第8話 令嬢の救出 1

 アルトリア王国は半ば内乱の状態にある。しかし大陸の他の国が完全に内乱状態になってる場合が多いことを考えると、これでもマシな方なのだろう。

 王都を発して三日目の夜。アリウスはティアに、現在の国内情勢と、一部の国際情勢を語っていた。


「つまり妾腹だが聡明な第一王子と、正妃の生んだ短慮な第二王子、どちらを後継者とするかで、国が割れているわけだ」

 アリウスは簡潔にまとめたが、これに各諸侯の継承争いが絡んでいるため、状況が複雑になっている。

「それじゃあアルの家は第一王子派だよね?」

 当然のように言ってくるが、アリウスは苦い笑みを浮かべる。

「いや第二王子派……だった」

「だった?」

「ロッシ大公家との関係が切れかけているから、親父の判断次第では、完全中立に立場を変えるかもしれない。元々はそうしたかったんだ。上二人の兄貴は積極的に賛成するし、下の兄貴も消極的に賛成するだろうな」

「……なんで今まで、第二王子派だったわけ?」

「そこが親父の政治下手なところだ」


 政治とは調整能力と交渉能力がものを言うと、アリウスは思っている。そういった目でネーベイア家を見ると、一番判断力に優れているのは下の兄のハロルドだ。というか上の二人は脳筋すぎる。

 アリウス自身はそういったことも出来なくはない。だがアルトリア王国の情勢や己の立場を考えると、表に立って影響を振るうことは難しい。せいぜい陰で暗躍するか、軍師的に策を考えるだけであるが、それを活用するのは父でも難しい。

 ネーベイア家は武人は多いし、軍略家も抱えている。だが決定的に政治力を持つ人材を欠いている。交渉を任せられる人間も少ない。文官もアリウスの作成した制度でかなり登用したぐらいだ。

 その意味ではハロルドが王立学園で伝手を作っているのは、将来的に頼もしいことなのだが。


 王家の後継者争いとは別に、それぞれの王子に味方したり、あるいは中立を保つ指針を決めるため、各諸侯の多くもお家騒動が発生している。特にそれは西部において顕著だ。

 おそらく西方のザバック王国が、ひそかに介入しているのではないかとアリウスは考えている。ザバックから軍事的にアルトリアを攻めるのは地理上の問題で難しいが、謀略をもって混乱をもたらす事はそれよりも容易だろう。

 そしてその間に北と西へ勢力を伸ばす。王位を継承して競争相手だった兄弟を皆殺しにしたという若年の王は、少なくとも統治と侵略に関しては卓越した手腕を持っている。

「冷徹で冷酷で、有能で野心的な若い王。周辺諸国にとっては脅威だ」

「そんなのが隣にいるのに、国内で争っているの?」

「そこが人間の悪いところというか……特徴だな。吸血鬼なら完全実力主義なんだろうけど」


 吸血鬼は人間から見て亜人と分類されている。人間はこの大陸で最も勢力の強い種族だ。

 亜人の中でも人間と友好的な亜人、敵対的な亜人がいるのだが、吸血鬼は本来後者だ。しかし吸血鬼でも人間と同じように、考えが一つというわけではない。

 ただ敵対的な亜人の多くは、その個体の持つ武力を重要視する傾向が強い。だから王権は強く、しかし強いがために頭を討ち取られると組織自体が霧消する。




 セレンティアと出会ったのは二年前。アリウスが魔境の最奥を探索していた頃であった。

 魔境は竜脈とは別の、大地から瘴気が噴出すところに発生する。そこには魔物が棲み、人間や温厚な亜人の脅威となる。

 その発生源を突き止めるために一人で踏み入ったのがアリウスである。


 普通に徒歩であれば一ヶ月はかかるであろう距離を三日で踏破し、アリウスは神代に作られたと思われし古城を発見した。

 そこに眠っていた魔境の主がティアであった。

 侵入者であるアルに対し、ティアは問答無用で攻撃を行い、その結果アリウスが勝ってティアを従属させた。

 というか積極的にティアが従属してきた。


 魔境の支配者であるティアは、それ以来魔境の外に魔物が出るのを防いでいた。おかげでネーベイア辺境伯領は魔境対策の軍事力を他に向けることが出来、発展することとなったのだ。

 そんなティアは、アリウスが領地を長期間離れると聞いた時、当然のように同行を申し出た。

 願ってまとわりついた。

 結局アリウスが折れて同行を許可したのだが、吸血鬼が旅に出るというのは、非常に難しい。


 吸血鬼は完全に夜行性の亜人、あるいは魔物の一種とさえ思われている。実際には人間と混血が可能なので、亜人であることは間違いない。

 太陽の光の下では満足に動けないどころか、通常の個体は灰となって消滅する。

 真祖であるティアであってもそれは例外ではなく、屋内であってもその力は漸減していく。

 つまり完全に日光を遮断する箱が必要であり、それを運ぶための馬車が必要であった。


 当初アリウスは徒歩か、騎獣一頭と共に旅をする予定だった。

 しかしティアの我儘を許したため、馬車が必要になり、それを牽く馬も必要になった。

 馬の世話は大変なため、速度は出ないが頑健で粗食に耐えるロバを扱うことになった。

 これでは獣道のような細い道は使えず、結局のところ旅の速度は遅くなるのだが。

 気の長いアリウスはそんなことは口にせず、ティアの我儘を容れた。




 一緒に旅をすると言っても、吸血鬼と人間では、生活時間帯が違う。

 ましてロバを休ませる必要からも、この旅はかなり予定よりもゆっくりとしたものになる。

 しかし同行者が一人もいないというのも寂しいので、アリウスはそれについては我慢することにした。


 就寝前の会話を終え、さて寝ようかとアリウスは荷台の上に登る。

 ティアと二人並んだら窮屈。そんな小さな馬車である。

 もっともティアは「だがそれがいい」とご満悦なのだが。


 そんなティアが棺桶に横になろうとして、小鼻を動かした。

「どうした?」

「血の匂い」

「ふむ」

 吸血鬼であるティアは、当然ながら血の匂いに敏感だ。特に人間の血には。

 ここらは強弱の違いこそあれ、常時西からの風が吹く。

 常人の知覚するところでないが、アリウスは常人ではないし、ティアは吸血鬼の真祖である。


 探知の魔法を使ったアリウスは、少し考えた。

「二つの集団が争ってるな。守っている方はどこかの正規兵だ。襲っている方は魔物も含めた傭兵かな?」

「どうするの?」

「どうしようか」


 無視してこのまま寝ようかと、一瞬アリウスは思った。

 しかし翌日街道を歩いて、散乱した死体を見れば気分が悪くなるかもしれない。

「少し見てくる。ティアはゆっくりでいいから、馬車と一緒に来てくれ」

 そう言ったアリウスは一陣の風となり、街道を西に走った。

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