第2話 田舎のギルドをぶん殴れ(1)

 オレ達はまずオレの村、イノナカ村へと降り立った。


 神の顕現ではあるが、教会の中とかそういう神秘的なものではなく、村はずれの鬱蒼とした森の中へである。


 理由は簡単で、あまり目立ちたく無かったのだ。


 村という閉鎖環境において、住人は殆どが知り合いである。せいぜいギルドの面々の内、旅の途中に立ち寄ったような連中くらいしか知らない奴は居ない。故に顔を合わせれば大体がオレの事を役立たずの屑として扱う。そういう思いをするのは懲り懲りだった。


 そういうわけで、ストレアに頼んでオレの家の近くへとやってきたわけである。


「随分地味ぃなところね。アタシのような高貴なる存在には似つかわしく無い不釣り合いで田舎臭い陰気な所だわ。こんな所に連れてくるなんてまさかアンタあたしのことをどうこうしようと思ってるんじゃあないでしょうねやめておきなさいアタシは神だから性別も神なのよまあどちらかと言うと女寄りだしそういう趣味が無いこともないからどうしてもっていうなら」


「黙れ。」


「あっはい。」


「ったく。」


 口が減らない神である。


「あれ。」


「どうしたの。」


「ここに倒れてた女の子が居ない。」


 こんな事になる直接的な原因である、オレがライフを捧げて助けた彼女が居ない。もう何処かへ立ち去ったのだろうか。自殺の跡が無いことから、一応、再度自殺を図った、などと言う事は無かったようである。


「ふーん。まあそんな事どーでもいいわ。」


「そんな事ってお前。人の命を何だと思ってるんだ。」


「アンタが今踏んづけてるアリの命と大して変わらないわね。多分人の命は大切とか言って欲しいんでしょうけど、人だけが特別なわけじゃないわ。命は平等。人も虫も自然もみーーーーーんな同じ命。お分かり?」


「……ああ、まあ、お前にはそうか。」


 神と人との違いは大きいようである。


「そんな事より、とっととバグ探しに行くわよ。」


 ストレアが勝手に歩き出した。歩き出した方向は村の出口、ギルドもある方向だった。


「ちょちょちょ、ちょっと。」


「何よ。」


 オレが呼び止めると、ストレアがムスっとした顔で振り向いた。


「ギルドには行かないからな。」


「なんで。いいじゃない。今のステータスならギルドだかキルトだかカルタだかしらないけどギッタンギッタンのめっためたに出来るわよ。」


「ルしか合ってねえじゃん。違うの。オレはそういう目立ち方したくないんだよ。」


 指差されずに生きていければそれで十分である。ここまでド派手なステータスは本当は欲しくなかった。


「めんどくさいわねえ。まあいいわ。でもこの村にもバグの匂いはするから。それを探しましょう。」


 バグねえ。


「バグの匂いが嗅ぎ分けられるってのは、どういう仕組みなんだ。」


「神様の、創造神としての勘よ。」


「勘。」


 この短い付き合いの中でも、こいつの勘程役に立たなそうなものは無いのでは無いかという疑念が既に頭に浮かんでいるのだが。


「まあ、いいか。」


 オレはストレアに着いていくことにした。あまり人目に付かないようにしながら。それと居なくなった彼女の無事を祈りながら。


 といってもこの高身長のせいで、どうしても目立ってしまうのだが。



 雨は止んでいた。太陽の落ち具合等から言って、結構な時間が経過しているらしい。教会の軒先の神父も居なかった。助かった。また変な事言われても困る。ステータスが低い奴はどーたらこーたら。この世界ではステータスが低い人間に生きる価値は無いと本気で思っているのだろうか。


 確かに昨今、冒険者以外は軽視される傾向にある。猟師、商人、農民、そういった人々よりも冒険者の方が上であり、特に魔王討伐に出かける連中は世界を救うかもしれない人材として手厚く持て成されている。こんな田舎にギルドが出来ているのもそれが一因だ。魔王討伐は今の人間界における最大の課題の一つなのだ。


 魔王。魔界の王。魔物の王。名前があるのかどうかも分からない。全てが謎に包まれている。今の魔王が現れたのは二十年程前だと言う。突然バラバラだった魔物達をまとめ上げ、人間界に宣戦布告した。それからずっと戦争状態が続いている。続いているという事は、魔物の被害もずっと出続けている、という事である。魔界への侵攻は未だ叶わず、一方で人間界は侵攻され続けていて、被害も甚大。


 それを食い止めるためには冒険者を優遇しなければならない、という王の考えから前者のような冒険者に対する施策が行われているわけだが、優遇された結果、冒険者を名乗る連中が幅を利かせ、それ以外の人々を迫害している、という現状がある。さっき行ったギルドも酒の匂いが酷かった。昼間から酒浸りで旅に出る事を辞めた連中すら居る。そういう奴に限ってステータスが高いから手のつけようが無い。


 世の中は本当に平等なのだろうか。ああ、溜息しか出ない。


 ……そういえばこいつのステータスはどうなっているんだろうか。オレはステータス確認画面でストレアを選択した。



 LIFE : 999

 STR : 999

 INT : 999

 DEX : 999

 VIT : 999

 AGI : 999

 LUC : 999

 SP : 999



「これはこれで結構なもんだが、なあ。」


 オレのステータスのアホみたいな数字を見てしまうと、何と言うか、これでも普通だなと思ってしまう。


 普通では無いのだ。一般人は20あれば十分、冒険者が育っていったとしても40が相場である。三桁あるだけで十分「桁違い」と言えるはずなのだ。


 だがオレの場合……えっと、これ、何桁あるんだ。いち、に、さん…じゅう。


「じゅっけた!!」


「なによ。」


「いや、自分のステータス欄の桁数見て驚愕してた所。」


「ああ。本当あれよ、アホみたいな数字よね。なんでアタシunsigned long型にしちゃったのかしら。」


「あんさ……もういいや。」


「そうして頂戴、説明するのも面倒だから。凄く大きな数字を設定出来るようにしちゃったと思って頂戴な。ステータスなんて最大値99だから二桁ありゃ良かったのに、ああ失敗失敗。」


「お前は三桁じゃねえか。」


「アタシはいいの。特別な存在、創造神、開発者、全てを生み出せし命の母なんだから。」


「お前が母、かあ。」


 親には正直恵まれたとは思っていない。オレよりドミネア教の教えに従って自分から命を捧げた馬鹿である。死んだ人間に、自分の親にこのような口を聞くのは少し憚られるが、それでもオレはそう思う。馬鹿だよ。


 でもこの眼前の母を名乗る屑よりはマシだと思った。


「それはなあ。」


「事実だから安心なさい。」


「安心したいんじゃねえよ。というかなんだ、オレが殴ってよくそのステータスで耐えられたな。」


 普通ステータスの差が20あれば十分に致命傷になりうる。冒険者が旅先で人を撲殺したなんて話をジョセフから聞いた事があった。


「ああそれ?ふふん。」


 ストレアが無い胸を張った。


「アタシはアタシが死なないようにシステムを組んだのよ。」


「しすてむ?」


「仕組みってことよ。その名も『ストレア様絶対安全装置』。」


「直接的すぎる。」


「わかりやすいのはいいことよ。この装置はね、発生する事象を改変するの。例えばアンタがアタシを蹴ったとする。」


「うん。」


 オレはストレアの頬にハイキックを放った。


「ぶぶう。」


 ストレアの頬の肉が凹み、彼女の口が唾を吐き出しながら空中で四回転半スピンして地面に落下した。


「……げれどばいっでないばよ(蹴れとは言ってないわよ)。」


「すまん、つい手が出た。」


「足じゃないのよこの野郎。後で覚えてなさいよ……。まあ、その、普通、アンタくらいのステータスで蹴られたら首の骨が折れて首ごともげて宙を舞うわけよ。」


「……ウェェ。」


 想像してしまい、オレの顔は多分青ざめたと思われる。


「……他の人には手加減しないと。」


「アタシにも手加減しなさいよ。んでね、アタシの首が飛んでも、アタシ神だから、再生は出来るんだけど、痛いの嫌じゃない。」


「それは誰でも嫌だろうな。」


「だから起きる事象をそこまで痛く無い事象に改変するの。今だったら、首ごともげて飛んでいくところを、アタシの体が宙を舞うという事象に置き換えてるわけ。アンタのパンチが顔面にめり込んだりするのも、このシステムのお陰ってわけ。無くてもいいけど、あれば安全。それがこの『ストレア様絶対保護システム』よ。」


「名前が変わってるんだけど。」


「気にすることはないわ。些細なことよ。」


 そんなこと言ってるからバグが出てくるんじゃないかと思ったが、黙っていることにした。


「まあそういうわけで、これがある内はアタシがこう派手に美しく吹っ飛ぶくらいで済むわけよ。」


「はあ。」


 どうでも良い事を聞いてしまった。


「つまりお前は手加減無しでぶん殴れると。」


「やめなさい。……さて、ここよ。ここからバグの匂いがするわ。」


 そう言ってストレアが足を止めたのは、さっきオレが入会を断られたギルドの前であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る