第17話 魔王はぶん殴れない(4/完)

「こ、こここ、このままにしておけるか!!」


 言うなりドミネアは立ち上がった。まだ体力の落ちた体に慣れないが、それでも自分を奮い立たせるように。


「このままでは魔界が奴らの手に落ちたままだ。人質も取り返さないと、全部が全部奴らのいいようにされてしまう!!」


 自分の今までしてきた事を差し置いて、彼は叫んだ。


「この城の警備は最小限でいい!!とにかく魔界を取り返す!!転移魔法を!!」


「使えません……。」


 部下のデーモンが恐る恐る言った。


「なんで!?」


「先程から試しているのですが、触媒が取り除かれたようで、反応が……。」


「がああああああああああああああああっ!!」


 ドミネアが頭を抱えて悶えた。転移魔法は行ったことがあり触媒がある場所にしか行けない。ミア・デュルーアはその事を思い出していた。


「大穴の防衛に充てた奴らは何してる!!……あっ、魔王城に置きっぱなしか。」


 ドミネアは落ち着きのない様子で頭を抱え狼狽え出した。


「ああどうするどうするどうする!?落ち着け僕、落ち着け落ち着け落ち着け!!わっわわわわわかった!!いいか!!こちらの警備は最小限にして、ボライア経由で魔界に向かう!!強行軍だ!!速度上昇の魔法が使える奴はすぐにやれ!!」


「は、ははぁっ!!」


「急げ!!出陣だ!!」


「すぐに準備を整えろ!!」


 魔界の兵士達がバタバタと駆け回る。急いで準備はしているが、それでもすぐに出陣とはいかない。ドミネアの見立てでは数時間を要するだろうという事は理解していた。


「み、ミア、君は先に行け。神だかなんだか知らんが殺してこい。出来ないとは言わせない。」


 ドミネアが辛うじて落ち着きを取り戻し、静かに怒りが籠もった声で言った。その怒りが自分にも向けられている事を、ミアは理解していた。


「……承知しました。」


 ミアは異論も反論も挟まず、玉座の間を後にした。



 ミアは魔王の指示に従い魔界へと向かう道中、何故このようなことになってしまったのかと思いに耽っていた。


 こんなはずではなかった。


 ストレア、そして何よりあのレイという女のせいで、元々彼女がドミネア教を興した時の想定とは大きく異なる事態となっていた。


 厄介だとは思っていたが、こんなことになるとは。


 今までこのような事は無かった。このような、厄介な事態になる事は、今まで人心を弄んで来た彼女にとっても初めてのことであった。



 彼女は生まれた時から特殊体質があった。


 それは覚醒周期。ミアが一年間活動した後、その年の終わりに眠りにつくと、翌々年の始まりに目を覚ます。つまり気付くと一年が経過している。


 その理由に気付いたのは五歳の頃。自分の中の「ミカ」という意識の存在に気付いた時であった。


 「ミカ」はミアが眠りについた後に起き、そしてミアが起きる時に眠る。一年毎にミアの精神とミカの精神が入れ替わっていたのだ。


 それを「ミカ」との対話で悟ったミアは、歳の割に自分の体の成長が止まっている事にも気がついた。これも「ミカ」が原因だと思った。「ミカ」と入れ替わっている間だけは成長が止まるのだと。


 ミアはこれを「使える」と思った。


 これは神様がくれたプレゼントだと認識した。


 そして、自分は神に選ばれた。選ばれた以上、何をしてもいいだろう?と。



 そこから彼女の性格は歪んだ。


 いや、元々歪んでいたものが表に出てきただけなのかもしれない。



 何れにせよ、ミアはそれから様々な事を企み実行してきた。人を傷つける事。人を苦しませる事。人を操る事。


 自分は特別であるが故に、それより劣る他者を利用し、傷つける事に一切の躊躇いを持たなくなった。


 そして世界にとって不幸な事に、ミアにはそれが出来るだけの実力を有していた。


 「ミカ」はそれを嗜めようとした。ミアの心の中で何度も声を荒げた。


 だがそれをミアは無視した。


 無視し続け、ただただ自分の思うがままに生きた。


 やがてそれはドミネア教の創設へと結びついた。


 最初はただの思いつきだった。


 魔王が信じていた神だったら、その時人々はどう思うのだろうかと。


 きっと信じていた物に裏切られた時の悲嘆に満ちた顔を見せてくれるだろう。


 それまでの間は、真実を知らぬままただ偽りの神を妄信する滑稽な姿を見せてくれるだろう。


 それを考えるとミアの体は昂りを覚えた。


 ーー彼女は人の心を傷つける事に性的な興奮を感じていた。



 ただその思いつきのためにドミネアに取り入り、金にがめついマクアを取り込み、ドミネア教を作った。


 その頃には既に魔界との戦争が始まっていたので、人々の心は荒みつつあった。


 荒んだ心の隙間に入り込むのは容易だった。安らぎを与えればいい。


 人の心理を利用した教義は見事に世の流れと合致した。


 それが二十年近く前の話。ミアとミカがそれぞれ十五歳という若さでの行動だった。



 最初に取り入った時、「こんな事をして何になるのか」とドミネアに問われたのを思い出した。


 その時は確か、大した意味は無いと答えたと思う。


 ただ、人々の心を操る、その事に優越感を感じるのだと。そのためだけに、面白い事のためだけに行動するのだと。



 だからこそ彼女は今のこの状況に憤りを感じていた。


 自分は人の心を操る側にいるべき存在なのだ。


 あんなポンコツ神ではない。もっと上位の、運命とかを操る神に選ばれたはずなのだ。


 だというのに、この状況はなんだ。


 レイとストレアに翻弄されているこの状況は。



 ーー無様だな。


 「ミカ」が心の中で語りかけてきた。


 嗚呼、ああ、アア。


 黙れ、黙れ、黙りなさい。


 まだどうにでもなる。まだいくらでもひっくり返せる。あのバカ共を処理すれば、あのバカ共さえいなければ。いなくなれば。また私が全てを操る事が出来るはずだ。


 ーーはず、だろう?諦めろ。君がどうにか出来る状況ではなくなった。君の、ま


 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ


「黙れ!!」


 立ち止まり、叫ぶ。


 気づけば既にボライアの近く。速度上昇の魔法、そしてを使っている事もあり、もうすぐ到着するだろう。


 ミアは息を整え、あれこれと言ってくる「ミカ」の精神を自分の奥へと追いやるように集中した。


 ーー後悔しろ。


 そう言って「ミカ」は奥底へと消えていった。



 そしてボライアの入り口に差し掛かった瞬間。


 カチッ、という何かの音が聞こえた。


「あ?」


 瞬間、魔法が発動した。


 何の魔法かは分からない、だがマズい、どんな魔法でも今掛かるわけにはいかない。ミアはそう思い、をしようと身構えたが、遅かった。


「んぐ……ぅ……。」


 急な眠気がミアを襲う。


「だ、こ、れ、は、眠りの……。」


 失敗した。


 ミアの脳内にその言葉が浮かんだ。


 本来のミアのステータスなら、十分抵抗出来たであろう。


 だが、今は。


 とある理由によりそれは叶わなった。


「しま……むにゃ。」


 そしてミアの意識もまた、奥底へと消えていった。

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