第16話 我らの神に祈りを捧げよ(2)
この世界には、分かっている限り、大きく三つの大陸が存在する。
ボルメイア大陸。自然もほどほど、街もほどほど、安定した大地。主に純粋な人間が住む。
サーブラス大陸。自然が溢れ、街と呼べるものはなく、主に自然の中に設けられた集落に、エルフーー森との調和に重きを置く狩猟民族、長い耳が特徴で、魔族の次に魔力の利用に長けている種族が住んでいると言われている。
オンジェクト大陸。石造りの街が広がる科学の街。ドワーフーー技術力に長け、魔力は全く使えないが、物を作り出すことにかけては最も優れた、背の低い種族が主に住んでいる。
この三つの大陸が、現在確認されているこの星における"人の住む"大陸の全てである。
「エルフの島かぁ。」
「島というには大きいけれど。何よ。そういやあんまり他の種族の話聞かないわよね。」
「……エルフとドワーフとはそれぞれ不可侵条約を締結しているのです。元々、その。」
セディナ王が零すと、得心したようにストレアは云々と唸った。
「ああ。そういやそうだったわね。アンタら仲悪いもんね。」
「……はい……。」
セディナ王は責任を感じたように顔を顰めた。
そう、現在この国、そして人間ーー正確には、ヒューマンと呼ばれるオレ達のような種族と、人間の中でもエルフと呼ばれる種族、ドワーフと呼ばれる種族との仲は非常に悪くなっていた。先代や先先代の頃は戦争すらしていた時期もあったのだとか。セディナ王が関わる前の話だ。別に彼が責任を感じる必要はないと思うが、関係改善に至っていない現状が彼としては良いものではないと思っているのだろう。その気持ちは分からなくはない。
詳しい話はオレも分からないが……。ヒューマンとエルフの間には、自然を切り開く鉱山の開坑を差し止めるようエルフ側が言い出したことを皮切りに、緊張状態が勃発、そのまま戦争に雪崩れ込み、それを機に領土拡大を企んでいたドワーフが両方の戦力に横入りし始め……という感じで泥沼化。魔王という共通の敵が生じたことで停戦へと至ったらしい。
「人間はみんな押し並べてバカよねぇ。ああエルフもドワーフもみんなよ。」
言い返したいが言い返せないのがもどかしい。
話がズレた。
ともかく……重要なのは、もし魔界に蓋をするなら別大陸まで足を伸ばさねばならないということだ。
「くぁー、そんな時間無いぞ!!」
オレが頭を抱えながら叫び声を上げた。
「大体どこにあるかも分かんないんだぞ。」
「ねー。困ったもんよね。」
「とりあえずは魔王の出方を見た方がいいんじゃないか?油断をしているようなら一気に攻め込むことも出来るかもしれないし。そもそも奴らがわざわざ人間界に来て城を占拠した理由も分からない。それが分かってからでもいいかもしれない。」
インティの言葉にオレは肯いた。
「どの道この街だけでも守り抜かないといけない。今は動けないな。」
とオレが言った時。
『あーあー。テストテスト。人間の皆さん、聞こえていますか?』
聞き覚えのない声が天から響いた。
「何の声だ?」
声のする方をーー天を仰ぐと、巨大な誰かの姿があった。フードを深く被っているので、誰なのかは分からない。
「魔王ね。アタシは聞き覚えがある。魔法で映像を映し出してるのよ。」
魔王。この声が魔王。若々しく聞こえる。
「年齢詐称するようなバグがあったのかもしれない。……バグバグバグバグバグバグバグバグ!!ああああああああああっ!!」
ストレアが発狂した。まぁここまであれもこれも利用されると腹立たしく感じるのだろう。その気持ちは分からんでもない。
そうした葛藤を無視するように、空に浮かぶ巨大な顔面は言葉を続けた。
『聞こえているという声があったので続けるよ。僕は魔王。魔界を支配し、全ての生命に等しく平和な日々をもたらさんとする者。まずお詫びしたい。乱暴な手段でキミ達の国、ローグラムとその首都セルドラールは僕の手の内とさせて貰った。犠牲も出てしまった。それは認めよう。そして詫びよう。すまなかった。』
そう言って魔王は頭を下げた。
「殊勝な態度ね。」
「何を身勝手な……!!」
セディナ王が握り拳に力を込めながら言った。
『ヒヒヒヒヒ。キミ達は思っているだろう。身勝手なことを言うなと。』
読まれていた。
『勿論そう思うのは当然だろう。何せ僕も当然本心ではないからねぇ。僕が何のためにこんなことをしたか。簡単さ。魔界っていうのは狭いんだ。狭い領土を広げるためにはどうしたらいいと思う?そりゃ一つしかないよね。キミ達の世界を貰う。そのためにまずセルドラールを占拠させて貰った。キミ達はこれこそ身勝手だと思うだろう?ヒヒヒヒヒヒヒ!!そうさ!!キミ達がそう思うだろうということをやっているからね!!』
魔王はフードに顔を隠しながら狂ったように笑い声を上げた。
『あー楽しい。ああ全くキミ達の顔が見たいものだよ。さぞ悔しそうな顔をしているだろうねぇ。ハハハヒヒヒヒヒ。だがキミ達、悔しがるのはまだだよ。ーーキミ達は今こう思っているだろう?『ドミネア様、我らをお助け下さい』と。』
嫌味で、気持ちの悪い笑みを浮かべたまま、魔王は続けた。
「……ま、さ、か?」
トマ主教が口に手を当てて顔を伏せた。
「あの、口元。……まさか、そんな?」
「どうした?」
オレの問いかけに、彼は答えない。
代わりに言葉を続けたのは魔王であった。
『祈りを捧げる。いいことだと思うよ。だけどその祈りが届く先を考えた方がいい。魔王というのは勇者の対でね。祈りの力で強くなるのは勇者と同じなのさ。何が言いたいか分からないかい?ではこの顔に見覚えは?』
そう言って魔王はフードを下ろした。若い童顔の男だった。年寄りだと思っていたので大分予想していたものと違うなという感想を抱く。だがそれだけだ。見覚えは特にーー
「あっ、ああっ、あああああああ!!」
と、突然トマ主教が叫び崩れ落ちた。
「ああっ、あぁっ!!私達は!!一体今まで何をしていたというのだ!!」
物凄い慟哭が響いた。
「バカな……。」
セディナ王も崩れ落ちた。
なんだ?魔王の顔に何があるっていうんだ?
「……あぁ。ああー、そういう。そういうことかぁ。」
ストレアが感心したように言った。
「なんだよ。あの顔に何があるんだ?」
『見覚え無い顔かな?そんなことはないはずだよ。教会に入ってみたまえ。そこにはきっと、僕に似た顔の像が立っているはずだ。』
なんで魔王の像が人間界に立っていると確信しているんだ?そんなことあるわけ……。
「ん?……んん?……んんんんんんん?!」
オレは気づいて叫び声を上げた。
『改めて自己紹介をしよう。僕は魔王、ドミネア・アルエム。キミ達が信じていた神ドミネアとは僕のことだ。』
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