第9話 令嬢の救出 2

 途中からは走るのが面倒になり、地表スレスレを飛んでいった。

 戦闘は継続しているが、明らかに守備側が劣勢だ。数の差もあるが、襲撃側がおそらく奇襲をかけたからだろう。

 森の中の街道にぽっかりと開けた野営地で、戦闘は行われている。

 金属鎧に身を固めた騎士二人が、兵十人を率いて馬車を護衛している。

 襲撃側は二十人を超え、装備は統一されていないが、統制は取れている。そして狼型の魔物を三匹使役していた。


 さてどちらが正しいのか、アリウスは迷った。

 貴族の一団を襲う盗賊集団。ぱっと見ただけではそう見えるだろう。

 しかし貴族の方は悪徳貴族であるかもしれないし、襲撃者は義賊の集団かもしれない。

 かと言ってそれを確認している暇はない。守備側には既に数名、致命傷を受けて地に伏せている者がいる。

 ならば襲う側を撃退するのが、最悪の結果を招かない一手だろう。


 何もないところから長剣を取り出し、アリウスは魔法を使う。

「『重化』。『轟け』、シャムニール」

 ティアの古城で手に入れた魔法剣を、アリウスは振るう。そのままだと剣の重さに体が振り回されるので、あえて自らに重さを加算する。

 そして輝く剣を、襲撃者の背後から振るった。


「何だ!?」

 アリウスの剣は一閃して、止めをさそうとしていた男の左足を、背後から切断した。

 この闖入者に対して、一瞬襲撃者達の連携が乱れる。

「構わん! 目標に集中しろ!」

 指揮官らしき男が叫ぶ。整えられた髭が、やはり傭兵や盗賊らしくはない。

 対峙したのは一瞬。人外の速度で踏み込んだアリウスは、指揮官の脇腹を薙いだ。

「ば、馬鹿な……」

 致命傷だが即死ではない。しかしもう立っていることは出来ないだろう。

 それから一呼吸の間に、アリウスは三人の襲撃者を、あるいは手足を切断し、あるいは武器を破壊し、あるいは拳で顎を打ち抜き昏倒させた。

 そして二呼吸目には、残りの襲撃者全ての位置を把握していた。

『雷撃』

 威力を絞った電撃は、魔物三頭とその使役者、そして二人の戦士を残して戦闘力を奪った。


 守備する側もこの絶好の機会を見逃すことはない。

「ご助勢感謝する! 槍並べ! 突け!」

 指揮官の老騎士が命令し、兵達は槍を並べて、地に伏した敵に止めをささんとする。

 しかし今度はアリウスの剣が、その槍の穂先を一斉に切り落とした。

「な、どちらの味方なのだ!?」

「事情が分からないんでな! とりあえず戦闘を止めさせてもらう!」

 叫んだアリウスは、空間を横に薙いだ。

 魔剣から衝撃波が放たれ、残っていた襲撃者を吹き飛ばす。


 魔物三匹は素早くそれを回避していた。人間よりもよほど反応に優れている。

『激臭』

 だがアリウスのオリジナル魔法を食らって、高い悲鳴を上げてその場で苦しみだした。

 嗅覚の強い魔物や、普通の人間に効果的な魔法である。これを食らうと死ぬことはないが、まともに動けなくなる。制圧用には非常に便利な魔法だ。


 最後に残った使役者に、アリウスは一歩で接近した。その懐に潜り込み、掌打を放つ。

 肺に残った空気を吐き出し、心臓の鼓動を乱されて、男は這いつくばった。

 戦闘終了である。




「さて」

 アリウスは魔剣を振るった。確かに数人を斬ったのに、その刃には血糊が残っていない。

 その剣先を、襲撃者から守った騎士たちの方に向けた。

 戦える力が残っているのは、おそらく五人ほどだろう。それまでは必死で剣や槍を持っていた兵士も、修羅場を終えてへたり込んでいる者がいる。

「事情を聞く前に、治療をしてやろうか?」

 倒れた兵士のうち二人は出血がひどい。まだ生きてはいるようだが、死んでいないというだけだ。

 鋭い視線をアリウスに向けていた老騎士は、進路を空けたが小さく呟いた。

「ポーションで治る程度の傷ではない。慈悲の刃をくれるのか?」

 もはや助からない人間の命を絶つのは、慈悲の刃と言われる。特に戦場におけるのがそれだ。

「いや、治癒魔法が使える」

「何!?」


 アリウスが治癒魔法を使えると言うと、彼女を良く知る者であっても、言葉だけでは信じない。一般に治癒魔法は神の奇跡として認識されている。

 先日の会戦において、アリウス直率の騎兵は一人も死者を出さなかったが、それは重傷者もいなかったというわけではない。

 何人かは致命傷を受けていた者がいた。それに対してアリウスは何種類かの魔法を使って、命をつないだのだ。

 実は治癒よりさらに高度な魔法もこっそり使っていたのだが、それは誰にも秘密のことである。


 地面に横たわる兵は鎧の隙間を突かれ、内臓を大きく損傷していた。

 出血量も多い。だが大きな動脈は避けていたようだ。しかしこのままでは出血によるショック死に至るだろう。

『治癒』

 内臓の傷と血管を修復する。

『回復』

 失った血液などを肉体から搾り出す。

『……祝福』

 消耗した肉体に、生命力を補充する。これでこの兵士はすぐにでも戦えるまでに回復した。


 立て続けに治癒魔法を使ったアリウスに、老騎士は目を丸くしている。

「お主は剣士ではないのか? いや、先ほどは攻撃魔法も使っていたか。セクトールの聖騎士か?」

 セクトール神聖国の聖騎士は、若いうちに放浪して修行する。治癒魔法も使えれば、戦闘も出来る。彼の国では間違いないエリートだ。

「ネーベイア辺境伯家の没落騎士、アリウス・コンラートだ」

 もちろんアリウスはちゃんと存在する騎士家の名を名乗る。

 もう一人の重傷者も治療すると、アリウスは治癒魔法を広範囲にかけた。

 圧倒的に魔力の無駄だが、いちいち説明が面倒な時は有効だ。


 そして今度は襲撃者側に目を向けるが、指揮官らしき男と使役者の男は絶命していた。

 致命的なダメージを与えたわけではないが、どうやら自決したらしい。どこかに即効性の毒を仕込んでいたのだろう。

 他の者は傷の大小はあれ生きているが、おそらく詳しいことまでは知らない人員だ。

「足……俺の足……」

 鋭利な刃物で切断された、己の足を掻き抱く男。

 それに向けてアリウスは歩を進め、優しげな声をかける。

「内幕を教えてくれるなら、足をつなげよう。証人として証言台に立つなら、減刑を求めて死刑にならないようにしてもいい」

 そこで老騎士の方を向く。意思確認だが、老騎士は無言で頷いた。

「詳しくは知らん。俺たちは雇われただけで、雇い人はその死んだ騎士と調教師だけだ」

 荒い息で語る男に対し、アリウスは首をかしげ、頷いた。

「まあそんなところか」


 弱った男から足を奪い取り、切断面を適当に合わせる。

『復元』

 骨、血管、神経がつながる。ただ馴染むまでしばらくはかかるだろう。

「それで、お前達は傭兵か? 冒険者ではないだろうし、どこかの裏組織の人間か?」

「……王都の組織だ。俺は暗殺部門に所属している。今回の依頼については、俺たちは詳しく知らされていない」

「王都の暗殺請負だと……『八つ手』あたりか?」

「……そうだ」


 アリウスの問いに対して、男は素直に答えた。抗っても無駄だと悟ったのだろう。

「お前と、あと一人ほどは証人として連れて行く。残りの人間は、このまま帰しても大丈夫か?」

「いや、今回の仕事はそれなりに大きなヤマだ。失敗したのだからおそらく殺される」

「なるほど」

 アリウスは空間から紙と筆を出し、さらさらと文面を書く。そして特殊な紐で封をして、その上からサインをした。

「ネーベイア辺境伯領のマルードという騎士に会って、これを見せろ。黄金から、と言えば会ってくれるはずだ」

「あんた何者だ?」

「これ以上は聞くな」




 去っていく襲撃者たちへの対応は済ませ、今度はアリウスは襲撃された側へと向き直った。

「待たせたな」

「いや、そなたが助けてくれなければ、こちらは全滅していたろう。感謝している」

 そう言う老騎士だが、眼光には疑いの色がある。

 父と同じぐらいの年齢だろうか、とアリウスは早くも懐かしく父を思い出した。

「事情を聞いてもいいか? ダメならこの男を渡して去る。だがこの男の命を保証しろ」

「む……しばし待たれよ」


 老騎士が馬車の方へ向かった。おそらく主に伺いを立てるのだろう。

 瀟洒な馬車だ。豪華絢爛というわけではないが、素朴な中に細かい彩が見られ、アリウスの趣味にも合う。

 中と会話していた老騎士は、何度か首を振った後にうな垂れた。

「アリウス殿! こちらへ」

 言われるままに歩を進めるアリウス。馬車の中には二人の気配がある。

 化粧の匂い。どちらも女だ。

「我が主がお目にかかられる」

 そう言った老騎士が、馬車の扉を開けた。


 中年の女に介添えされて、アリウスよりも年下の少女が現れた。

「ヘクトル、灯りを」

 それまでも魔法の光で充分に見えるほどの明るさはあったのだが、面と向かって話すには不充分だろう。

 頷いた老騎士が魔道具を取り出そうとする。

『灯明』

 だがそれより早く、アリウスが光の魔法を使った。

 それにより、初めてアリウスの姿が明らかになった。


 息を飲む気配。アリウスの黄金の髪と瞳が、夜の中で輝く。

「まあ、なんと、なんと……」

 侍女らしき者が言葉を詰まらせる。

「まだ子供ではないか」

 老騎士ヘクトルが驚愕混じりに言う。

「ヘクトル殿、これでも俺は成人している」

「それはそうだろうが……」

 貴族の成人は平民とは違い12歳である。政略結婚や家督継承の都合などにより、そうされているのだ。もちろん実際に公職に就いたりするのは、そんな年齢ではありえない。戦争に動員されるのも、まず15歳になってからだ。


「アリウス様」

 線の細い貴族の少女が、スカートの端をつかんで深々と礼をした。

「アッカダ子爵家当主、マリアンヌと申します。此度のご助勢、誠にありがとうございます」

 それに対してアリウスも、よく自分がされていた礼を返した。片膝をつき、右手の指を揃えて左胸に当てる。

「ネーベイア辺境伯家が旗下、騎士アリウス・コンラートです」

 答えながらもアリウスは、自分の知識を探っていた。アッカダ子爵家というのは記憶にあるが、こんな少女が当主であったろうか。アリウスの知識は東方に重きを置いているが、これほど特徴的な貴族家があれば憶えているはずだ。

「失礼ながら、アッカダ子爵家は代替わりなされたので?」

「うむ。先月のことだ」

 ヘクトルが答えたが、それなら納得出来る。

 アリウスの記憶にないことも、そしてこの襲撃も。


 おそらくこれは、家督継承におけるお家騒動だ。

 これほど若年の少女が子爵家の当主となるなど、この情勢下においてはありえないはずだ。

「アリウス様、貴方は今、辺境伯様の命で働いているのですか?」

 マリアンヌが直接声をかける。アリウスが騎士階級であるならば、一応ありえないことではない。しかしこの場は野営地だ。

(そういえば、なぜこの道を? 急ぐ用事があったとしても、護衛が少ない。 それも陰謀か)

「いえ、私は籍のみを置く流浪の身。実家も人に貸し、こうして気ままに旅をしているのですよ」

「待たれよ。たった一人でか?」

 これにはヘクトルの疑問ももっともだ。アリウスは荷物を持っていない。そもそも腰の剣と先ほど使った剣は違う物なのだが、それさえも分かっていないだろう。

「いえ、連れはおります。そろそろこちらへ着く頃かと」


 丁度そう言ってすぐ、かぽかぽと長閑な足音を立てて小さな馬車が現れる。牽いているのはロバだが。

「アル、血なまぐさい男達が森の中を逃げていったけど、殺さなくてよかったの?」

 御者台のティアは、もちろんすれ違った暗殺者達に気付いていた。

「ああ、王都の人間だが、面白い役割の者でな。辺境伯家なら使いこなすだろう」

「ふ~ん、それで、何があったわけ?」

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