第64話 100層への挑戦 3

 97層の攻略が始まった。

 ここまで来ると空気中の魔力さえ濃密になり、探知系の魔法が使いにくくなる。

 もちろん人体への影響も大きく、レナなどは歩くだけで体力を削っていっている。


 だが収穫は多い。

 主に金銭的な意味で。

「ふおおおおっ、いい魔剣出たああああっ」

 感動しつつ魔剣を持ち上げるヴァリス。なんか変な声出てる。キャラ間違ってる。

 これまでも数々の魔法の武器は出ていたが、彼のお眼鏡に適う物ではなかった。

 あるいは重さ、あるいは長さ。剣士が剣を選ぶのは当然である。

 もっともレオンのように、メインの武器と通常外の武器を使い分けるのも、それはそれで理に適っている。

 いくら使い慣れている剣でも、狭い洞窟で長剣を振り回すのは愚かなことだ。そんなことではゴブリンにも殺されるだろう。


 そんなわけでヴァリスが手に入れた剣は、今まで使っていたものとほとんどバランスが変わらず、それでいてより強力な魔剣であったのだ。

「本当にそれでいいのか?」

 アリウスはおよそどんな武器でも扱ったことがあるが、この世界に転生してからは、あまり重量武器は持たない。

 それを使うよりは素手の方が確かという場合が多いのだ。

 剣の魔王を相手に、実質素手で完勝したのは事実である。


 目を輝かせながら魔剣を見つめるヴァリスに、アリウスは今まで何度も言おうとして、結局言わなかったことを言った。言わざるをえなかった。

「親父さんの魔剣を取り戻したとして、それ使ったら逆に弱くなるんじゃないか?」

 ヴァリスの手から魔剣が落ちた。危ない。




 己の存在意義にさえ関わることかもしれないが、せっかくなのでアリウスは、剣の奥義とも言えるものをいくつか披露してみた。

「まずは光牙という技だな。これは鞘の方にも工夫しなければいけないので、今は見せるだけな」

 ヴァリスもだがレオンも、興味深そうにそれを見ていた。


 鞘に左手を当て、右手だけで柄を握る。

 握る力は極力弱く。最後の瞬間まで脱力を心がける。


 ひゅん、と空気が鳴った。

 過程を飛び越えて、両手で持った剣が、振り下ろされていた。

「すげ~、居合い切りだ!」

 あまり興味がなさそうだったレナが、一番無邪気に驚いていた。

「違う。居合いとか抜刀術を、勘違いしてるだろ」

 実はアリウスも勘違いしていた。というか今もまだ勘違いしているのかもしれない。

 日本出身で、本物の日本刀の使い方を熟知していた転生者など、そうそういるものではなかった。


「よく勘違いするのが、抜刀術が最速の技ということだな」

「え、違うの?」

「片手で鞘から抜いて、相手に向かって振る。それを速くしていっても、既に抜いた状態から両手で構えた剣の速さに、勝てるはずだないだろう?」

「あ、あれ? でもマンガでは」

「マンガだからな」

 レナは愕然とした。

 サンタが実在しないと知った時のような、不思議な喪失感があった。


「居合いも抜刀術とは別物だ。そもそもスポーツ化した剣道では扱わない真剣を扱うための技術が居合いだ……と聞いた気がする」

 アリウスはあまり日本刀での戦闘に興味がなかったので、話半分に聞いていた。

「あと刀と剣では、そもそも武器としての性格が違うんだ。俺の今使った技は光牙であって、他の世界の他の呼び方は知らん」

 首を傾げるレナと違って、レオンとヴァリスは厳しい目でアリウスを見ていた。




「次が流星だ。これは正確には、技と言うより型だな」

 アリウスは何度か剣を振った。そして静止し、また剣を振った。

 それを何度も繰り返した。

 ヴァリスは気付かなかったようだが、対人戦闘も多くこなしてきたレオンには分かった。

「動きを誘導する技か」

「そうだ。初見でこれを避けられる剣士はまずいない」

 魔物相手には全く役に立たないし、無手の相手にも通用しない技である。相手が同じ剣士で、しかも似たような剣を使うという限定されたものだ。

 ちなみにティアと最初に戦った時、アリウスはこの技の後に反撃を食らって負けそうになった。


「最後が……これは技と言うより、心構えと言うか、まあ概念に近いんだが」

 剣を構えたアリウスが、立ち上がるようにヴァリスを促した。

 普通に対しようとしたヴァリスの喉元へ、アリウスの剣先が突きつけられていた。

「相手の虚をつく、とでも言うのかな? どんな時も油断しない。常在戦場とでもいうのか。これは無の一閃という。確実に殺す一度の攻撃、ということだ。まあ必殺技を作っておけということかな」


 へ~といささか間抜けな顔でそれを聞いていたレナであったが、疑問を問うのは一番早かった。

「結局のところ、どの武器が一番いいのかな?」

「そんなものはない」

 アリウスの言葉は簡潔だった。

「武器は身長、体重、筋力などと言った肉体性能によって選ぶべき物は変わるし、同じ人間でも相手や状況によって適切な武器は違う」

「でもそんなにたくさんの武器、持っていけないよね?」

「だから一つの武器を、状況によって違う使い方をするというのが一番正解に近いかな」


 狭い部屋で暗殺者が使う武器。迷宮攻略で魔物相手に使う武器。軍の一員の兵士として使う武器。

 それぞれ全く違うものだ。だからアリウスは武器に関しては、剣と槍、そして無手を重要視している。

 あと、魔法が使えるというのも大きいだろう。武器によっては移動に不利な物があるので、亜空間倉庫を使えるアリウスは、自然とその前提からして違う。


「レナ、お前の一番の強みは、魔力量だ」

 適切ではないが極限まで搾り出す訓練を行っていたため、レナの魔力量はすさまじく高い。

「二番目が、前世知識から発想する戦術だ」

 散々内政チートを行ってきたアリウスとしては、こちらの方が自信を持って言えるのだが。

「だからお前の課題は、その長所を伸ばすこと。そしてその長所が通用しない時に、すみやかに脱出するか、防御に徹して状況の変化を待つことだ。短剣を含めた体術を教えているのは、そのためのものだ」


 アリウスは知っている。地球から転生した転生者は、近接戦闘よりも魔法の方を習得しようという傾向がある。

 だが実際のところ、魔法の才能というのは珍しいのだ。おそらくは前世になかった力を、特別な何かと勘違いしているのだろう。魔法は格闘、剣術、射撃と同じ、単なる技術だ。

 ちゃんとした指導を受け、長年努力しなければ、実を結ばないのは剣術も魔法も同じである。

 イメージだけで構築出来るほど、この世界の魔法は安易ではない。




 攻略は順調だった。

 予定通り三日目の夕方、パーティー黄金は100層への階段を目にしていた。

「長かった……」

 しみじみと呟くヴァリスであるが、もちろんこの先こそが困難なのだと分かっている。

 今日はここで探索終了。また91層からここを目指すと思うとそれだけで疲れるが、一度経験したということは精神的にはかなり余裕を持てる。

 まあそれで注意力が散漫になり、死んでしまうのもよくあることなのだが。


 アリウスは感慨にふけるヴァリスを尻目に、100層への階段横に魔方陣を設置していた。

「師匠、何してるんですか?」

「ああ、なぜか誰も今までやってなかった、チート行為だ。いや、別にチートじゃないか。単なる裏技だな」

 関心を持って、他のパーティーも集まる。説明を求める。

「そういえば今までの階層でも置いてたわね。結局これ、なんなの?」

 ティアはアリウスにべったりくっついているが、彼の思考などを読み取ったりしようとはしない。

 まあ完全にアリウスのやってることが、この世界の技術では理解不能だということでもあるのだが。


「この間、10層ごとにしか転移が出来ないって言ってただろ?」

 うんうんとティアが頷いている。

「あと、違う階層への転移も出来ない。でも逆に言えば、同じ階層の中なら転移は出来るんだ」

 ここまで言っても、なかなかぴんとこないようである。

「この階層に下りてきた時にも、魔方陣置いてただろ?」

 うんうんとティアが頷いている。

「つまりその階層の降りてきた入り口から、次の階層へ降りる出口までは、転移が可能なわけだ」

「あ」

 と思わずレナは声を上げた。


 つまるところ、だ。

「階層主がいない階層は、階段前から階段前まで、転移して魔物と戦うのを避けられる」

「でも、迷宮に置いた物はいずれ迷宮に吸収されるだろ?」

 ヴァリスが言う。それが迷宮が、魔物の死骸塗れにならない理由だ。

「ああ。だから吸収されないように結界にした。迷宮内部で宿営する時も、魔法具で魔物の接近を探知するだろ? 稼動させておけば数日は吸収されないんだ。実際にもう91層からここまでは検査してある」

 これはすごいことだ。

 迷宮の攻略において、革命的とも言えるものだ。

「だけどまあ、俺たち以外には使えないけどな」

「なんでだ?」

 ヴァリスは素直に不思議に思った。

「今までやっていなかったのには、一応理由があってな。魔方陣を適切に設置出来るような人間が、今のところ開発者の俺しかいない。つまり今まで開発されたことがなかった。それと転移の魔法を魔方陣を使って正確に発動出来るのも、俺しかいない」

 言われてみればその通りであった。


 しかし実現性はともかく、方法としては間違いなく画期的だ。

「いずれはこの方法が、深層では主流になるかもな。迷宮の本当の主が、排除しない限りは」

 この方法を使えば、間違いなく迷宮の探索は楽になる。

 だが迷宮を神域とする神が、それを許容しなければなんらかの方法で排除するだろう。

「今回は丁度いい試験だな」

 気楽そうに言うアリウスだが、ヴァリスはその言葉に自信を感じていた。


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