第8話 教会の連中をぶん殴れ(1)
それはそれは巨大な都市が眼前に聳えていた。
あの脳筋村(本当はウッドズック村というらしいが、本人達の口から聞く暇が無かった)から駆け出し、森を抜け、川を渡り、幾つかの村を通り、漸く辿り着いた。
セルドラール。この大陸で最も大きな都市であり、ローグラム国の首都である。外敵、魔王軍や他国からの侵攻を防ぐ目的で作られた巨大な壁が、地平線を埋め尽くすように広がっていた。その壁の向こうには、街の屋根、そして城が見える。この国の王が住む、ローグラム城である。白亜の城とそれを囲う壁は魔法ですらびくともしない『無敗の城』として有名だと聞いた事がある。
「あそこがセルドラール、ですかぁ。デッカイですねぇ。」
ランが手を目の上にあて、見渡しながら言った。此処は壁の前の大平原。ここを真っ直ぐ進めば、セルドラールの入り口となる門へと到達する。
「ああ。少し遠回りをしたが、漸く着いたってわけだ。」
「ここにあの憎きドミネア教の御本尊があるわけね。さぁとっととぶっ潰してきなさい。」
ストレアが門を指差して言った。
「無茶苦茶言いやがる。んな事ぁしねぇ。まずは情報収集からだよ。それより、あの街にバグはあるのか?」
「んー。まーだ何とも言えないかな。」
「もう少し近くで見てみましょうよぅ。」
オレ達はランに同意し、壁の近くへと足を運んだ。
「バグの匂いもあるけれど……んー、それ以上に気になる、別の匂いがするわね。」
壁の前、入り口の近くでストレアが言った。
「別の匂い?」
そう言えば、妙な匂いがする。錆びた鉄のような匂い。
「血生臭い感じがしますぅ。」
何か嫌な予感がする。
「とにかく入ってみるか。」
全員が肯くと、オレ達は入り口を潜った。門番は平然としており、旅人だと言ったら、特に何も咎められる事も無く、旅人である証明となる札を渡された。街の中、城に行くときもそうだが、この札を付けておけという事らしかった。オレ達はそれに従い、胸元にそれを付けた。
「大変よねぇデカい女は。アタシはスッカスカだから付けやすくていいわー。」
ストレアが死んだ目でそうボヤいた。言ってて悲しくならないのかと尋ねると、黙った。
そんな彼女を連れ立って門をくぐってすぐに見た光景は凄惨というに相応しかった。
何人もの人間が磔にされていた。全身から血を流し、ピクリとも動かない。恐らく死んでいるようだった。烏がカァと鳴きながら、彼ら彼女らの肉体へ群がっていた。
それを旅人らしき人々は目に留めている。だが、荷物を持たない、恐らくここの住人であろう人々は、意にも介さず歩いている。まるでそこに何も無いかのように。
「……なんだ、こりゃ。」
「酷いですぅ。」
ランが目を背けた。無理も無い。
「残酷ねぇ人間は。同じ人をこんなにも惨たらしく出来るなんて。あーあ嫌ねえ野蛮な下等種族は。」
ストレアがしみじみと言った。否定出来ない。
「なんで、こんな事に……?」
疑問はすぐに解決した。その死体の前に、立て看板があった。
『この者ら、ドミネア神に従わぬ異教徒なり』
「異教徒、ねぇ。異教徒なら殺していいってまぁ随分と素晴らしい教義ですこと。これは色々と揉めそうで面白いわねぇヒッヒヒヒヒ。」
ストレアがニヤニヤしながら言った。こいつはこの状況を、そして愚かな人間を、楽しんで見ているようだった。普段なら「黙れこの野郎」と鉄拳制裁するところであるが、今回ばかりはそうも言っていられない。コイツの、いや、彼女の言う事ーーー面白い云々は勿論除くがーーーには理があったからだ。
オレは只々口を噤み、歯噛みしながらこの状況について考える事しか出来ない。直接的な原因は立て看板が提示してくれた。だがこれは別の疑問もまた生じさせた。異教徒とは何だ。ドミネア教を信じない者という事は何となく分かったが、それが何故このような仕打ちに繋がっているのか、それが理解出来なかった。
国教になったとは言え、信じるかどうかは民次第という扱いだった。イノナカ村や港街トゥリニアも同様のはずだ。信じる者も信じない者も居た。それが、首都に限って、何でこんな事になっているんだ?
旅人達もざわざわと磔に処されたその姿を見ながら、何が起きたのかと話し合っている。
そこに、街の中央部の方から歩いてきた兵士のような鎧を着た者が現れて、磔の前で声を上げた。
「あー、旅人の皆さん。ようこそドミネア神の街、セルドラールへ。来て早々見苦しいものを見せて申し訳ない。」
見苦しいもの、だと?人の死を何だと思っていやがる。
「諸君らはご存知ないかもしれないが、先日来、この国ローグラムは、
そう言って兵士は去っていった。いや、別の場所に移動しただけだろうか。オレ達は呆然とその姿を見つめる事しか出来なかった。
……なんて?
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