最終話 摂理をぶん殴れ (6)もう遅い

 一方、少し離れたところでミアはドミネアの姿を眺めていた。


「問題は……ないはず。」


 ミアは焦りを浮かべるドミネアを見ながら呟いた。


 どの道ライフを共有している勇者に勝ち目は無い。それは自身の死を意味するからである。


 口ではなんとでも言える。


 だが人の性。寿命ならまだしも、戦いの中で死を迎える者が最後に残す言葉は六文字の命乞いである。


「死にたくない」


 それはあの勇者だろうと例外ではないはずだ。ミアは自分に言い聞かせるようにそう考えをまとめた。


「……さて。貴方は私に用事があるようですね。」


 そう目を向けた先には、レイの姿があった。



 レイは魔王の部下をある程度片付け、魔王と勇者の間に一時的にせよ邪魔が入らないようにしてから、ミアの前に立った。


 最後の、魔王との戦いについては、自分が直接手出し出来るものではないとレイは考えていた。


 それをするのはオレではない。ブレイド自身であり、そしてーー。


 ともかく、今すべき事は一つ。


「どのようなご用件ですか?」


 ミアがねっとりとした声で言った。


「お前に聞きたい事がある。」


「なんでしょう。」


「お前は何がしたい。お前とミカの関係はどうなっている。この二つだ。」


 ミアは少し考えた後、口を開いた。


「ふむ、欲張りな方だ。両方知りたいとは。まぁいいでしょう。お教えしますよ。まず……ミカですが。」


 言うと彼女は頭を振りかぶり、先程まで右に垂らしていたポニーテールを左側へやった。


「ぐっ、……ああ、レイ。お久しぶりと言うべきか。だがもう会うべきでは無かった、かも、しれない。」


 声色は柔らかく、先程までの嫌らしさ、悪辣さは消えていた。


「ミカか?」


 レイの声を聞いて、フラフラとしていたミカが口を開く。


「そうだ。今の私はミカだ。」


 ーー説明してあげなさい。


 すると、ミカの心の中で何かがそう言った。何か。いや、ミカには理解出来ていた。ミアだ。


 ーー何をだ。


 そう問うとミアは答えた。


 ーー全て。貴方に疑いが掛かるのも嫌でしょう?


 ミカはその答えに目を瞑り、やがて目を開けた。


「ーーわかった。私が思い出した事を、説明しよう。私は、このミアの別人格だ。恐らくストレアの言う"バグ"ーー私達は摂理と呼んでいたがーーのせいで、肉体を共有してしまったのだ。ライフが2なのはその為だ。」


 改めて説明されてレイは思う。つくづくこの世界は歪んでいると。精神的にも、物理的にも、歪みが多すぎる。


「元々はミアと原則一年毎に精神の主導権を譲り合う事で共生を図っていた。だが二十年前、五年程肉体を貸して欲しいとミアが言い出した。彼女が何をしようとしているのかは分からなかったし、彼女が日々行う事に賛同は出来なかったが、後で私が尻拭いをすれば良いと思い、了承した。ーー思えば、誤りだった。」


 ーー貴方に私を止める事など出来るわけが無かったのですよ。


「それで、奴はドミネア教を作った。ドミネア教は数年で人々の心を蝕んだ。元々ステータスを重視し、低いステータスの人間はゴミという扱いを受けていたこの世界には特に都合の良いものだった。」


 ミカは肩を落として言った。


「すまない。私のせいだ。私が止められていれば良かった。私が止めなかったばかりに、特にレイには辛い思いをさせたようだ。」


「それは、まぁ、気にすんな。それで。」


「私は自殺を図る事にした。これを止めねばならない。だが、まずこのライフ共有の摂理を解消させる必要がある。そうでなければ、この摂理をそのままにしてしまえば、私のライフを使ってミアが復活する、という可能性もあったからだ。」


 その推察はレイにも納得のいくものであった。ライフが2の人間は他には恐らく居ない。だからこそそんな人間がライフを失った時、どのような結果に到るのかは想定出来なかった。


「だから私は、かつて一年だけではあるが、共に冒険し、信用出来る相手と思ったジョセフに依頼した。同じ技を使う者として。」


 ーー私が作ったんですけどね。魂牌流。まさか貴方も理解しているとは思いませんでしたが。


「だがジョセフは、その技を使う前に死んでしまった。それで、絶望した私は、自殺を図り、そのせいで二人とも記憶を失い、そして後はーーぐっ……。」


 ミカは頭を再び振り回し、ポニーテールを右に垂らした。


「はい、ご苦労様。まぁ後は貴方方の理解の通りですよ。」


「……で、お前は何がしたい。何がしたくて魔王に取り入ったりドミネア教を開いたりしてる。」


「楽しむために決まってるじゃあないですか。」


 ミアは即答した。


「たの、しむ?」


「楽しくないですか?自分の手の平の上で踊り狂う人々を眺めるのは。人が自らの愚かさを露わにするのを見るのは。」


 レイは眉間にシワを寄せ、苦々しく口を尖らせた。


「不愉快だよ。」


 レイは言った。


「人の醜い所を見せられるのは本当に不愉快だ。楽しい?何が楽しい。一つも楽しい事なんざねぇよ。」


「そうですか。やはりそこは貴方と意見が食い違う所ですね。私は恵まれ、貴方は恵まれなかった。そこが意識の差というものでしょうか。」


「そういう問題じゃあない。お前がストレア以下の屑か、そうでないかの違いだけだ。……お前を止める。これ以上、馬鹿げた騒ぎを起こさせないためにも。」


「止める?」


「そうだ。これ以上、世界をお前の好きにさせないように。」


「ふふ。ふふふ。それはドミネア教のことですか。」


「そうだ。あんなことを繰り返させるわけにはいかない。」


「繰り返す必要なんてありませんよ。」


 ミアはレイを見てニタリと笑みを浮かべた。


「もう遅いんですから。」


「遅い?」


「そう。もう世界は、世界の人々は、祈りを捧げることしか出来ない。それが偽りの神であったとしても。それが彼ら彼女らの唯一の救いであり、人は楽に救いを得る方法を求めるからです。」


 ミアは手を広げた。


「すでにドミネア教は広まりすぎた。ヒューマン達にとっては心の支えとなりすぎた。だから今更それが嘘だと言われても、それを信じ続けることしか出来ないのですよ。それが世界の摂理。人の心理というものです。」


「……。」


「否定出来ますか?人が支えを失い、それでも立ち上がれると信じられるのですか?」


「ーーああ。」


 レイは即答した。


「ほう?」


「テメエは人間を舐めすぎだ。人の心は強い。人ってのは相当に強かだ。」


 レイはユウの事を思い出した。彼は幽霊になり、ゴーストに転生しても、そのまま生きていく道を選んだ。


 マルアスの村を思い出した。伝統が崩れても強くーー何も考えていないだけかもしれないがーー生きていこうとしている。


 遭難した先の人々を思い出した。諦めかけていた彼らも、新たな希望を得て再び歩き始めた。


「今はまだ傷が深いかもしれない。だが人間はきっと立ち上がる。そしてドミネアなんて神から卒業して、新しい道を見つけ出す。きっとだ。だからオレが出来るのは一つ。」


 そう言ってレイは拳を持ち上げて構えを取った。


「これ以上、テメエみたいなクズがのさばることを防ぐことだ。」


 それに答えるように、ミアもまた構えを取った。


「ふ、ふふふ。煩い、煩いですよ。……ああ、いいでしょう。私が新たな道を人々に指し示すためにまずすべきこと、それを理解しました。」


 ミアが駆け出した。


「貴方を消す事です。」


 ミアとレイの拳がぶつかり合い、力と力、魔力と魔力が反応し、激しい衝撃波が辺りに吹き荒れた。

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