第13話 勇者はぶん殴るな(4/完)

 魔界の入り口はこの世界に幾つもあるらしいが、ダンジョンの中であったり、火山の近くであったり、魔物にも人間にも優しくないものが多い。


 地理的には、その中で一番使いやすいとされているのが、この"魔界の大穴"である。


 ここはその名の通り巨大な穴。火山なども無い。遮るものも無い。つまり、地理的には行き来し放題なわけだ。


 だが他より地理的に使いやすいというだけで、この入り口を使って魔界を訪問する場合であっても、別の障害が発生する。魔界の兵士達である。


 魔界に行きやすいという事は、魔界からも来やすいという事。故にこの地は、ほぼ常時魔界からの侵攻を受けているという事を意味する。


 実際のところ、今この場所は魔界に完全に占拠されており、魔界からの橋頭堡として使われているのが現状である。一時期はここにセルドラールから派遣された兵士が常駐していたらしいが、彼ら彼女らは無残に殺され、今では代わりに魔界の兵士達が闊歩しているらしい。世も末だ。ボライアへやってくる兵士達もそうやってこの大穴を通ってやってきているのだという。


 冒険者達が目指すのも此処だ。だが城から極端に離れているわけでも無いのに現れる魔物は強力なので、大抵の場合、最終的な目標地点として設定されており、ここに到達した冒険者は凄腕とされる。


 これは余談だが、多くの冒険者は此処に行く前に別のダンジョンへと向かう。そして往々にしてそこで命を落とすのが"良く有る話"であった。


「じゃあ私達、凄腕冒険者の仲間入りですねぇ。」


「だだだだだ、大丈夫ですか?いきなり行くんですか?」


「ステータスだけはバカみたいにあるから余裕よ。アンタ以外は。」


「ブレイドはオレ達が守ってやるから安心しろ。」


「うう……複雑な心境です……。」


 普通……かどうかは分からないが、勇者は人を守る立場である。そんな立場のはずの彼が、逆に守られているというのは、彼に取っては少々思う所はあるだろうが、仕方ない。彼の身を危険に晒すわけにはいかない。


「ますます複雑ですが……ともかく……よろしくお願いします。なんとか、僕も使命を果たしたいんです。」


 怖がりつつも、目はしっかりと決意に満ちていた。どうやら、使命を果たす、つまり魔王を倒すという点については揺るぎないようである。


 それが、彼が勇者として生まれたからという義務感によるものなのか、それとも、彼の両親に起因するのかは分からない。だが、体格云々はともかく、彼が勇者としての資質を備えている事は確かなようだ。


「分かった。任せろ。」


「ところでぇ、なんでブレイドさんは、何度も死のうとしたりしたんですか?この間も毒飲んでましたよねぇ?」


 ランが聞き辛いと思っていた事を口にした。


「あ、いや、無理にとは言わないぞ?なぁラン。」


「……いや、いいんです。せっかくなので聞いてください。僕はその、怖かったんです。」


「怖い。」


「最初は魔物が怖くて、父も母も村の人達を殺した魔物が怖くて、もうこんな思いしたくないと思って、この世界からさよならしようと思いました。」


 ブレイドの手がまた震えている。


「それでも蘇ってしまって、今度は自分が怖くなって。それで何度も試行してみて、やっぱり死ねない。何度も試行して、自分の死と聖剣の輝きが連動しているのに気づきました。それで、僕の命が魔王の命とリンクしているようだ、というのを悟りまして。これは神の何か思し召しかと思うようになりました。」


 実際は違ったわけだが。オレはストレアの方をチラと見る。ストレアは先程までの情緒不安定は何処へやら、呑気な顔で両腕を頭の後ろで組んで「ふーん」という顔で見ている。てめぇのせいだぞちゃんと聞いてろ。


「だから勇者としての仕事を全うしようと思いました。でもこの体格、この性格、このステータスです。なかなかそういう事も出来ず途方に暮れて。……この間毒を飲んだのも、ギルドへの入会を断られてしまって。聖剣を見せたんですが、全く信じて貰えず。」


 ブレイドの目から涙が溢れ始めた。


「それで……もう、やはり自分から命を断つしかないと思って……。」


「そうか。そうか。」


 オレは彼の方を叩きながら、出来る限り優しげな声で言った。辛い事を聞いてしまった。


「すみませんん……。」


 ランがそれを察して気不味そうに言った。


 ストレアの方を見てオレは「黙ってろ」という顔で凄んだ。奴は口を噤んだ。それでいい。下手に口を開くと何を言ったか分かったものではない。


「ともかく。お前さんが頑張っている事は分かった。安心しろ。オレ達がフォローする。一緒に魔王を倒そう。」


 魔王討伐、か。奇しくもジョセフが成し遂げられなかった事に、オレが巻き込まれる事になるとは思わなかったが、仕方ない。


「行くぞ!!魔界へ!!」


 オレは気合を入れるためにも、彼の肩を叩き、そして背中を押した。


「はびっ。」


 ボキッ。


 嫌な音がした。


「ん?」


「ふぐぇっ。」


 ブレイドの腰がポッキリと折れた。


「……あの、そんな、いや、オレはそんな。」


 オレが慌てて抱き起こそうとする中、ストレアが彼のステータスを開いた。


「うわぁ。」


 奴が思わず声を上げた。



 LIFE : 0

 STR : 4

 INT : 4

 DEX : 4

 VIT : 4

 AGI : 4

 LUC : 4

 SP : 0



「……いや、まぁ、その、数字で人は測れないから。」


 そうオレは口にしたものの、内心ではある言葉が渦巻いていた。口にしないよう努めた。


 少し経って彼のライフが1へと戻ると、彼は息を吹き返した。魔王側で再生の儀式を執り行ったようである。儀式といっても、ライフの受け渡しだけだが。


 彼は起き上がると真っ先に土下座して謝ってきた。


「すみません!!お騒がせしました。僕が虚弱体質なばっかりに!!」


 お前が謝るところではないだろう。オレも土下座して頭を下げた。


「いやオレが悪い。悪かった。本当にすまん。」


 いやいや僕が悪い。いやいやオレが悪い。そんなやりとりが少し続いて、ランが「そろそろ終わりましょうよぉ」と言ったのでオレ達は同時に立ち上がった。


「嗚呼、僕がもう少し強ければ……。」


 ブレイドが嘆きの声を上げた。


 ……精神的には結構な強さだとは思うんだがなぁ。



 強すぎるオレと、弱すぎる彼。天真爛漫なラン、あと屑。なかなか先行きが不安なパーティではあるが、オレ達はとりあえず前へと進む事にした。


 冒険者が生涯到達を夢見る場所、"魔界の大穴"へ。

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