第65話 100層への挑戦 4
ついにその日が来た。
ついにその日が来てしまったのだ!
来なければ困るのだが。
ヴァリスはその前夜なかなか眠れなかった。しかし目覚めたら朝だった。つまりちゃんと眠っていたのだ。なぜだ。
「ああ、眠れないみたいだから睡眠の魔法をかけてあげたのよ」
場合によっては事案であるが、ティアは間違いなく好意でそれをしたのだ。
「まだ眠いなら、覚醒の魔法かけてあげるけど?」
「いやそれ、本当は戦闘中に使う魔法だろ?」
夜明け前、迷宮入り口の大階段を降りていく。
「91層」
パーティーが手をつなぎ、代表のアリウスがそう言うと、一行は91層への階段の途中にある踊り場へ転移していた。
「お前、手が震えてるぞ」
「ああ、緊張はしている」
アリウスの言葉にも、ヴァリスは面白い返し方をする余裕がない。
指摘したアリウスの表情こそ、まさに眠そうだった。
「そっちは眠そうだな」
「ん? ああ、最近使ってない方向に、ちょっと頭を使ったからな」
ヴァリスはそれを魔法に関するものだと勘違いしたが、実際は侯爵領の今後に関して、陰謀を巡らし接触を重ね、調整をつけていたからである。
なかなか時間的にぎりぎりな上、ヴァリスを含めたこのパーティーを巻き込むことになった。
だがそれはまだ秘密だ。ティアはアリウスが何をしても、たいがい文句は言わない。レオンは下手に先に話せば、波が引くまで逃げていただろう。
レナには選択肢がない。師匠の命令は絶対だ。
「さて、じゃあやるとするか」
一行の目の前には、91層の入り口にある魔法陣があった。
パーティー全員が入ると、アリウスは魔法を開放する。
『転移』
そして目の前には、92層への階段が現れた。
99層の最深部である。
これからが本当の戦いだ。緊張するヴァリスとレナをよそに、レオンとティアは長閑な雰囲気である。
そしてアリウスには緊張感が欠片も感じられなかった。
「お前、すごく平然としてないか?」
「あ? ああ、まあ迷宮踏破に比べれば、階層主との対戦もそう変わらないだろ。つーかお前以外には、特に思い入れのあるやつはいないしな」
アリウスの言うとおりだ。ヴァリスと他のメンバーには、熱量に差がある。
かと言って不真面目なわけでもないのだろう。レオンの佇まいはいつもと同じだ。ティアもいつも通りやる気がなさそうだ。つまりいつも通りにはやってくれるのだろう。
だが、眠そうだったアリウスが、珍しく声を上げた。
「じゃあ、作戦を説明する」
これまでは階層を進めても、せいぜい一般的な知識を共有していただけだったのだが。
「100階層はかなり特殊で、階層主のいる広間しか存在しない。」
それはヴァリスも聞いていたことだ。だがヴァリスの父のパーティーが壊滅して以来、かなりの期間確認が取れていない。
「階層主は六腕剛鬼だ」
人間の倍以上の身長があり、六本の腕を持つ。その腕に持つ装備全てが魔法の武器や防具だ。
「右手には物理防御に特化した盾を持ち、左手には魔法防御に特化した盾を持つ。だからといって特化してない攻撃なら効果があるかと言うと、普通の盾よりははるかに高い防御性能を持っているらしい」
そう、その圧倒的な防御力が、この魔物の特徴の一つだ。
「残りの四本の腕には、破壊能力に特化した戦鎚、曲がる上に伸びる戦棍、相手の生命力を吸収して回復する魔剣、その時々によって変わる固定化されてない武器の四つが持たれているらしい」
この多彩な武器による間断のない攻撃は、ほとんどの冒険者パーティーでは対処出来ないものだろう。
討伐推奨ランクは12。冒険者ランクの上限が一応10となっているので、極めて強力な装備に、連携の取れたパーティーで挑むしかないと言われている。
もっともその条件を満たした上で、ヴァリスの父のパーティーは壊滅したのだが。
「さて、この中で一番注意しなければいけないのは、どれか。レナ、分かるか?」
体育座りで聞いていたレナは、しばし考えこんだ。
「……伸縮自在の戦棍かなあ。射程がいくらでも伸びるし、回避も難しそう」
「違う。それは分かっている。分かっているものは、対策を立てればいい」
アリウスはすぐに否定した。
「じゃあ四番目の、固定化されてない武器」
「当たりだ」
すぐに肯定もした。
戦闘でも戦争でも、恐ろしいのは未知の敵だ。
有史以来戦争は、新兵器の開発と運用によって、旧時代の軍を滅殺してきた。
だが実のところ、その新兵器を詳細に分析し、旧来の装備で返り討ちにした例というのも多いのである。
いずれはその対処法も対処され、やがては新兵器が運用法と共に平準化されるのだが。
「つまりは、敵と自己の分析が一番大切なわけだ」
「ソンシやね」
「せやせや」
不思議な頷きあいをアリウスとレナはしたが、すぐに笑顔を引っ込めた。
「じゃあ一つ一つ、まず敵の武器から分析していこう。まず破壊の戦鎚……言っておいてなんだけど、これは別に対策も必要ないだろう。問題はレナに向かって投げられた場合と、副次的に足場を壊された時の対処ぐらいかな」
「あたしが撹乱しようか? どうせ当たってもどうにもならないし」
ティアは物理攻撃が基本的に効かない。特に斬撃や打撃は、霧になって無効化出来る。
「ティアにはあと、戦棍の方もお願いしたいかな」
「まあどっちも、当たってもどうということはない、って武器だしね」
全く吸血鬼というのは、反則的なユニットである。
判明している武器の中の最後、暴食の王イルマイールは問題だった。
「これは、ティアにも効くかもしれないから、用心だな」
効かないかもしれないが、試してみるのも怖い。
だが性能に関してはかなり精密な検証がしてある。
傷をつけたらそれがどれだけ小さな傷でも、莫大な生命力や魔力を奪っていく。
ただし盾や鎧はもちろん、服の上から肉体さえ傷つかなければ、全くその効果は発動しない。
当たらなければどうということもないのだ。
「防御突破に関しては、レオンの大剣でいいかな」
「そうだな」
物理特化の盾はともかく、魔法特化の盾の方は、レオンの攻撃を防ぎきれないだろう。
特に神剣を発動させたら、どちらの盾も粉々にしてしまいそうだが、むしろ迷宮さえ破壊してしまいそうで怖い。
本来広い戦場であっさりと勝つのが好きなアリウスは、根本的に迷宮には向いていないのかもしれない。
問題は正体不明の武器の存在だ。
一度の戦闘ごとに、それは変化するという。事実ヴァリスの父達を壊滅させたのも、その第四の武器が原因だった。
その時の武器は杖で、一瞬で武器や防具の重さが増加した。
それはわずかな時間、わずかな重量であったが、致命的な隙を発生させた。
「まあ、今回は俺がいるから問題はないけど」
「いや、アリウスの強さはともかく、魔法具の危険度は軽く見ていいものじゃないだろう」
「上手いこと言うなあ。確かに軽く”見て”みるつもりだよ」
「?」
「見て鑑定か分析の魔法で、その能力を明らかにすればいいだけだろ?」
「お前は何を言ってるんだ?」
アリウスは勘違いしていた。
これまで相手が魔法の武器を持っていても、ヴァリスがそれだけで躊躇するということはなかった。
だから普段どおりに相手の装備を鑑定して、危険がないと確認してから戦っていたのだ。
実のところ危険な物もあったのだが、アリウス基準では危険ではないのである。
「え? 見ただけで鑑定出来る? え? お前鑑定家じゃないよな?」
これまでに得た武器、たとえばヴァリスの腰の魔剣も、倒してから改めて鑑定した物である。
魔物や他人の持っている武器は、当然だが静止していることは少ない。それに対して鑑定の魔法が通らないというのは常識である。常識であった。
アリウスは相手の武器を見て、よほど――それこそレオンの持つ神剣でもない限りは、鑑定が出来るのだ。
相手の持つ第四の武器については、アリウスが指示を出すこととなった。
そして今回、アリウスはレナを守りつつ指揮に徹する。
ティアとレオンが相手の攻撃と防御をひきつける以上、当然ながらヴァリスが火力を務める。
「ひょっとして、俺に親父の仇を討たせるつもりなのか? だったらそんなのはいらない。パーティーでちゃんと、一番危険の少ない手段を考えてくれ」
精神的に成長したヴァリスは、そんなことを言ってのけた。確かにアリウスの考えた配置は、そういう意図にも見える。
だが今回は違う。
「実は俺、少しだけど調子が悪いんだ」
疑惑の視線で見つめるヴァリスに、溜め息と共にアリウスは言った。
「お前な、今日だけで何回転移使ってると思うんだ? それに魔物の持ってるランクの高い武器を鑑定するんだぞ。前に行くには集中力に問題があるんだ」
これは確かに嘘ではない。
だが真実の全てでもない。
アリウスはこの三日の休暇中、陰謀がらみに頭を使ったせいで、わずかだが戦闘勘が鈍っていると感じたのが本当のところだ。
それにアリウスが遊撃の立場にいて、レナを守りつつヴァリスを援護するというのも、形としては間違っていない。
「分かった」
そしてヴァリスを先頭に、一行は100層の広間へと足を踏み入れたのであった。
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