第66話 100層への挑戦 5

 六腕剛鬼。六本の腕を持ち、それぞれに魔法の装備を持つ魔物。

 弱点は頭部の角。硬度は高いがそこを強打されると、脳に直接ダメージが通り動きが止まる。

 もっとも人間の倍以上の身長があるので、そこを狙うのはあまり現実的でない。


「ちょっと情報と違わないか?」

 アリウスが呟いたのも無理はない。

 六腕剛鬼は兜を被り、金属製と見える全身鎧を身につけていたのだ。


 事前の情報というか目撃情報では、腰ミノつかえたうっほうっほのミノタウロスもどきだと思われていた。

 だが実際は防具の質が段違いである。話が違う。

「ああ、なるほど」

 しかしアリウスには分かった。

「あれ、武器の付属品だ」

 アリウスが鑑定した、六腕剛鬼の持つ槍。

 それは鎧の魔槍という名前であり、絶対魔法防御の鎧と一体の武器であったのだ。


「絶対魔法防御って……」

 自分が全く戦力にならないことを言われ、レナは絶望した顔になる。

「正確には一定以下の魔法を解除してしまう装備だな。俺ならともかく、レナの白色獄炎も通じないランクだ」

 一応欠点もある。

 回復魔法なども含めた、バフ系の魔法も全て解除してしまうのだ。だが今その欠点は、欠点足りえない。

「ぼっちの魔物は強いよなあ……」

 そんなアリウスの呟きをきっかけに、戦闘は始まった。




 レオンが右から、ヴァリスが左から、そしてもはや吸血鬼であることを隠さないティアが飛行して、六腕剛鬼に接近戦をしかける。

 速度を優先しているので、ティアは武器を持っていない。その期待通りに、ティアは剛鬼の攻撃を回避した。

 注意すべきは大剣のみ。そう考えれば対処はたやすい。


 レオンは魔法防御特化の盾を弾き飛ばし、物理防御特化の盾と打ち合った。

 盾の特性か弾くことも出来なかったが、これで下にある両方の盾をひきつけることに成功した。

 そして武器を持つ上の四つの腕は、三つがティアを追っている。


 ヴァリスに向けられたのは、それ自体は単純な魔法の槍。他の二人に比べたら、対処するのは難しくない。

「たあああっ!」

 剛鬼の足に切りかかるヴァリス。だがアリウスは舌打ちした。

 一瞬でアリウスの構築した魔法は、ヴァリスでも剛鬼でもなく、剛鬼の持った槍を狙った。


 重量が変化し、ヴァリスの手前の床に槍先が衝突する。

 その隙にヴァリスは、剛鬼の足に攻撃を入れた。


 魔剣の切断力が、鎧の防御を上回った。

 左足にそれなりのダメージを与えたが、致命的なところまではいかない。

「下がれ!」

 アリウスの言葉が届く前に、ヴァリスは後退していた。

 その姿があった場所に、一瞬の後には戦鎚が振り下ろされていた。

「逸るなヴァリス!」

「分かってる!」


 荒い声で返すヴァリスだが、逸らざるをえない。

 父を殺した魔物。その父より強い。

 焦り、怒り、憎しみ、それもある。だが一番大きいのは、恐怖だ。

 恐れるがゆえに、逆にそれを避けるため逸る。

 それは仕方がないことなのかもしれない。アリウスにも理解出来る。だがそれを乗り越えて、ヴァリスにはさらなる高みへといたってほしかった。


 しかしそれはまだ早かったようだ。

 アリウスは決断した。

 ヴァリスが六腕剛鬼を倒すのが、一番望ましいと思っていた。だがお膳立てをした上で、ただ殺すことも出来ないのでは話は別だ。

 ロキやオットーは不本意かもしれないが、自分だって不本意だ。しかしヴァリスの成長をずっと待っていられないのがアリウスな以上、ここは責任を取るべきだろう。

 後のことを考えれば、ここが分岐点であった。


 ヴァリスの横にアリウスは並んだ。

「お前じゃ無理だ。俺が代わる」

 それはヴァリスを深く傷つける言葉であった。




 アリウスは跳躍した。

 ティアよりも高く。そして空間を横に蹴った。

 横に蹴った後、前に蹴った。

 剛鬼の背後を取った。

「”轟け”」

 振り返ろうとした剛鬼の顔に、ティアの魔法が着弾した。それはダメージを与えるものではなかったが、わずかに剛鬼の視界を乱し、それによって致命的な隙が出来た。


 シャムニールは剛鬼の鎧を、肩口から一直線に下まで切り裂いた。

 左側の二本の腕が、ぶらんと垂れ下がった。三本目の腕も動かない。

 そしてこれほどの傷を受けては、間違いなく致命傷である。


 痛みの中で弱々しくもがく剛鬼から、レオンとティアは距離を取る。

 それを呆然とヴァリスは見つめていた。

「とどめ、さすか?」

 ヴァリスの横に着地して、アリウスは声をかけた。

 ヴァリスは動かない。

 アリウスは無言のまま進み、剛鬼の首をはねた。


 戦いは終わった。




 ヴァリスの前に剣がある。

 大きな剣だ。父が大切にして、そして危険だからと一度も触らせなかった剣。

 今の自分には、とても扱えないであろう大剣。


 ヴァリスはそれに触れることが出来ない。

「まあ、一応目的はこれで終わりだよな?」

 処理すべき感情が多すぎて、頷くことも出来ない。

 気持ちは分からないでもない。アリウスもそれまでに、散々似たようなことをやらかしたからだ。

 困っている人に代わって、その困難を解決してあげる。

 それは一見人助けにみえるかもしれないが、困難を解決するための努力機会を奪う行為でもあるのだ。


 だが何度かそれをし、またそれをしなかったことにより、アリウスの中にはある程度の基準が出来ていた。

「お前の人生はまだまだ続いていく。まあずっと目標にしていたことが、あっけなく他人の手で解決されたのは、ちょっと理不尽だと思うよ」

 その理不尽な行為をおこなったアリウスが、そんなことを言ってのける。

「これからどうする? 普通に冒険者を続けるか? それとも親父さんでも至らなかった最下層を目指すか? 俺たちは最下層を目指すから、付き合ってくれてもいい」

 少なくとも現段階でも、レナの護衛程度には役に立つ。

「いっそのこと冒険者やめるか? 男のふりして頑張るよりも、女として普通に結婚して子供産むのも選択の一つだぞ。お前、料理上手かったしな」

 そこまで言われてようやく、ヴァリスはのろのろと動き出した。

「気付いてたのか?」

「え、女の人? 確かに男にしては細いっていうか、綺麗っていうか、美人っていうか、可愛いとは思ってたけど」

 レナは気付いていなかった。そういう娘なのである。


 ちなみにレオンは気付いていた。彼は鎧や服の上から、相手の骨格や筋肉を読み取ることが出来る。ちょっと変態的な観察力だが、彼は変態ではない。

 ティアは匂いで一発で気付いた。だからこそ握手したのだ。ちなみにティア判定によると、ヴァリスは処女である。

「まあ俺と同じようなことしてたから、すぐ気が付いたよ」

 ヴァリスの脳の働きは鈍い。それでも今の言葉の意味は分かった。

「アリウスも、女なのか?」

「本名はアーリアだ」


 アーリア。実はそこまで珍しい名前でもない。

 だから名前だけでは、東方の英雄には結びつかないだろう。

「そっちは?」

 女だと分かっていても、名前までは調べようとは思わなかった。

「……ヴァリシアだ」

 隠しておくこともない。ヴァリシアはそう言って、形見の大剣を手に取った。


 剣は思ったよりも軽かった。

 そしてヴァリシアが扱える程度に、形が変わった。

「これは……」

「サイズ調整機能付きか。珍しいな」

 サイズと重さは、武器を選ぶ点で重要なものである。

 下手に攻撃力を追加するよりも、よほど難しい付与だ。だが武器というものの本質からすれば、有用であることは間違いない。

 手に入れたばかりの魔剣が早くもスペア武器になったが、別に問題ではないだろう。




「さて、100層への登録も済んだし、ここから最低10日は休む」

「反対だ」

 アリウスの言葉に即座にレオンが反対した。

「休む人~」

 レナとティア、そしてアリウスが手を上げた。

「休まない人~」

 レオンだけが手を上げた。


 怖い顔をするレオンだが、それで意見を変えるアリウスではない。

「まあしばらくは一人で潜ってもいいんじゃないかな。でも100層以降は幻獣が出るから、さすがに気をつけた方がいいとは思うけど」

 アリウスでさえそんなことはしたくない。

 だが100層を突破したメンバーは、今ここにいる者だけだ。

「あとは剣の魔王に協力して、100層を突破するとか」

 適当に答えただけだが、意外とこれはいいかもしれない。


 元々実力は高い剣の魔王だ。アリウスは圧勝したが、もちろん彼らは弱いわけではない。

 レオンとの連携は心配だが、元々レオンは誰とでも合わすことが出来ないわけではない。

 レオン一人でも六腕剛鬼は倒せるだろう。そして100層からは、さすがに一人では脅威度が分からないので危険だ。

 レオンは仲間だが、強要する関係ではない。


 頷いたレオンに、あとは任せるだけだろう。

「よし、帰って……寝るにはまだ早いか」

 ティアが外に出られない。

「じゃあ101階層をちょっとだけ見ていこうか。ただし、ヴァリシアはもう帰ること」

 言われたヴァリシアも、反対ではない。

 今の精神状態では、格下の相手でも不覚を取るかもしれない。ましてや幻獣種をや。


 ここでもアリウスは少し間違えた。

 精神状態が不安定なヴァリシアを、一人で帰すべきではなかった。せめてレナだけでも付けておくべきだった。

 だがヴァリシアには考える時間が必要だと思ったのだ。そしてギルドやクランには、彼女の相談に乗ってくれる人がいる。

 だから結果だけを見て、間違いだと言うのも酷かもしれない。


 しかし選択は間違いであり、事態は大きく動く。

 そしてアリウスは自分の策が、不本意な形で台無しにされるのであった。 

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