見るとSTRが30あった。まあまあだな。だがオレには遠く及ばない。先程の一言で既にオレはキレ気味だった。


「手を出したって事は、やり返していいか?」


 ちょっと痛い目を見せてやらねばならない。


「やってみな。お前みたいなガキが何か出来るなら。」


 ゴリラが力を込めて投げ飛ばそうとしたが、オレの体はびくともしない。


「言ったのはそっちだからな。」


 オレはその腕を片手で掴むと、ゴリラの体を持ち上げて、酒瓶が一杯の机の上に叩きつけた。


 ガシャァン!!


 酒瓶が音を立てて割れると同時に、叩きつけられた机が真っ二つに割れた。


「があっ!?」


 ゴリラが苦痛の声を上げた。


「鎧があってよかったな。瓶が刺さってたら死んでたかもしれないぞ。」


 オレの言葉に、ギルド内が一瞬沈黙に包まれた。


「てめ……がっ。」


 立ち上がろうとするゴリラの胸を足で踏みつけた。


「さてさて。これがどういうトリックなのか、是非ご説明を頂きたいもんだな?」


 オレがゴリラを見下しながら言うと、ギルドの連中が殺気立ち始めた。


「てめえ……。」


「このガキ……。」


 ギルドマスターが睨みながら言った。


「うちのギルドの喧嘩売りに来たのか?上等だ、買ってやろうか。」


「おっとその前に、オレのステータスもう一度見ておいた方がいいんじゃないか?」


「何言ってやがる10程度のゴミ……………………………」


 ステータス画面を見たギルドマスターが絶句した。


「何してんのよ。」


 副マスターが固まりきったギルドマスターを揺さぶるが、反応が無い。


 ギルドマスターの額からは汗がだらだらと垂れ始め、そして口をあんぐりと開けて、「あ、あ、あ?」と声にならない声を上げた。


「まぁ、喧嘩を売りにきたわけじゃあない。勿論、ギルドに入りたいというわけでもない。ただコイツが用があるんだとよ。」


 そういってストレアを指差す。


「全く、変な目立ち方したく無いって言ったくせに、自分から目立とうとしてるじゃないの。」


「仕方ないだろ。向こうが喧嘩売ってきたんだから。なぁ?」


 そうギルドマスターに声かけすると、


「あ、あああああああ!?す、すみません!!すみませんでした!!」


 彼が突然土下座した。


「ちょっ、ちょっと!?」


 副マスターがその取り乱し方を見て驚きながら言った。だがギルドマスターはそれを無視して続けた。


「土下座でも何でもします!!だから許してください!!あとできればギルドに入って下さい!!」


「前者はOKだが後者はお断りだバカ。」


 オレが足を退かすと、ゴリラが立ち上がりファイティングポーズを取った。それをギルドマスターが静止し、オレのステータス画面らしきものをゴリラに見せた。ゴリラは即座に青ざめて、両手を上に上げた。よく見ると周りのギルドメンバーも、さっきまで余裕綽々だった副マスターも全員両手を上に上げている。降参のポーズだ。


「はぁ、全く、人間というのは立場が悪くなるとすぐこれよね。……これがお望みだった?」


 ストレアの言葉にオレは首を横に振った。


「別に。ただ肩を掴まれたから抵抗しただけだし。こいつに土下座とか謝罪されたところで、な。これ以上どうこう言うつもりはないから、とっとと用事済ませてくれ。」


「はいはい。んー、そこのゴリラ。ポケット見せて。」


「あの、私、ゴラリスって名前なんですが。」


「どうでもいいから見せなさい。」


「はい。」


 ストレアの有無を言わせぬ態度に、ゴリラもたじたじになったのか、それとも先程オレにやられたのが応えたのか、大した口答えもせずゴリラは鎧の下の服のポケットから何かを取り出した。


「これ、ですか?」


 それは掌に収まるくらいの箱だった。開けた形跡は無い。


「あー、これは……。」


「これがバグ?」


「ええ。」


「え、これが何か?」


 ゴリラがそう言いながら箱を開けた。


「あ、バカ。」


 ストレアがオレの体を掴んで一歩退いた。オレもそれに釣られて一歩退く。


「は?」


 聞き返したゴリラの頭が突然吹っ飛んだ。


「この箱には本来入らないはずの魔物が入ってる。トラップボックスね。でもただのトラップボックスじゃない。トラップボックスは「トラップボックス」って魔物だけが入るように設定してたはずなの。でもなんか判定ミスってたみたい。」


 ゴリラの頭がギルドの床をコロコロと転がる。首からは血が吹き出ている。


「誰かが作ったのよ。『本来入るはずのないものが入る』というトラップボックスのバグを利用して。」


 何が起きたのかと目をパチクリするギルドメンバーの前に、鎧を着た首無しゴリラの死体と、


「デーモンが出てくるように仕掛けられてたみたい。」


 そしてゴリラ以上に筋骨隆々の、デーモンと呼ばれる高位の悪魔の姿があった。

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