第4話 英雄の誕生 4
夜が明ける。
日が昇る前から用意されていた食事を摂ると、辺境伯軍は分散して進撃を開始した。
戦力の分散は愚劣であるが、それも時と場合による。
ガラハドは既に統率ある軍ではなく、そして部隊は少数であるほど、その速度は速い。
魔物のスタンピードが既に見えないのを確認してから、アーリアは追撃を命じた。
ガラハドの兵が逃げた道は三つある。しかしそのうち一つは、魔物の進路と重なっているため、残りの二つへ兵を分ける。
片方はアーリアが指揮し、もう一つをマルードに任せた。
追撃する戦闘はやはり騎兵が多い。その中でも弓騎兵が戦果を拡大させた。
軽装であり最も速度のある部隊と言える。これを追撃戦で用いるのは常道である。
ここはアーリアも弓を取り、剣ほどではないが充分なその腕前を披露した。
「魔術を使えばな……。まあ舐めプだけど、仕方ないか」
アーリアの矢が下士官らしき兵の胸甲を貫き、着実に戦力を削る。
道は細くなり、周辺が岩の大地に変わっていく。
この先でまた道は一つとなり、そして国境のガラハド側の砦へと続く。
その砦を占領することが出来たとしたら、ネーベイアの領地が大きく東に拡大することとなる。
それは防衛戦において有利になるというだけでなく、ここから西の土地を農地として利用出来ることにもつながる。
わずか一戦にて莫大な成果となるものであったが、それはアーリアの夢想に終わった。
ほとんど先頭を走っていた彼女は、徐々に馬の足を緩めた。
「……止められたか。敵にもまだ人物がいる」
彼女の見る先には、見えないはずの戦場が見えている。
ネーベイアの別働隊、マルードの指揮する軍は、アーリアの率いる部隊と違い、敗走から立ち直った敵の迎撃に遭い、完全に停止していた。
おおよその将官はゴルゴーンと同時に片付けたはずだが、部隊指揮官に優秀な者がいたのだろう。
この時ウェルズは、自分の本来の職責である兵糧の管理を放棄して、撤退する軍を指揮していた。
(あれは変形の捨て奸か。確かに追っ手に出血を強いて足止めするにはいい手だが、なかなか出来るものではないのにな)
別働隊の合流が難しいことを悟ったアーリアは、念話でマルードの傍の魔法使いに撤退を指示した後、自分の軍も足を止めさせた。
「お嬢、どうしたんだ!? このままの勢いでいけば、砦を落とせるぞ!」
興奮したオイゲンが馬首を返してくるが、アーリアは進軍停止の笛を鳴らさせる。
「別働隊が足止めを食らった。このまま突撃しても、砦と退却してくる残党に挟まれる。残念だがここで打ち切りだ」
「いやお嬢! この勢いで砦を落としてしまえば、敵には逃げる場所もなくなるぜ? それにここまでの数を動員してきたんだから、砦に残っている敵は少ないはずだ」
オイゲンの言葉にも一理はあるのだが、危険が大きすぎる。
そしてアーリアは秘密の配下の手によって、砦にどれだけの戦力が残っているかも把握していた。
「さすがに無理だ。かなり削ったと言っても、まだ相手の戦力の方が多い。それにここで砦を落としてしまうと、手柄を立てる機会が少なくなる」
少し笑いながら言ったアーリアの言葉に、初めてオイゲンも笑って頷いた。
なるほど敵は残しておいた方が、手柄は立てやすいというものだ。
撤退の合図に突出していた兵達も戻ってきて、隊列を組みなおして帰還の途に付く。
「少し嫌がらせはしておくか」
アーリアはオイゲンに命じて、騎馬の弓兵だけを少し、もう一つの進軍ルートへと向けておいた。
これでマルードの部隊とは挟まれる形になり、さすがに統率を失うかもしれない。
突撃して突破しようとするなら、そのままこちらも退くだけだ。それでも充分な戦果になるだろう。
夜ならばティアを使ってまた魔物を誘導するところだが、既に陽は完全に昇っている。
はたして敵兵はアーリアの予想通り、騎兵を集結して弓騎兵の突破を図った。
オイゲンはアーリアの指示通り、無理をすることなく退却。戦果はさほどではなかったが、一人の脱落者も出すことはなかった。
この戦いにおいてガラハド王国は1万の戦死者、行方不明者を出し、その軍事力を大きく損なうことになった。
対するネーベイア辺境伯家はわずかに300の被害を出しただけで、それすらも死者の数は少なかった。
この圧倒的な大勝利をもって、アーリア・ネーベイアという英雄の名は、歴史に登場することとなる。
そしてウェルズ・ヤースは敗北した軍の指揮官の一員として、地方の部隊へ左遷されることになるのである。
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