第79話 ネーベイア辺境伯領 4

 東方諸侯の軍が集結したのは、奇しくもアーリアがゴルゴーン将軍を討ち取った地であった。

 ゴルゴーンの戦い、となぜか敗北した側の名前が付いた戦いは、広大な平野部と、それを見下ろす丘陵部でなされた。

 その丘陵部に総司令官であるロッシ大公の長男ゲルゼルが陣を敷き、眼下の光景を眺めている。


 七万。口にすればただの数字だが、実際にはかなりの大兵力だ。

 計算によるとアルトリア王国の動員可能兵力は、後先を考えなければ30万以上になる。

 実際にはそれを食わせるだけの補給部隊が必要になるため、攻勢を考えると10万が現実的な限界になるだろう。

 これを東方の諸侯だけで行うのだから、正直なところ兵站に不安は残る。


 だが、国境の砦までなら話は別だ。

 道は狭く険しいが、道のり自体は完全に把握してある。

 さらに今回アーリアは、自前の兵力というか作業員である工兵を、全て投入するつもりだ。

 工兵部隊は砦や城を落とすのにも向いているが、今回は道を整備するために使う。

 砦の攻略は、それによって運搬が可能になった投石器などで行う予定だ。




 作戦によって、軍は主に二分される。ロッシ軍とネーベイア軍だ。

 ロッシ軍は国境までの補給、ネーベイア軍は砦の攻略。

 ガラハド王国の領地への侵攻は、ロッシ軍が主力でネーベイアは補給を担当する。


 このロッシ軍主導の戦争を、ゼントールが受けたのは、まずロッシ家との決定的な対立を防ぎたいということ。

 そしてそれよりも重要なのは、東の国境の砦を、確実に自領へ組み込むためだ。


 ロッシ大公は気付いていないのかもしれないが、砦さえ抑えておけば、たとえ東から諸侯がネーベイアを攻撃しようとしても、砦で防衛することが出来る。

 東の砦を編入することの重要さを、ロッシ大公は気付いていないのではないだろうか。

 もちろん好意的に、破綻してしまったネーベイアとの関係を修復するために、共同で利益を求めようとしたとも考えられる。

 忘れてはいけないが、ロッシ家の目的はアルトリア中枢での権力の掌握である。

 ネーベイアのような地方での覇権を握ることとは、本来なら目的が重なることはない。


 そう、ゼントールとなら、ロッシ家はまだいい関係を築けるのだ。

 対立するのはアーリアだ。


 アーリアはアルトリア王国の統一を考えている。

 内乱状態を終息させ、中央集権化まで考えている。

 究極的な目標は、一応は大陸の安寧である。

 個人的な目標とは違うが。


 そのためにはロッシ家は必要ない。むしろ邪魔だ。

 アルトリア王国内で利用出来るのは、国王レベルである。


 アーリアはこの先の最も都合のいい展開を、父に話した。

 ロッシ派の貴族がガラハド王国内で新たな勢力となった上で、それをネーベイア派に組み込んでしまうことである。

 さすがにそれは都合が良すぎるな、とゼントールは言ったが、アーリアは承知の上である。

 もちろん逆に最悪の展開も考えている。

 国境の砦を攻略する上で、ロッシ派との関係が対立し、裏切られて混乱することだ。


 ゴルゴーン将軍を失ったガラハド王国は、大軍を率いられる将軍がいない。

 よって謀略の類をもってしか、この侵攻を止められることが出来ないだろう。

 潜在的にお互いに敵意があるロッシとネーベイアを反目させることは、通常ならば可能だろう。

 しかし現実は無理だ。


 今回の侵攻にあたって、ロッシ軍の将帥は大公嫡男のゼルゲルである。

 人となりはアーリアの知る限りにおいて、現実的な貴族、とでも言うべきだろうか。

 若いが調整能力は高そうだ。軍議においてもそれが分かった。

 そしてネーベイア軍はゼントール自身が率いる。

 兵力はロッシ派五万に対しネーベイア派二万だが、実際は倍以上の力の差はないだろう。

 戦争は数であるが、戦闘は将校の質に左右されることが少なくない。




 日が昇り、軍が隊列を組んで動き出す。

 ネーベイア軍だけならばともかく、ロッシ軍は足が遅い。補給を担当しているから当然だが、それでも比較して遅い。

 アーリアは先行する騎兵の中で、ネーベイアの領都に置いて来た仲間達のことを思った。


「というわけで、しばらくはここにいてほしい。話は通してあるんで、城で魔法を習ってもいいし、冒険者をしてもいいけど」

 アーリアはレナとヴァリシアに説明する。

「どれぐらい?」

「まあ、長くても半年かな」

「それは長い」

 レナはその間、ネーベイアの領都にいる魔法使いに、魔法を習うことになった。


 ヴァリシアは冒険者をしようかと悩んでいる。知らない土地で知らない人の間では、本質的には怖がりの彼女は迷う。

「別に無理しなくてもいいんじゃない? アルが養ってくれてるんだし、ギルドで訓練でもしてたら?」

 完全に日光を遮断した部屋なので、ティアも気だるげに寝転んでいる。

 そう、この部屋は土足禁止の、ふかふかの絨毯が敷かれた部屋なのだ。


 ヴァリシアはネーベイアに着いて数日、ようやく精神的に回復してきていた。

 日課であった朝の素振りなどもして、室内であったらティアとも話したりしているし、アーリアが残した舎弟の騎兵も、色々と便宜を図ってくれていた。

 そこで冒険者として、また一からやり直そうかと考えていたりもするようである。


 ヴァリシアが復調するのを見てから、ティアは長期間の睡眠に入ることに決めた。

 元々吸血鬼は、そういう種族なのだ。吸血衝動を抑えるためにも、特に用がなければ寝ていることが多い。

 このようにしてアーリアのパーティー一同は、それなりの生活を始めたのである。

 遠征が一段落するまで、早くても二ヶ月。砦を落としたらネーベイア派はある程度の戦力を引き上げる予定である。

 しかしその先が読めない。ロッシ家は謀略上手なだけに、アーリアがいた方が間違いはないのだろうが。


 アーリアの本来の目的は、人間世界の卑近なところにはない。

 かといって人間であることを捨ててしまえないのも、アーリアという存在であるのだ。


 先陣に混じって馬を進めるアーリアは、未来の可能性を様々に想像した。

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