第37話 冒険者登録 1
ギルドの内部を見回したレオンは、ずかずかと受付の方に進んだ。
この時間帯、既に仕事を終えた冒険者が食事をしたり酒を飲んだりしている。それを見込んで食堂が併設されているわけだが。
既に依頼や完了報告のカウンターはほとんど閉まり、一般のカウンターが一つ緊急用に開いているだけである。
だが緊急の依頼などがない限りは、そこを使わせてもらってもいいはずだ。
「登録がしたい」
レオンの長身を目にして、荒くれ者に慣れているはずの受付も、少しひるんだようであった。
「分かりました。再登録ですか? あるいは他のギルドでの登録の経験はありますか?」
「ない」
レオンが振り返って確認してくるので、アリウスも首を振った。
「完全に新規だ」
レオンが傭兵などの過去もないのは、少し意外であった。いや、ソロで活動していたら、ギルドとは無縁だったのか。
受付の青年は、書類を取り出す。
「パーティーでの登録ということでよろしいですか? それではこちらに記入をしてください。代筆は必要ですか?」
「いや」
そして四人は名前を記入していく。
レオン
アリウス・コンラート
セレンティア・シュライヴァー
レナ
姓を持つ、つまりは貴族階級の人間が二人もいるのも奇妙であったが、実は冒険者というのは、貴族の末裔を騙ったりすることが珍しくない。
なぜなら、そっちの方がかっこいいからだ。
なぜなら、そっちの方が、かっこいい! からだ!
アリウスの場合は本当にある騎士の家だが、それは紋章印なども持っているので問題ない。ティアはアルトリア王国には存在しないはずの家名だ。
騙りではないので、本当に問題はない。
「リーダーの方は、レオンさんでいいんですね?」
振り返ったレオンに、アリウスは頷く。この中で一番強そうに見えるレオンをリーダーとしておくのは無難である。
「パーティー名は?」
ここで少し間があった。
パーティー名。そんなものも必要だったのか。
冒険者ギルドに依頼側として行った事があるアリウスは、そういえばそうだったなと今更思い出していた。
「考えてなかったのなら、後日でもけっこうですが」
「精霊の友、なんてのは?」
「闇の王」
レナとティアがそれぞれに口を開く。どちらもまあ、二人のルーツから発したものではあるが。
ちなみにレオンはどうでも良さそうだ。
「『黄金』で」
最初は『蛮姫』にしようかと考えたアリウスであるが、男が一人いる。ならば黄金の方でいいだろう。
あえてアリウスに逆らうほど、レナもティアも自分の案に固執しているわけではなかった。
しかし髪も瞳も金色のアリウスが黄金と名乗るのも、考えてみれば少しあざといものである。
まあネーベイアの黄金と彼女を呼び始めたのは、学院の者であるので、自ら名乗ったわけではないのだが。
「それでは各自の持っている技能や、装備について公開してもいい部分を書いてください。あとランク検定は本日は終了していますので、明日以降でしたら予約も出来ますが」
「技能などは隠したがるものではないのか?」
珍しくレオンから質問したが、受付職員は普通に対応した。
「もちろんそういう方もいますが、どういったことが出来るのかを知っていると、ギルドで優先的に向いた依頼を回すことがあります。強制ではありませんが、ある程度冒険者のことを知っていたほうが、こちらで依頼を選別しますので」
レオンがまた振り返ったので、アリウスが受付に進んだ。
示された紙に、ある程度のことを書いていく。
レオン 剣士。上位魔物の単独討伐実績あり。迷宮踏破経験あり。
アリウス 魔法剣士 従軍経験あり。全属性の下級魔法習得。治癒魔法あり。上位魔物の単独討伐実績あり。迷宮踏破経験あり。
セレンティア 斥候、魔法使い。上位魔物の単独討伐実績あり。
レナ 魔法使い。オーク討伐経験あり。
一人だけ浮いているが、三人の特性を並べているだけでも、かなりバランスのいいパーティーと言えるのではないだろうか。
「魔法使いが三人、ですか……」
冒険者になる魔法使いは少ないわけではないが、それでもやはり魔法を使えれば、他の職に就くことが多い。
魔法使いは貴重なのだ。軍でさえ常時募集している。
しかし研究肌の魔法使いが、素材の収集のために、冒険者になってしまうという例もけっこう多いのだ。
もっともそれよりは、迷宮踏破経験の方が珍しいだろうが、こういうものは冒険者は盛って申告するものだ。
「正確にはこいつも少し魔法は使える」
「そうですか……。ですと検定を受けてもらう必要がありますが、よろしいですか?」
「ああ」
「では時間ですが、一番早いので明日の夕方が空いてます。夕方の四の鐘でよろしいですか?」
「ああ」
アルトリア王国の平均的な街では、昼間の時間を12分割している。
午前中に6つの鐘、午後に6つの鐘だ。
日の入りと日の出に、それぞれ最初と最後の鐘が衝かれるわけだ。
「それでは明日、お待ちしております。他に何か質問はありますか?」
ここで対応するのがアリウスに変わった。
「素材の買取は、いつから行っていますか?」
「原則として昼から日没にかけてですが、手数料を払って緊急に行うことも可能です。本日はもう専門の職員がいませんので無理ですが、最低限の担保として素材を置き、金銭を貸すことは可能です」
なるほど、それなりに柔軟な対応なのか。
「装備を揃えたいので店と、あと冒険者向けの宿を教えてほしい。高くても構いません」
「そちらのボードに、色々な店の情報が貼ってあります。どうぞ選んでください。ただ宿屋はもう、今日は空いてないでしょうね。ギルドの施設も満員ですので、厩ならまだ泊められますが」
「いや、今日の分はもう確保してあるので」
なかなかに親切な対応であった。
「それで、今日はどうするの? 何をするにしてももう、お店とかは開いてないみたいだけど」
むしろこれから本領のティアに、アリウスは応じた。
「そうだな、今日はここで食事をして、もう寝るだけでいいだろう」
ティアに対してアリウスはそう言ったが、食堂はなかなかに混んでいて、四人が座れそうなところはない。
「おい、こっちに来なよ」
割と広いテーブルを占拠していたグループから、男が声をかけてきた。
五人組で、声をかけてきた男は30がらみの年齢で、顔には頬に大きな傷があった。
他に場所がないので、レオンが自然とそこに座る。余っている椅子を持ってきてアリウスたちもそこに腰掛けた。
「初めて見る顔だな。ずいぶんとちんまいのも連れてるが」
気さくに声をかけてくる。レオンも無愛想ではあるが、普通に対応した。
「魔法が使えるからな。まだそいつは修行中だが」
「ほう、どっから来た?」
「俺は北の山脈の向こうからだ。こいつらはネーベイア出身で、こっちは近くの村から出てきたところだ」
「なるほどな。うん? エルフか?」
レナの耳は普通のエルフほど長くはない。だが注意してみれば分かる程度には特徴的だ。
「ハーフだよ」
「そうか。まあ冒険者には色々いるからな」
ぶっきらぼうに言うレナにも、男は笑顔で返した。
四人の男と一人の女からなるこのパーティーは、巨人の斧というパーティーであった。
斥候が一人、戦士が三人で、魔法使いが一人いる。アリウスの見る限りでは、それなりに強そうな雰囲気はある。魔法使いの魔力量も、まず一流と言っていいだろう。
リーダーが声をかけてきた男で、名前はゴットといった。盾と斧を使う前衛だ。
「レオンだ」
「アリウスです」
「ティア」
「あたいはレナです」
短く名乗ったアリウスたちに、ゴットは自分たちのことを話し始めた。
巨人の斧はこの街を拠点にして活動するパーティーで、主に討伐と護衛を請け負っている。
ゴットは迷宮帰りの冒険者で、それだけに他の四人よりも強い。
「迷宮帰りって、何か違うの?」
レナはアリウスに質問したのだが、ゴットが大きな声で答えた。
「お嬢ちゃんは迷宮に潜ったことはないか。魔境はどうだ?」
「いや、どっちもないけど」
「そうか。普通冒険者ってのは、依頼を果たして装備を整え、経験を積んであるいは修行などをして、ゆっくりと強くなっていくわけだ」
どうやら話したがりのようであるし、間違っていたら後から修正すればいいだろう。そう考えてアリウスは口を挟まなかった。
「だが魔境もだが、特に迷宮で魔物などを倒した場合、その倒したやつの魔力や生命力を、吸収することが出来るんだ」
「へえ、レベル上げみたいなもん?」
そこだけレナはアリウスに視線で問いかけた。
この世界はレベル上げなどというものはない。
商隊の護衛などをして魔物を倒しても、経験値が入ってレベルが上がるわけではない。そんな都合のいいゲーム的なシステムではないのだ。
ただゴットの言ったとおり、迷宮で魔物などを倒した場合は、その保有する魔力や生命力を吸収して、身体能力が上がり魔力の上限が上がる。
おそらく迷宮が神域であり、神の権能が存在するゆえの、特別な場所だからであろう。
「つまり迷宮に潜った冒険者は、同じだけの経験を積んだ冒険者より、単純に強いわけだ。分かったか?」
「師匠! あたいパワーレベリングしたい!」
「基礎が出来たらな」
ややげんなりとしながらも、アリウスは約束した。
「でも基礎的な力を高めてからの方が、訓練するにもよくない?」
どうやらレナはお手軽なパワーアップに目がくらんでいるようだ。
「そうだ。迷宮に潜ってとりあえず強くなるのもいい方法だ」
しかもレオンがそれに乗ってきた。
ブルータス、お前もか。
「いやいや、迷宮に潜るなんてのは、初心者冒険者が出来ることじゃない。お嬢ちゃんには10年早いな」
ゴットは気を悪くもせずに笑い飛ばした。
「そうか? 明日の食事にさえ困るような人間なら、迷宮に潜って賭けに乗るほうがいいと思うが」
レオンが珍しく雄弁である。こいつは迷宮狂か。
「お前さん、そんな無茶してたのか……」
ゴットも呆れ顔である。まあそこまで無茶をしなければ、レオンの年齢でここまで強くはならないだろう。
100人同じことをすれば100人死ぬだろう。1万人おなじことをして、ようやく一人生き残るかどうかというところだ。
それからもゴットはこちらに話題を振りながら、この周辺のことを教えてくれた。
話好きのこの男によると、やはり冒険者の活躍は、討伐や護衛にあるそうだ。
この周辺の領地はどの貴族も治安の維持が満足ではなく、傭兵や戦える冒険者は仕事にあぶれることがない。
特に護衛の場合など、戦えなくても野営の準備や見張りなど、役割はたくさんあるので、見習い冒険者も一緒に連れて行かれることが多い。
そして経験を積んだ見習いが、装備を整え戦える冒険者となるわけだ。
レナは目をきらきらさせながら聞いていた。正直なところアリウスの語る冒険者の姿は、あまりに夢のない現実に基づいたものであったので。
しかし冒険者として実際に生きていくなら、アリウスの言うことを聞いておいたほうが間違いない。もっともそんな夢のない話では、冒険者を続けるのはむずかしいだろうが。
やがてレオンが酒を飲み、ティアもワインを空けて酔い潰れる。
朝まで放っておくとティアが死んでしまうので、アリウスは適度に飲酒は控えていた。
冒険者ギルドの食堂は酒場となり、その喧騒は深夜まで続いた。
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