第6話 幽霊をぶん殴れ(2)

 うちの田舎ではそんな事なかったが、坑道がダンジョン化するという事はままあるらしい。


 鉱石には魔力が詰まっている。そうした鉱石に溜まった魔力が、時間の経過で溢れ出し、その空間全体を満たし、そしてダンジョン化する。そのため、多くの坑道には、事故で発生した魔物の駆除要員として、冒険者が雇われる。冒険者はいろんな方法で稼ぐ事が出来るのだ。……とジョセフが言っていた気がする。


 ギルドに入ればそうした仕事が斡旋して貰えるわけだが。オレにゃこのようにダンジョン攻略という形でやっていくしかないし、それ以外の、ギルドから仕事をもらってアレコレするなんて事はこちらから願い下げというものである。


 ともあれ紆余曲折あれど、こうしてダンジョンに、ああ、地元のアレを除くーーーある程度話は聞いていたからだーーー、見知らぬダンジョンに足を踏み入れたという事に、少々の満足感を得ていた。


 ざまぁみろ。オレはお前らみたいな、ギルドみたいなクソ野郎共の力を借りなくても、こうして冒険者らしくやっていけているぞ。


「アタシのバグのお陰だけどね。」


 ギルド連中を遥かに超えるクソ野郎が気にしている事を口にした。それは認めたくない。バグが無くてもどうにかなったと示してやりたいところだが、如何せんこのクソみたいな世界では、この超超高ステータスは、色々と話を通すのに楽なので、否定しきれないのが悲しいところである。


「もういい。それはそれで背負った上で生きてやる。」


「その意気ですぅ。」


 ランにそう言われるのもなんだか複雑だが。まぁいい。オレ達は暗闇の坑道の中を意気揚々と歩いていった。入り口に落ちていたランタンに灯りを灯した上で。


 照らされる範囲は非常に狭い。魔物が出て来ても気付きにくそうで困るというものだ。幽霊が出たとしても同じ事になりそうだな。


「めしや……。」


「誰だ。腹減ったのか。」


「私じゃないですぅ。」


「アタシでもないわよ。」


「…………。」


 おや。おかしいぞ。


「うらめしや……。」


「裏の飯屋が何だって?」


「古いわねぇ。地球ですら随分前に廃れたギャグよ?」


「何の話ですぅ?」


「知らなくていいわよ。」


「いや、てーか、さっきから変な声がするよな?」


「あ、聞こえてます?」


「聞こえてるわよ。」「聞こえてますねぇ。」「聞こえてるぞ。」


 オレ達が一斉にその声に応じた。


「……。」「……。」「……。」


 三人?


 じゃあ、聞いてきたのは誰だ?


 オレ達は同時に一つの結論に至った。


「ひひひぃぃぃぃぃっ!?幽霊っ!?」


「ギャアスッ!!誰ですかぁっ!?燃やしますよぉっ!?」


「待て待て待て、落ち着け、燃やすな。おい、誰だ、何処にいる!?」


「ああ、見えはしないんですね……恨めしい……。こんな世界が恨めしい……。」


 その声は男の声だった。声がしくしくと涙声に変わっていく。誰だよ本当に。


「私……ここがダンジョン化した時に魔物に殺された坑夫でございます……。名前をユウと言いまして。もう死んでからかれこれ数十年でしょうか。声だけが皆様生者に聞こえるだけで、魂だけがこの鉱山に縛り付けられていて、転生するものも出来ておりませんです。」


「ほ、本当に幽霊なの!?」


 ストレアが声を荒げ、同時にランが震えながらオレの体に引っ付いた。


「ええ、そう言われたりも致します。私幽霊という奴みたいです。私がこうなってからというもの、人々が採掘を止めてしまいまして。挙句声が怖いとかでダンジョンとしても放置状態。冒険者の皆様もいらっしゃらないという惨状にございます。おまけにここの連中と来ましたら、幽霊と会話も出来ないゾンビとかスケルトンばかり湧くのです。あとはモグラの変種みたいなの。そんな調子で、兎角寂しくて仕方が無いのです。」


 幽霊って寂しがるんだなぁ。今まで伝説とされてきた幽霊云々も、こうして声掛けして来た本物の幽霊だった可能性がある。


「あ、ああ、そう。」


 とはいえオレはそう気の無い返事を返すしか無かった。何ともコメントし辛い。


「それは、その、お気の毒に。」


「ゆ、幽霊になった理由は分かる?」


 ストレアの問いに幽霊はいいえと答えた。


「死んだせいとしか思えません。昔聞いた話では、幽霊とはこの世に未練の残った者の末路と聞いた覚えはございます。しかしながら、私の未練といえば、もう少し生きていたかったな、というものはございますが、それ以上のものはございません。ですのでとんと見当もつかないのでございます。それ故にこうして、ここでただただこの身を儚んで、恨めしい怨めしいと唸るばかりなのです。」


「話が長いな。」


「ああすみません、ああすみません。ですがご理解頂きたい。私、久々の会話、思わず口数が増えるというものです。幽霊というものは肉体こそありませんが、会話自体は普通に出来るようで。しかしその相手が居ないとこう、寂しいばかりなのです。」


「ま、まぁ、それは、なぁ。どっちも理解出来なくはない、な。相手からしたら怖いだけだし。」


「ですが貴方方は相手してくれているじゃあありませんか。」


「まぁ、その。」


「アタシ達はバグを潰しにきた面もあるから。アンタみたいな。」


「バグ?虫ですか?でも私は幽霊であって虫ではありませんよ。無視されてばかりですけれど。」


 殴りたい。


「アンタみたいな世界の例外を何とかするって意味よ。」


「れいがい。私みたいな幽霊は他には居ないという事ですか?」


「そう。」


「ええええ、そうなのですか!?では私は何故幽霊に!?」


「話すと面倒なんだが、簡単に言うとコイツのせいだ。見える?」


 オレがストレアの頭に指を突き刺すと、幽霊は言った。


「ええ見えます見えます。」


「良かった。」


「良くないわよ。」


「まぁともかくだな。ストレア。バグの匂いとやらはするのか?」


 ストレアは頭の穴を塞ぎながら言った。


「しない。多分こいつが幽霊になったのは別の理由。こいつ自身はバグの産物であって、バグそのものではないと思う。アンタ、ユウだっけ? どこに居るのか知んないけど、アンタはどこで死んだの?」


「ここの一番奥です。死因は覚えておりませんが、生前最後に見た場所は覚えています。ご案内しましょうか?」


 ダンジョン化しても構造は変わらない。生前ここで働いていたなら彼の手助けがあった方が早いだろう。


「頼む。」


「ええっ!?」


 ランが嫌そうな声を上げた。


「まぁまぁ。大丈夫、何かあったら守ってやるから。」


「うう……、約束ですよぉ……?」


「分かりましたぁっ。大丈夫です、みなさんに危害は加えません、加える手がありませんからねハハハハ。さあ参りましょう、私の死んだ場所へ。」


 そういう言い方されるとちょっと怖くなる。

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