最終話 摂理をぶん殴れ (5)魔王と勇者

 魔界の大穴。その深部にセルドラールからやってきた魔物の軍勢が差し掛かったその時、閃光が大穴を照らした。


「グガァァァァァァッ!!」


「ギィェェェェェェッ!!」


 けたたましい叫び声を上げて、先行していた魔物達が光に包まれながら消滅した。


「何事だい!?」


 ドミネアが叫ぶと、その光の中から、見覚えのある女二人と見覚えのない男が現れた。


「君たちは……!!」


 ドミネアの目線は、見覚えのある女へと注がれた。特に胸元の開けたドレスに身を包んだその姿は、今朝方映像魔法で目にして以来、頭の中からこびり付いて離れない、その姿と一致していた。


「ようこそ魔界の大穴へ。歓迎するぞ、元魔王。オレが現魔王、レイ・エグゼだ。」


 ドミネアは魔法で剣を生み出し、それを手に持つと、


「ふざけた事を!!」


 そう叫んで剣を投げた。


 剣はカランという音を立ててレイの額から落ちた。


「うっわ本当なのか……。」


 ステータスが高いとは聞いていたが、ここまでとは。ドミネアは少しばかりの焦りを感じた。果たしてこれを御する事が出来るのだろうかと。


「まぁ落ち着け。お前の相手はオレじゃない。」


 レイが両手を上げて言うと、横にいた男が剣を抜いてその前に立った。


「ふぅっ、ふぅっ。」


「おや……?」


 ドミネアはその男には見覚えが無かったが、男が構えた剣には見覚えがあった。かつて古文書で読んだ事があった。邪悪な魔王を打ち倒すための剣があると。その伝承として出てくる剣の形に類似していた。


 その剣を持っているという事は。


「ヒヒヒヒヒ!!面白いねぇ。僕の前に立ち塞がるのはアレかい、そうかい、君が勇者かい!!」


「そ、そうだ。そして、お前と。」


「ああそうだね。僕とライフを共有する、僕の死因の10割。君がそうか!!君が勇者なのか!!」


「そ、そうだ。僕が、勇者、ブレイドだ。」


 ブレイドは剣を構えたまま言い放った。その手は震えている。


「ーー行けるか。」


「な、ん、とか。」


 レイが耳元で囁くと、カチカチの声でブレイドが答えた。


「頼む。」


「わかり、ました!!」


 そう言うとブレイドは剣を持ったままドミネアに向かって走り出した。


「人の心を惑わし、嘲笑う魔王!!僕が!!倒す!!」


 剣を振り下ろすブレイド。その剣をドミネアは自身の剣で受け止め、同時にステータスを確認する。


「ヒヒ!!勇者様!!勇者にしては少々ステータスが低すぎるのではないかね!?全部4とは!!よくもまぁこれでここまで来れたものだね!!というか、勇者として恥ずかしくないのかね!!」


 ドミネアが力を込めると、勇者の剣は簡単に弾かれ、ブレイドの胸元に赤い線が走る。


「ぐぅっ……。は、恥ずかしいに、決まっている。」


 ブレイドは胸元から流れる血を抑えながら言った。傷は浅い。VIT4の人間にとっては相当な致命傷に近い可能性もあるが。



「よし。今ですぞ。」


 少し離れたところで、トマ主教が言った。


「はいはーい。」


 ゴウがそれに答えた。



「僕は勇者として失格、だとは、自分でも思っている。」


 ブレイドは言いながら剣を再び構えた。腕の震えは止まっていた。


「でもそれは、勇者である事をやめる理由には、やっぱりならない!!」


「ならば死ね!!すぐに死ね!!いや死なれても困るか。氷漬けにしてあげよう!!君の体をカチカチに固め、命だけは守ってあげようじゃあないか!!僕の為に!!」


「そうは、いかない!!」


「知るか!!」


 ドミネアは叫ぶなり凍結魔法【エイジ・オブ・アイシクル】を放った。対象の体を氷柱に閉じ込め、生命としての活動を停止させる魔法である。この魔法の特徴は、生命としての活動を停止させるものの、ライフは0には至らないという点である。つまり、対象を仮死状態へと追いやるのが、この魔法の本質である。


 ドミネアはその事を理解していた。故に、勇者と出会った場合はこの魔法で封じ込めを行う事を考えていた。まさに今、その準備が結実した。


「ヒヒヒヒヒ!!これで君は実質死ぬ!!そして僕は生き続ける!!」


 ブレイドは自分の皮膚に霜が降りるのを感じた。自分にかけられているのが氷の魔法である事を。


 ーーならば。


 ブレイドは勇者の剣の力を解き放った。


 勇者の剣は様々な魔法を、その持ち主のステータスに依存せず使用する事が出来る。


 ブレイドはその中で、炎の魔法【ギガバーン】を選択した。


「なっ……!?」


 ドミネアはその魔法が発動した瞬間、驚愕した。



 その勇者の剣が放った魔法の威力に、ではない。


 その魔法の対象に、である。



 ゴオゴオとブレイドの体が火に包まれた。


 その体を閉じ込めようとした氷は、体を包む火と対消滅し、立ち消えていった。


 ドミネアはブレイドが行った事が理解出来なかった。


「馬鹿な。そんな事をすれば君の体も燃え尽きかねなかったんだぞ!?」


 対消滅したのはほんの偶然であった。


 一瞬でもギガバーンの発動が遅れていれば、エイジ・オブ・アイシクルはブレイドの体を氷漬けにし、ギガバーンは発動する事が無かった。


 一瞬でもギガバーンの発動が早ければ、ブレイドの体は火達磨になっていた。


「そうすれば君は道連れに出来る。だろう?」


 ブレイドは言い放った。


「もう、逃避のために、僕の命を使う事はしない。僕は使命のため、そして、何より、人の心と命を弄ぶ君を倒すために!!自分の命を使う!!そう決めたんだ!!」


 叫び、ブレイドは剣を三度構えた。


 剣がその心の如く光輝いた。

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