第8話 教会の連中をぶん殴れ(6)
「デモンドラゴン。ドラゴンの中でも上位の種族、デーモンとドラゴンが融合した化け物ね。それなりに知性もあるから注意して。……する必要ないか。」
「まぁな。」
オレはストレアに答えた。自慢では無いが、ステータスどうこうを抜きにしてでもどうにか出来る自信はある。
一方で他の連中は慌てふためいていた。
「何故このような場所に!?」
「マクア主教の持っていた箱から出てきたんだよ。」
オレは冷静に言うと、戸惑うトマ司祭、サバイ大臣の前に立った。
「危ないから離れてな。」
「し、しかし、貴方は?」
答える前にデモンドラゴンが再び眼前のアリを踏み潰さんと足を振り下ろした。
オレは指一本でそれを受け止めた。
「へ……?」
「こんなの屁でも無いな。」
オレがその指に力を込めると、デモンドラゴンの足が砕けた。
「ビギェァァァァァ!?な、なんだ此処は!?なんだお前は!?何故私の足が砕けている!?」
いきなり見覚えの無い場所に出てきた事と、その身に起きた事に驚愕している。
「疑問については答える暇が無い。悪りぃが、此処にいて貰うわけには行かないんでな。」
そしてオレはいつもの技を放った。
「……さて。」
呆気に取られる皆を置いておいて、オレは窓の外を見た。予想通り、マクア主教の体もまた、オレの技を受けたかのように、いやそれよりも酷く歪に分断されていた。
「生き返らせるべきか?」
オレはトマ司祭と、何より自分自身に問うた。
彼は首を横に振った。
「彼は自ら罪を認めたようなもの。そして自らを罰した。……本来であれば、罪は正しく裁かれるべきですが、自ら選んだ道を尊重しましょう。」
「だが王はどうする?」
「……それもまた、人の業。受け入れて進むしかありますまい。王といえど命。命は皆等しく同じ。誰かの命を引き換えにする事は、私は、すべきでないと思います。」
「へぇ。オレは正直、誰かの命を使ってでも……みたいな話になると思ってたわ。とてもドミネア教の司祭とは思えなねえな。」
オレは思わず嫌味を言ってしまった。
「……私は主流派ではありませんので。私は、命の聖杯も、使うべきでは無いと考えていました。この世界では数値を優先するあまり、弱者への差別が平然と行われています。それを助長する可能性が高い、そう彼には申し伝えました。…‥ですが彼は使う道を選んだ。命のやり直しが効く、というのは、甘美な言葉であり、ドミネア教を広めるには良かったのでしょうが。」
そう言うと彼は巫女の方を見た。
「その点について伺いたく、私は改めてここに来たのですが、まさか記憶喪失とは。」
「すまない。私はどのような理由で今の状況に至っているのか、全く覚えていない。貴方の質問には答える事が出来ない。」
「いえ。仕方ありません。貴方もまた何か迷いがあって自らを追い詰め、そして命を断とうとした。それがある意味で、この方針の誤りを示しているのかもしれません。ドミネア神を信ずるならば、人の命は等しいはず。そこが歪んだのには我々の信仰心が足りなかったのでしょう。これから見直さねばなりません。私が主教になるかは全く分かりませんが。」
トマ司祭は今の心境を吐露し、そして一息吐いた。
「ようやく、心の中を整理出来たような気がします。」
「そりゃ良かった。いや本当に。で、どうする?」
「……申し訳ありませんが、巫女様には、この騒動が落ち着くまで、一時この地を離れて頂けますでしょうか。」
司祭は申し訳なさそうに言った。
「なるほど。私が死んだ事にして、主教の言う事を正当化すると。それならば混乱は一時で治る可能性はある。騎士と兵士の対立を何とか止めて、ドミネア教に従わない者を排除するという方針を撤廃すれば、だが。政治的な部分については大臣達に対応して貰えば、国としての体裁は辛うじて保てるやもしれぬ。少々机上の空論も含まれている事は承知しているが、それでも今取れる最前の手ではあるかもしれない。」
巫女が得心したように首を縦に振った。
「それでは王は犯罪者のままではないか!!」
それに対しサバイ大臣が異論を唱えた。
「そんな事を許すくらいなら私の命を……。」
「ですが、王を殺し、挙句それがただの偽りだったと分かれば、民の間にも動揺が走ります。今ここで、この魔王軍との戦いが長引く中で、そのような事になれば、人々の希望は失われるでしょう。」
「だが……。」
何やら面倒くさい話をしている。とても、とても面倒な話を。元を正せば全部あのマクア主教というのが悪いわけなのだが。
「もう面倒だし全員生き返らせちゃえば?」
ストレアがオレに囁く。
「……それは止めて欲しい。」
巫女が答えた。
「私も……それは、正しく無いと思う。命の摂理として、失われた命を軽々しく戻すという事は。」
それはオレには意外な反応に思えた。ドミネア教は命の聖杯の使用を認めている。トマ司祭のような人は例外のようなものだろう。そして、その例外に対し、間違いなく主流派に位置する巫女が同調するというのは、普通有り得ない事だと思えた。記憶を失っていたとしても、である。
「分からない。分からないのだが、私自身はそう思えるのだ。本能がそう訴えていると言うべきだろうか。」
巫女もまたマクア主教の被害者だったのだろうか?オレには分からない。だが今その言葉を疑うべきでは無いと思った。むしろこれはチャンスでは無いだろうか。今の、命の聖杯に命を捧げるというクソみたいな制度を破壊するには丁度いい機会なのかもしれない。
……だがそれを口にしようとして、止めた。仮説として、マクア主教が主導してドミネア教を作ったとしよう。巫女はその被害者であると。その場合、オレがさっきやろうとした事と、マクア主教がやった事に差はあるか?
オレは無いと思う。結局巫女という存在を盾にしているだけだからだ。
「こういうのってリンリってやつですか?面倒ですねぇ。」
「はははーっ、全くよねぇ。倫理なんて無視して好き勝手やればいいのにねぇ。」
「それはどうかと思いますぅ。」
後ろでストレアが好き勝手いってやがる。オレはもうややこしくて混乱してきた。
「……あーもうややこしい!!とりあえず代わりの国王でも立ててそいつに仕切って貰えばいいだろ!!王子とか居ないのか!?」
「マクア主教が殺した。」
サバイ大臣が暗い顔で言った。
「……いやマジで知らなかったんだよ。悪気は無かったんだ。」
「わかっとる。気にせんよ。……あっ。」
「どうしました?」
「居た!!王位継承権が低いが、外に出かけている王子が居る!!」
「その王子を連れてくる事は出来るか?」
巫女の問いに大臣は首を横に振った。
「今彼は魔界との戦争の指揮のために外に出ている。遣いに回せる兵士は……言わなくても分かるであろう?」
居ない、と。理由は推して知るべしといったところだろう。
「分かった分かった。オレが行くよ。」
「えっ。また厄介事抱え込むつもり?」
「素晴らしいですぅ。着いて行きますよお姉様ぁ。」
「アンタはもう少し否定というものを知りなさい。」
「ストレア様のことは否定してるじゃないですかぁ。」
「アンタあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ストレアはランに任せるとしよう。
「しかし、そのような事、幾ら巻き込んでしまったとは言え、君達のような部外者に任せるのは、私としても申し訳ないのだが。」
トマ司祭が溢すように言った。
「そこはまぁ仕方ねえだろ。色々考えた結果、今事情を知っている中で動けるのはオレ達だけだと思ったからな。」
「というと?」
「そうだな……。ドミネア教の偉いさんは他にはいるのか?」
「私ともう三人、司祭が居る。だが皆各地に飛んでいる。三人ともマクア主教派だ。私はバランス取りみたいなものでね。」
「だろうな。アンタが主流派だったらオレもドミネア教に入信してたよ。そいつらに連絡は?」
「していない。騎士達がしているかもしれないが、まだ到着はしていない。」
「このままだとその三人が押し切ってドミネア教の支配が続くかもしれない。それを止めるには、対立候補が必要、だろう?」
「ああ。私だけでは役者不足であるし、何より罪を犯した側の人間だ。」
「かと言ってアンタらが王子を呼びに行くには時間も掛かるし、何より連れ戻したことによる影響も出る。」
「まぁ、指揮が出来なくなるからのう。」
「そこでオレが行けば、王子には戻ってもらって、同時に魔王軍を叩きのめすことも出来る。」
一応管理者という立場にはなっているが、本質的にはオレは人間側だ。緊急事態だしそういう介入くらいはしてもいいだろ。
「なる、ほど。」
「それは、有難い。先程のデモンドラゴンの件も考えると、貴方に動いてもらうのが、確かに一番良いのかもしれない。」
「だろ?んじゃそういう事で、オレがパパパッとその王子様とやらに言伝してくるよ。王子様の特徴は?」
「簡単な肖像画がある。それで分かると思う。取ってくるのでしばし待たれよ。」
そう言ってサバイ大臣は王の間から出て行った。
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