第2話 田舎のギルドをぶん殴れ(3/完)

 ギルドの中は騒然となった。人々が机やカウンターの下に隠れた。


 無理もない。デーモンなんて魔界か、人間界と魔界との戦場にしか居ないはずなのだ。


 それが箱の中からいきなり出て来て、挙句ガードの首を刎ねるなど、誰にも予想出来ないだろうし、誰も理解出来るはずもない。


 おまけに先ほどのゴリラーーーゴラリスのステータスだ。彼のVITは40あった。


 40あれば大概の攻撃は低ダメージで済む。首に剣が当たっても、STR20の人間が振るった剣であれば、鉄を打ったような音を立てて無効化されるだろう。


 だが今の一撃は首を跳ねた。


 それが何を意味するか、幾ら堕落したギルドでも理解出来ないわけがなかった。


 STR40以上、恐らく60はある。


 田舎の村にはとんだバランスブレイカーだ。未だ辺りを見回して様子見しているのが有難いくらいだ。こんなものが外に出たりしたらと思うと寒気がする。


 ……いっそ外に出して全部パーにするか?いや、それはダメだ。オレは確かにこの村の連中は好きではない。オレの命を捧げようとした連中のことを好きになれるわけがない。


 でも。


 こいつを外に放り出して、村の連中を皆殺しにして。それはオレの命を捧げようとした連中と、オレの両親の命を捧げた連中と、何処まで差異があるというのだろうか。


「仕方ねえなあ。全員しゃがんでろよ?」


 オレはデーモンの前に立ちはだかった。オレの言葉に無言でギルドメンバー達は無言で答えた。元々皆机の下に居たので問題は無い。あるとすればストレアである。「何をする気なのか見届けてやろう」とばかりに普通に立っている。知らねえぞ。


「ナンダ?人間風情ガ、我ノ前ニ立ツナド、オコガマ」


 デーモンが口を開いた。だがその言葉が言い終わる前に、オレは拳をその筋骨隆々の黒い肌へと打ち込んだ。


 しっっっ。


 拳を振るった瞬間、空を裂く音がした。


 ギルドが震え、壁に傷が走った。衝撃波だ。


「ふぎゃっ。」


 ストレアはそれに飛ばされ、木造のギルドハウスにぶつかり、人型の穴を開けて外へ吹き飛んだ。アホかあいつ。


「シ、イ……?」


 デーモンは言葉を続けようとして、自分の肉体の違和感に気付いた。


「威力を抑えてこれかあ。もう少し調整が必要だな。技なんて使ったら家が吹き飛ぶわ。」


 デーモンの腹に大きな穴が開いていた。穴の中央にはオレの拳がある。


 デーモンにも何が起きたのか見えていないようであった。穴の部分にあった肉体は、ギルドハウスの壁を突き破り外へと飛び出した。


「ア……ガ……バ……カ………………ナ…………!?」


 デーモンは黒い血を口から吹き出しながら、ギルドハウスの床に膝から崩れ落ち、息絶えた。


 後にはゴラリスの死体と、黒い血が飛び散ったギルドの床や机、そしてデーモンの死体だけが残された。


 少しの間、ギルドに沈黙が流れた。


「あ、ああ?」


 ギルドマスターが吃る。


「あ、ありがとうございました!!」


 そして感謝の言葉を絞り出した。

「ん。」


 オレは手を上げてそれに応えた。あれだけ舐めた態度をとった人間が平伏するのを見るのは、まあ悪い気分ではない。


「ストレア。箱のバグは?」


 壁の穴をわざわざ潜って戻ってきたストレアに尋ねた。


「ひぃ、ひぃ。吹っ飛ばしてそれ?もう少し何かないの?」


「しゃがめって言ったろ。無視して突っ立ってるからだ。」


「全く暴力女はこれだから。」


「うるさい。いいからバグの件見てくれよ。」


「はいはい。」


 そう言って彼女はゴラリスの持っていた箱を取り上げてジロジロと見つめた。


「……もう箱自体が壊れちゃったから顕現出来ないわね。一発限りの仕掛けらしいわ。ま、世の中のバグが減って良かったと思いましょう。」


「仕掛け?」


「ええ。そうよ。仕掛け。誰かがこのバグを故意に利用したの。そしてデーモンを封じた。そこのビクビクしているギルドマスター。このゴリラ、この箱を何処で手に入れたか知らない?」


「し、知りません。」


「じゃあ本人に聞くか。」


 オレはステータス画面を開いてライフの欄をタップ、[捧げる]を選択し、ゴラリスを選択した。


 ゴラリスの頭が徐々に戻っていき、やがて元のゴリラみたいな顔が形成された。


 自分のライフは減っていない。


「管理者のステータスは固定設定にしてるからね。管理者のステータス"が"固定されちゃってるけど。この違いは大きいバグなんだけどね……直そうとすると面倒だからいいわ。」


「いい加減だなほんと。しかし、ライフ使い放題はいろいろ役に立つな。」


「やめてよね、無闇に死者を起こすの。そういうのはあんまり良く無いわよ。倫理的に。」


「お前に倫理を説かれるとは、オレも短期間で落ちぶれたな。勿論。今回みたいにバグが関係している時だけだ。」


 人には寿命がある。ジョセフの死がそうだったように。それを否定することはしたく無い。


「あ、え?ここは?」


 ゴリラが上半身を起こして起き上がる。その眼前にオレは立って言った。


「目が覚めたかゴリラ。今お前はデーモンに首を跳ねられて死んだ。助けたのはオレ。ライフを捧げて復活させてやった。感謝しているなら質問に答えて欲しい。」


「あ?は?は、はい。」


 状況を飲み込めていないようであったが、その方が都合が良い。スムーズに話が進む。


「よろしい。ストレア。」


「顎で使うな人間が。全くもう。ゴリラ。アンタがこの箱を拾ったのは何処?」


「え、えっと、覚えて、ない。あの、誰かから、もらったと思うが、誰かかは分からない。」


「……使えないゴリラね。でもまあこれで、誰かがこの箱を作ったのは確定かしら。この箱のバグを利用した誰かが。」


「問題は誰かという点だな。デーモンが入っていたってことは、魔王軍の可能性もあるのか?」


「まあ無くはないわね。あーあ、神の部屋のモニターが使えれば、時間を遡ってチェックしたり出来るんだけどねえ。」


「誰かさんが壊したからな。」


 ストレアが下手な口笛を吹いた。


「だから誤魔化しても無意味だって。現実逃避すんな。」


「だってえ。だってあんな「あのう。」


 ギルドマスターがストレアの泣き言に割り込んだ。


「なによ」「なんだよ」


 オレ達が同時に応えた。


「あ、あっああ、あのですね、助けて頂いて、その、大変、感謝しております。」


「そうかそうか。」


「そ、そこでですね、あなた様を、その、名誉ギルドメンバーとして冒険者ギルドに登録をば「いい。」


 今度はオレが割り込んだ。


「そういうのはいい。」


「いや、しかし。」


「お前らみたいなステータスでしか物事を判断出来ない連中に用は無い。オレに情けをかけるくらいなら、他のやつ、ステータスは低くても一芸を持っている奴とか、ステータスが低くて冒険者にはなれなかったけれど、それでも他の職について生きている奴に、かけてやれ。まぁそもそも、昼間から酒だけ飲んで冒険もしない冒険者に用は無いけどな。」


 オレがそう言うと、ギルドメンバーが肩を窄めた。


「あ、ならアタシは入れてちょーだい。名誉ギルド神って名目なら入ってあげるわ。そしてアタシの言うことには絶対ふくじゅヴッ」


 オレはふざけたことを吐かすストレアの口を塞ぐと、「じゃあな」と言ってギルドを後にした。


「あ、あの、このデーモンはどうすれば!?」


「やるよ。売って酒の足しにでもしな。万一、真面目にやる気があるなら、武器か防具でも買いな。」


 そう言い残して。



「なんで邪魔するのよ!!」


 ストレアを小脇に抱えてそのまま村を後にしようとする中、そのストレアがジタバタと手足を動かしながら不平を並べた。


「せっかく人間界でも偉くなれるチャンスだったのにぃ。」


「神なんだから十分だろ。」


「神として崇められてるのはどこの馬の骨とも知れない男じゃないのよ。アタシはアタシが崇められたいのー!!その第一歩をアンタったら邪魔してぇー!!」


「はいはい。どうでもいいからとっとと行くぞ。この村にはもうバグはないだろ?」


「まあ、無いけど。」


「良し行こう。さあ行こう。金もないから未練もない。とっとと出ていくに越したことはない。」


 ジョセフが残してくれた遺産みたいなものはない。あるのは言葉と、彼の流派の拳法技くらいなもんだ。これについてはこのステータスだと使うタイミングがなさそうだが。


 ともあれこの村に用事が無いのは間違いない。オレの足は軽やかにステップを踏んだ。あの煮詰まったクソの闇鍋のような村とおさらば出来るのが、精神的には結構な負担軽減になっているようだった。


「あーもう、離しなさいよ!!歩けるわよ一人で!!」


「ギルドの方に戻られると困る。少し村から離れてから離してやるよ。」


 そう言ってオレは村の方をチラと見た。呼び止めるギルドの面々や、話を聞いたのか同じく神父が呼び止めようとして何やら「戻って来てくれ」「君の力が必要なんだ」「おお神よ我らを助けたまえ」などと言っているのが聞こえる。


 この後に及んで"我らを"助けたまえなんて祈ってる時点でオレはその精神性を疑うべきだと本気で思うね。


 なんでオレらの旅立ち、あるいはオレらの無事ではなく、自分達の保身だけを考えているんだ?


 そりゃ誰だって自分の身が大切さ。それは分かる。でも仮にも神父がそういう態度を取るのは本当に正しいのか?そもそもお前達がオレに対して罵言を浴びせ倒したくせに、その態度はなんだ?


 そう考えだすと、オレの怒りが沸沸と湧き出し始めた。


 誰が止まるか。


 もう遅い。


 オレはもう生き方を決めた。


 このまま旅に出る。そして旅先で見つめたバグなり、むかつくルールなりを叩きのめす。


 そうする。


 そう決めた。


 誰でもないオレが決めた。


 誰にも邪魔はさせない。オレが決めた道を歩むだけだ。


 オレは足取り軽く村を後にした。「アタシを崇める民があ〜」などと叫ぶストレアを抱えながら。

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