第12話 勇者(4)
「何よ。」
ストレアが不機嫌そうな目で言った。
「そのバグ、ですか、つまり僕と魔王のライフの共有を無くそうとしてるんですよね?」
「そうだけど。」
「す、少し待って貰えませんか。」
「なんで。アンタだって死にたいんでしょ?」
「……そう、なんですけど。でも死にたくないっていうか。……これに気づくまでに何回も死のうとして失敗して、でも思ったんです。僕が魔王とライフを共有しているのは、何かこう、神様がーーー」
「それはねえよ。」
オレは思わず割り込んだ。
「え、でも。」
多分、多分だが。神が与えた試練、とか。神の導き、とか。そういう事を言いたいんだろう。
だがそれは、絶対に無い。……いろんな意味で。
「神様が決めた事じゃあない。ただただ運が悪かっただけだ。それは間違いない。断言出来る。」
「だ、だとしても、僕は、勇者として、魔王を倒さないといけないと思うんです。」
彼の顔はいつの間にか決意に満ちていた。
「自分の命を犠牲にしてでも倒せるならと何度も試していました。それでも死ねない。それが辛いと思う時も勿論ありました。でも、このバグが無くなったら、僕は魔王を倒す事が絶対に出来ないと思うんです。だから、ちょっとだけ、待ってください。」
オレはその決意に少し驚きながら、と同時に、少し呆れながら言った。
「魔王が死ぬまで自分が死に続けるってか?」
彼の返事はない。
「そうまでして死にたいのか?そうまでして生きたくないのか?」
「もう……期待に応えるのが辛いんです……でも期待に応えないといけないって気持ちもあって……。もう頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがまとまらないんです……。だから楽になりたい……。でも楽になる前にすべき事もしないといけなくて……。」
そう言って彼はしくしくと涙を溢し始めた。彼の脳内も、強制された使命の重責を果たさなければならないという意思と、それから解放されたいという希望の二つが内混ぜになり、バグっているのだろう。
「えーい。泣くな泣くな。気持ちは分かったから。全部が全部分かったわけじゃない。お前だけが抱えている悩みはあるだろう。だけど大方は理解出来た。……ストレア、バグを消すのは一旦止めだ。」
「え。」
ブレイドが顔を上げた。目の周りが涙で腫れている。
「ふぇ。」
「要するにだ。お前が魔王を倒す使命をちゃんと果たせればいいんだろ。」
「そう、ですけれど、僕のステータスじゃあそんな事……。」
オレはステータスも見ずにブレイドの目だけを見て言った。
「ステータスがなんだ。重要なのはお前の心だ。お前はどうしたい。勇者の重責を投げ捨てたい。でも勇者という皆の期待には応えたい。そういうことだろ。」
「はい。……はい。そうです。」
「なら簡単だ。魔王を倒せばいい。」
「……まさか?」
ストレアが嫌そうな顔で言った。
ランが何となく理解出来たのか目をキラキラさせている。
「オレ達で魔王退治を手伝おう。」
「え!?そんないきなり、いいんですか!?」
ブレイドが縋るような目をキラキラと瞬かせながら言った。
そこにストレアが割り込んだ。
「ダメダメダメ。これは世界の問題。アタシとかアンタみたいな神が、超越者が関わる問題じゃあないわよ。」
ストレアが頭を振ってオレに否定を告げた。まぁそう言われるだろうとは思っていた。だがそれに対する答えも用意はしている。
「魔王はバグを利用してるだろ。それを止めるってのは介入の理由としては十分じゃないのか?」
「……む。むぐぐ、確かにそれは。アタシも気になってた。意図的にしか見えないし。いつか罰を与えてやろう、とは思っていたけれど。」
「だろ?放っておいていい問題ではないのは間違いない。少なくとも、故意なのかどうか確認する必要はあるだろ。」
「……まぁ、確か、に。」
「その過程で、この勇者様が同行すると。結果として手伝う事になるかもしれないが、あくまでオレ達としてはバグの確認をしているだけだから、別に構わないだろ?」
「最初から手伝いになる事を知っているのはどうかと思うけれど、まぁ、いいか。どうせ超越者が関わらないってのもあくまでアタシが決めたルールだしね。」
ストレアは腕を組み、憤りを隠せないといった様子で、目尻を高く上げて言った。
「あの魔物増殖バグに魔物転送バグ。意図的としか思えない利用法。許すわけにはいかないわ。アタシの完璧な世界を弄りやがって。」
その言葉に、ランが首を傾げた。
「……なんか毎度毎度言っていますがぁ……完璧ぃ?」
ストレアは当然のように無視した。
「ともかく。確かに見過ごす事は出来ない。……いいわ。行きましょう。ま、この勇者様がそれを望むのなら、だけど。」
「話の一部はよく分かんないですが、魔王退治を、手伝ってくれる、って事でいいんですよね?」
ブレイドが会話が途切れるのを待ってから言った。
「ああ。コイツが言った通り、オレ達が邪魔でないなら、だが。」
オレはストレアを指差して言った。
「もももも勿論ですよ!!僕はこんなヒョロガリ、おまけにステータスも極低なので、もう全然、パーティ組めなくて困っていたんです。助けて下さるのは本当に嬉しいです!!」
満面の笑み、目尻には涙すら浮かべながら、ブレイドは頭を下げた。
「でもお姉様ぁ、ミカさんはどうするんですかぁ?」
ランが指を顎に当てて言った。
「まぁ、教会にはもう干渉し辛いだろうし、手掛かりも無いし。今はこっちの手伝いを優先しよう。」
そう言うとランは「わかりましたぁ。」と言って納得したようだった。
「じゃあよろしく。オレはレイ・エグゼ。レイでいい。」
「アタシはストレア。創造神よ。崇めなさい。」
「そうぞ……なんです?」
ブレイドが不思議そうに頭を傾げた。
「無視しろ。」
「私はラン。ドラゴンですぅ。よろしくお願いしますぅ。」
「どら……え?」
「気にするな。後で説明する。」
オレはそう言いながら、そういえばこのパーティ、まともな人間いないな、と改めて思った。
……さて。
ランにはああ言ったが、オレには、漠然とはしているものの、予感があった。
勇者を手伝い、魔王討伐に向かう事で、ミカ、いや今はミアか?ミアであって欲しいが、要は彼女と出会う事が出来るのではないか、と。
確たる物はない。
だが、『海の悪魔』とミアが繋がりがあった事がオレの頭の片隅に引っ掛かって零れ落ちずに居た。
何故ミアが『海の悪魔』と繋がっていたのか。
『海の悪魔』はある程度人語を介し、人間の生活に溶け込める程度の知性を有している。これは高位魔族の特徴と一致していたはずである。そんな奴と、何故、どのようにして繋がりを得たのか。
ミアと繋がりがあったのは、本当に『海の悪魔』だけだろうか。
……全く、オレの想像力というのは大した物だとは思う。
だが、これがもし、見当違いの推理で無く、少しでも真実に齧り付いていたとしたら。
途切れたはずのミアへの手掛かりを、再び得る事も出来るのではないだろうか。
そんな期待も抱きながらオレは、パーティメンバーを得られて喜びつつもメンバーの内訳に困惑もしているブレイドと、溜息混じりにそれを見つめるストレア、ニコニコと柔和な笑みを浮かべながら見つめるラン、三人の姿を見やるのであった。
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