第26話 神殺し

 迷宮から出ると早朝であった。

 閉ざされた迷宮の門の前に、守備兵がいる。彼は目の前に転移してきたアリウスに驚いたが、迷宮からこうやって出てくる探索者は珍しくない。

 アリウスはとりあえず宿にでも行こうかと、街の中を探知しようとする。

「おい」

 不覚であった。

 入り口のすぐ横、そこに寝転んだ巨漢がいた。

 声をかけられるまで気付かなかったが、これはレオンが相手だったからということだ。

 この大男はその巨体の割に、獣のように気配を消すのが上手い。


 立ち上がったレオンは軽くアリウスを眺めていたが、口に出したのは短い言葉だった。

「何があった?」

「あ~、話せば長くなるんだよな~。さすがにちょっと寝たいんだけど」

 アリウスは基本的に寝るのが好きだ。やることがなければグダグダと寝ていたい人間だ。

 やることがないなどありえないので、それが発揮されることはないが。

「おい」

 レオンが声をかけたのは、守備兵だった。

「は、はい」

「宿はあるか?」

「は、え~とお勧めは、いや、でもこの時間か。なら9番通り、ここから9番目の道を右に曲がって、右手3番目の宿がすぐに眠れて食事も出来るはずだ」

「そうか。ありがとう」

 短い感謝の言葉を述べ、レオンは背を向けた。これは確実に、着いて来いという意味なのだろう。

 わざわざ他の宿を探す手間なども考えると、レオンに付き合って短く話をした方がいいだろう。


 アリウスは若干足を引きずるように、レオンの後を追った。

 大男はちゃんと配慮したのか、大またではあるがゆっくりめに歩を進めていた。

 説明された通りに行けば、確かに大きな宿があった。二人が入ると中年の男がそれを迎える。

「いらっしゃい」

「こいつにすぐに眠れる部屋を。その前に少し食事がしたい。あるか?」

「あ、それと体を拭きたいんで盥に水を」

「あいよ。軽い物ならすぐ出せるよ」


 男が奥に引っ込んでいく。レオンは入り口に近いテーブルの席に座った。

 椅子が壊れそうだな、と思いながらもアリウスは対面して座った。

「代官には適当に説明しておいた」

 訊ねてくるかと思えば、レオンは先に状況を説明した。そういえば迷宮の氾濫があったのだ。

「子爵家に滞在していると言ってあるので、後日また話をする必要があるかもしれん。とりあえずはいい」

 おそらくこの男のことだから、本当に端的な説明だったのだろう。迫力に負けて質問が不十分だった可能性がある。

「それで、戦ったのか?」

 アリウスが頷くと、レオンは笑った。獣のような笑みだった。




 焼きたてのパンと温かいスープ、そして野菜が出てきた。

 店員がまた番台に戻ると、レオンは囁くように訊いてきた。

「勝ったのか?」

 アリウスはまた頷いた。

「神はどうなった」

「神核を残して消滅した」

 予想していたはずではあろうに、レオンは驚きの表情を浮かべた。


「神は、戦って勝てる相手なのか」

 しばし絶句した後に、レオンは言葉を続けた。

「勝てる。あんただってその神剣の力を発動させれば、少なくともいい戦いにはなるはずだぞ」

「シンケン?」

 レオンの言葉に浮かんだ疑問に、今度はアリウスの方が驚いた。

「あんたの大剣だよ。竜殺しの神剣だ。まさか知らなかったのか?」

「ああ、偶然手にいれた物だからな。しかしそうか。だからだったのか」


 アリウスは呆れた。

 レオンはその言葉を信じるなら、鞘をつけたままの状態で、これまで大剣を振るっていたこととなる。

 まあ神剣であれば発動に膨大な力を吸われるので、確かにそんなに使いどころはないのだろうが。

 レオンは壁に立てかけた剣の柄を、愛おしそうに撫でていた。

「いったいどこでどうやって手に入れたか、正直すごく興味があるんだが、とりあえず今度でいいだろう。それで、訊ねたいことはそれだけか?」

 短い会話の間にも、二人の食事は終わっていた。

 アリウスは正直なところ、このままベッドに寝転びたい気分だ。だが目覚めた時のことを思うと、体や髪はしっかりと拭いておかないといけないだろう。

「どうやって神を倒したんだ?」

「武器を使った」

「魔剣か?」

「いや、違う。これ以上は秘密だ」

「そうか」


 会話は短かった。

 レオンは立ち上がると、宿を出て行こうとする。番台によると、銀貨を何枚か置いた。

「足りるか?」

「もちろん。ちょっと待ってな。今釣りを」

「いや、あいつの注文に応えてやってくれ」

 レオンは親指でアリウスを示した。

「クレフォスには俺のほうから説明しておく」

 そういい残してレオンは去ったが、彼の説明だと誤解が生まれる可能性がある。

 まあ、さすがに神殺しのことなどは言わないだろうが。




 アリウスは店員に食事の礼を言うと、用意された部屋に入った。

 短い会話であったが、相手がレオンだと緊張感がある。それから解放されたアリウスは、本当にもうくたくただった。

 汚れた衣服は全て亜空間に放り込み、用意された盥で体を洗った。


 食事の間は気にならなかったが、汗と汚れはそれなりのものだった。ひょっとしたら注文しなくても、宿の方で盥を用意してくれたかもしれない。

 髪を切ったのは英断だったな、とアリウスは思った。同時に手に入れた神核による、マキナの改造計画に思いを寄せる。

 にやにやと笑いが浮かぶ。やはり出力の強化に重点を置くべきだろう。オリハルコンも手に入ったから、回路の方も改良の余地がある。

 泡のように浮かんでは消える計画に溺れながら、アリウスは体を拭き終える。


 洗った盥は廊下に出しておく。わずかな間だったが、その間は全裸である。

 そして着替えを身につけることもなく、それなりに柔らかなベッドに潜り込んだ。


 女に生まれ変わって、ほとんど唯一いいと思ったことが、局部の性器がないことである。

 下着を身につけずに寝たりしても、何かの拍子で「ゴリッ!」といったりしない。

 結界の魔法具だけは忘れずに起動させ、アリウスは安らかな眠りに就くのであった。

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