最終話 摂理をぶん殴れ (4)苛立ち
城塞都市と言われたボライアは、此処数ヶ月続く戦乱で無残な姿を晒していた。それでも強固な壁が、街を二分する巨大な壁が、街の中央に聳え立っている。
その壁の元で、一人の女性が無防備に寝ていた。
「起きなよ。起きろって。」
女性の耳に、自分を起こす誰かの声が聞こえた。
「う……うう……?」
眠気を振り解きながら女性が、ミアが目を開けると、その前にはドミネアの顔があった。
「わっ。」
「何がわっ、だ。先に進ませたのになんでこんなところで寝ているんだい。」
ドミネアが腕を組みながら言った。その声色は落ち着いているように聞こえたが、トントンと指で腕を叩く様は、内心の腹の煮え方を暗に示していた。
「い、いえ、その、トラップに引っかかりました。速度を優先していたもので、申し訳ありません。」
「ふぅん。」
ドミネアは細い目でそれを聞き流した。
「まぁいい。仕方ないからまとまっていく事にしよう。どのみちここから急いだところで大して変わらないだろうからね。」
「し、承知致しました。……ときに、どねみ……魔王様。今はどのくらい時間が経過していますでしょうか。」
魔王と呼ばれた事に少し機嫌を直しながらドミネアは言った。
「あの忌々しい映像を見てから一日経過している。向こうの準備も万全だろうね。全く嫌になる。」
その怒りは自分にではなく、準備に時間を要した部下達に向けられている事に、少しばかりの安堵を浮かべていた。
「どいつもこいつも遅い。ああ全く、全く。」
ドミネアのぼやきに、恐らく自分が含まれ始めている事に、ミアは少しばかりの焦りを感じていた。
「参りましょう。例のバカ共を叩きのめすのです。」
「言われなくてもそのつもりだよ。行くぞ。」
言うなりドミネアは兵士たちに檄を飛ばし、進軍を再開した。
ボライア内部には魔力で出来たコピーだけがウロウロと徘徊していた。
「忌々しいねぇ。こんなものを用意する連中も、それに騙される部下も。」
コピーを手元の剣で切り払い消去しながらドミネアが言い放つ。
「……申し訳ありません。」
コピーの中でも見覚えがーー正確には彼女の中の「ミカ」が見たーー連中のコピーを殴打しながらミアが答えた。
ここは自分でも誤算だったと素直に認めるしかない。
ミアは口にこそ出せなかったが、半ば感心すらしていた。
まさかここまで大規模なコピーを作り出すとは。
レイを、ステータスの暴力を、余りにも過小評価しすぎていたかもしれない。
ミアの額に汗が滲んだ。
本当に勝てるのだろうか。本当に除去出来るのだろうか。
いや、しなければならない。これ以上好き勝手させるわけにはいかないのだ。
好き勝手して良いのは私だけ。私以外が自由気ままにこの世界を蹂躙するなど、許す事は出来ない。
ミアの心の中にはそんな歪んだ決意が固く結ばれていた。
その上空。誰も気付かない程の上空で、ランが囁いた。
「たーげっと、前進はじめましたぁ。あと数時間で大穴に着くと思いますぅ。」
その報告通り、ドミネア率いる魔王軍は、その数時間後に魔界の大穴へと到達した。
「……うーん。」
ドミネアが進軍する魔物達を眺めながら何か考え事をしていた。
「どうされました。」
声をかけたミアの方を見る事もせず、ドミネアは口を開いた。
「コピーとかで対策をした割に、ここまで順調すぎない?」
ミアもそれが気がかりであった。
唯一引っ掛かった睡眠罠を除くと、何の障害も無くここまで着く事が出来た。
コピーを用意するだけで時間切れになったのだろうか?
そうなると逆に、自分の足止めをしたあの罠だけが異質に見える。
「……ここまで向こうの手の内という可能性は。」
「だとして何を企んでる?わざわざ魔物達を魔界に誘き寄せて何がしたい?」
「……分かりません。」
自分の、あるいは「ミカ」の記憶を覗き込んでも、連中の、特にレイとストレアの考えは全く読めなかった。
「使えないね。」
ドミネアがさらりと、無感情のまま言った。
「申し訳ありません。」
ミアは頭を下げた。ドミネアを怒らせるのは得策では無い。人間界を売ったミアの行く場所は限られている。その内の一つをここで反抗して失う事は避けたかった。
「ふむ。まぁいい。警戒は怠らないように皆に伝えてくれ。」
そう言ってドミネアは再びじっと大穴を見つめ始めた。
ストレアは頭を下げてその場を後にし、軍の司令官にドミネアの言葉を伝える事にした。
内心はらわたが煮えくりかえる思いではあった。
自分は神に愛された存在。そのはずなのにここに来て何もかもが上手く行っていない。その事に苛立ちが募っていた。
だが今はそれをどうこうする時間も余裕も無い。まず眼前の、大きな脅威であるレイ一行を、魔王ドミネアとその軍勢の力で叩きのめす。次どうするかはそれから考えれば良い。そう、自分に言い聞かせた。
ーー馬鹿な奴だ。お前は神に愛されてなどいない。神に疎まれているのだ。私も含めてな。
心の中の「ミカ」がせせら嗤った気がした。
それが更にミアの神経を逆撫した。
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