第6話 幽霊をぶん殴れ(4/完)

「フシュルルルルルゥゥゥゥゥ。」


 その腐った口で、モグラの亜種は声を上げた。


「ひぃぃぃぃぃっ!!気持ちが悪い!!なんですかこの化け物は!!」


「ああ、これよ。こいつがバグよ。」


 ストレアがデバグライザーを見ながら言った。


「こいつが!?」


「どんなバグなんですかぁ?」


「魔物の技に、生命の動きを封じる能力ってのがあるんだけど、その能力がゾンビへの転生時にも極稀に付与されるようになってたみたい。更にその能力の制限も不完全で、使用者の状態を参照するようになっていたせいで、ゾンビみたいな死人だったら死後の魂も操れるようになっちゃった、という感じ。」


「ひでぇバグだな。というか能力自体がえげつない。」


「封じるっていっても、そいつをダンジョン内に閉じ込めるとか、そういうのだけよ。それに、ステータスとかスキルで回避出来るから大丈夫。」


 何が大丈夫なんだ。


「多分アンタの死因って落盤か何かでしょ。」


 ストレアがユウに対して言った。


「……そういえば、何か土が降り注ぐのを見たような。」


 実際、道の先を見ると、土や岩が落ちている。


「とりあえず目の前の餌をその場に留めたんだけど、落盤で餌であるアンタと一緒にこいつも死んじゃったの。で、図体はデカいコイツはゾンビとして蘇生。アンタは魂になって転生するはずが、ゾンビモグラがアンタをここに留めちゃったの。よっぽど餌として食いたかったのね。というわけで今回のバグは、この二つ。」


 ストレアはデバグライザーのボタンを二回押した。


「だから、目の前の驚異を排除してからにしろよ!!」


「排除するのはアンタの役目だから大丈夫でしょハハハハハガッ。」


 ストレアの体を別の爪が弾いた。ストレアが坑道の奥へ吹っ飛ぶ。


 ランが恐る恐る火を放つと、そこには人一人と同じサイズのゾンビモグラと、それと同じ姿で、真っ黒な影のようなモグラが二匹並んでいた。


「三匹ぃ!?」


「バグで二体、元々で一体。ああまぁ計算は合うし当然と言えるな。全くもう!!」


 仕方ない。とっとと片付けよう。広場を埋め尽くすように立ちはだかる三匹のモグラに、オレは空中で回転しながら蹴りを放った。


「破ァッ!!」


 魂牌流奥義・横留輝離愛おーるでりいと蹴り。輝離愛蹴りの範囲版である。


「フジュッ、ジュッ、ジュェェェェッ。」


 変な声を上げてモグラ達は消えた。


「瞬殺じゃないですか!!いや素晴らしい!!流石私の声に動じないだけのことはある!!」


 ユウが声を上げた。


「褒め言葉として受け取っとくよ。」


「で、これで私はこの場に留まることは無いというわけですか。」


「そうなるな。」


「こ、この馬鹿力女みたいに、バグの産物ってわけじゃなくて、バグのせいでここに留まっているわけだからね。もう少ししたら転生することになると思うわ。」


 ストレアが坑道の奥から這いずりながら言った。


「お名残惜しいですな。ですがこれで、漸く私はこの場から去れるという事で、ドキドキしております。すべて皆様のお陰です。ありがとうございました。」


 声だけのそれが言った。


「あれ?」

 転生するはずのユウが、逆に身体を纏っていく。暗闇を照らすように、燐のような淡い光が人の形を形取っていく。やがてそれは、足の無い人の形を取って止まった。


「……ユウ?」


「……はい。はい。私でございます。私はここにおります。……なんで?」


「……あー、転生はしたけど、多分ゴーストかなんかになったのね。」


 ゴースト。燐で輝く体を持つ、人型の魔物。死霊族に属しており、死んだ生物から転生することで誕生するという特殊な生態を持つ。基本的にはダンジョン内でのみ生息が確認されている魔物である。その姿は正確には足が尻尾のように腰から先が細くなり、上半身だけが人の形を取っていると言われている。生前の記憶を有しており、生前関係していた者を襲うことがあるとも言われている。幽霊という無形の存在の実在が囁かれていたのは、こうした魔物の存在が周知されていなかったことも理由として上げられる。


「ええええええ!?それでは幽霊と大して変わらないではないですかぁ!!どういうことですか!!」


 ユウは声を荒げた。確かに、幽霊とゴーストは大して変わらない。同一視されることさえあった。今でこそ「声だけの」幽霊は存在しないことが周知されているが。


「これでは、ただただ実体化しただけじゃないですか!!」


 これもその通りである。実体化した幽霊はゴーストと全く変わりがない。実体の有無、実在の有無だけが幽霊とゴーストを隔てる部分なのだから。


「知らないわよ!!そこは完全に運よ!!アリとかダンゴムシじゃなかっただけ有り難く思いなさいよ!!」


 ストレアはもう責任は取らないとばかりに適当にあしらおうとした。


「あんまりだ!!漸く消えられると思ったらこれですか!!もぉぉぉぉぉっ!!頭に来ましたよ!!」


 そういうとユウは呪文を唱え、ストレアの体が炎に包まれた。ゴーストは魔法が使える。主に火の魔法を。


「ハチャチャチャチャチャチャ!!熱い!!熱い!!恩人に大して何よその扱い!!」


「何が創造主ですか!!もう!!幾ら何でもこのオチは酷いですよ!!責任取って頂きます!!燃えるかどうにかするかどちらかを選んで下さい速やかに!!」


「まぁまぁ、そう怒らないでぇ。」


 ランが取りなそうとした時、ジィッ、と、何かが焦げる音がした。ストレアの服ではない。ストレアの服は汚れてもすぐ汚れが落ちるし、焼けたりしない。


「あぁ。」


 ランが声を上げた。


 ストレアの足元にある何かに火が灯っていた。


「火薬だ。」


「火がぁ、」


「点いてますな。」

 


 そして爆発音が轟いた。



「……死ぬかと思った。」


 オレとランはストレアを盾にした。それを更にユウが防御魔法で守ってくれていた。要らないのに。


「嗚呼すみませぬ、採掘工事の時のものが残っていたようで。」


「ケホッ、ケホッ、酷い、ベタなオチね……。ていうかしれっと盾にするのが酷く無い?」


「元を正せばお前のせいだろ。」


「今回はアタシは悪く無いわよ!!この世界のルールなんだから仕方ないでしょ!!」


「そのルール作ったのは誰ですかぁ?」


「♪〜」


「誤魔化すな。」


「もう、仕方ないからとっとと浄化して上げなさいよ。」


「そうだな……。」


 もう一度転生するしかあるまい。オレが蹴りの準備をしていると、ユウが止めた。


「いや、いやいや、待って下さい。」


「どうした。」


「いや、この肉体はこの肉体で良いのでは無いかと思いまして。」


 ユウは光り輝く肉体でキャッキャと空中を飛び回った。


「今までとは違い光輝いております。綺麗です。何より人から見てもらえる。それが良い。今までは誰にも見られませんでしたから。」


「……あ、ああ。そう。」


「お前がいいなら、それでいいんじゃ、ない……かなぁ。」


「綺麗では、その、ありますけれどぉ。」


 オレ達は苦々しい笑みを浮かべた。オレ達からすると、綺麗というより、気持ち悪い。だがユウはそんな事気に留めていないようだった。価値観が魔物寄りになっているのだろうか。


「でしょう!?ハハハ、これは良い、良いですねぇ!!決めました!!私はここでこの体で生きていきます!!」


「あ、ああ、そう、か。それは、その、良かった良かった。」


「是非街の皆さんにもお伝え下さい!!幽霊は居なくなったと!!」


「あ、ああ。考えておくよ。」


 苦笑いが止まる事は無かった。



 爆発で坑道の一部が埋まってしまった。そのせいで元の入り口には戻れない。オレ達はやむなく、近くの出口から出る事にした。港町には寄れなくなったが仕方ない。船の連中と会うのもなんか気恥ずかしいとは思っていたし。


 それでオレ達はユウから紹介された近くの村へ向かう事にした。ユウは坑道ーーーダンジョンから出られない、出ると溶けるかもしれないという事で、坑道で別れた。彼は光り輝く腕をブンブンと振り回していた。

 出口の横に看板が置いてあった。



『コズドー鉱山』



 オレ達は目配せをして、同時に頷いた。オレは看板に一言付け加えた。



『コズドー鉱山:幽霊注意!!』

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