第80話 国境の砦 1
アルトリア王国とガラハド王国の間には、標高はそれほどでもないが、峻険な土地が多く、両者の間を大規模に交通できる道は一つしかない。
その道を封じて要塞化したのはガラハド王国であり、単に砦と言われれば、その国境の砦を指す。
軍事的要地であるがゆえに、ネーベイアのみならずアルトリア王国の軍が、この砦を攻めたことは何度もある。
だがその度にその攻撃は阻まれた。阻んだ時の指揮官には、今は亡きゴルゴーン将軍もいる。
国境の砦が鉄壁を誇るのは、砦自体の性能と、その周辺の地形にもよるが、最も大きな要因は、砦に至るまでの移動手段にある。
アルトリア王国が砦を攻める場合、せいぜい商人の隊商ならばともかく、大軍が移動するには地形が適していない。道が細いのだ。
これは初陣の大勝利において、アーリアが砦を攻められなかった理由の一つでもある。
道が細いというのは兵力の展開にも時間がかかるし、何よりも補給が難しくなる。
大軍が移動するのは道を利用するしかないが、補給部隊を攻撃する程度の小隊ならば、どうにか移動できる程度の間道はある。
だからアルトリア王国が砦を攻めると、おおよそは補給に限界が生じ、退却することとなる。
そして退却路が狭いため、ガラハドからの追撃に対応が遅れ、大きな被害を出すこととなる。
これまで何度も戦闘は行われてきたが、おおよその流れは全て同じである。
まったく、これほどの砦を築くとは、ガラハドの建設者は地勢を見る目があったと言えよう。
さて、そんな砦の攻略は、砦にいたるかなり前の地点から始まった。
アーリア肝いり、工兵隊の出番である。
今までの砦攻略作戦が失敗したのは、究極に単純化して言えば、補給の失敗である。
そして補給が失敗した原因を調べれば、補給線が満足でなかったからだ。
つまり道を整備していない。
ネーベイア軍は砦を攻略するために、まず補給線を確立することを考えた。
ちなみに万一砦を落としても、今のままでは補給が滞って、すぐに取り返されるという計算もしてある。
よってまずは、砦までの侵攻ルートを拡大したのだ。
ネーベイア軍の過半は、工兵と化した。
中には文句を言う血の気の多い兵もいたが、アーリアの兄二人までが兵卒に混じって土木作業をしているので、ほとんどはその命に従った。
あまりにも巨石などで道の拡張が難しいところは、工兵の中の魔法兵が活躍した。
アーリアは基本的に、魔法使いを火力として使わない。
魔法使いとは育成に時間がかかる上に、素質を持った人間が少ないのだ。
よって戦場においては、工兵部隊に付属するか、各部隊に少数配属して、念話の魔法での連絡要員として使っている。
そんなネーベイア軍を筆頭に、ネーベイア派の兵士達は土木作業に邁進した。
一部の武功を求める騎士などはともかく、徴兵された一般兵などは、それほど士気が高いわけではない。
なので戦うよりは工事をしている方が、気は楽なのである。
実のところ共同作業を行うことで、兵の練度は上がっていたりする。
職業軍人になりつつあるネーベイアの兵も、工兵の大切さは普段から言われているため、土木作業に偏見はない。
肉体労働者にロッシ派の軍は補給を行う。
そんなちょっと珍しい光景が、しばらくは続いた。
しばらく――そう、二週間もかけてようやく、アルトリア軍は砦を見晴らす大地へと辿り着いていた。
細くはあっても道を使えば、半日の距離である。
それを恒常的に使える街道にまで改造してしまうところに、ネーベイアの本気が表れている。
これまでの場合はたとえ道を整備しようとしても、砦から出てくるガラハド軍によって、それが妨害されていた。
しかし砦の常備兵は3000。多いときでも5000というのが、国境の砦のガラハド軍の兵数である。
今までなら奇襲でもって損害を与え、撤退させていた。
しかし今回はそれが不可能な理由があった。
一つには単純に、兵力が少ないからである。
ガラハドは現在、東と北から侵攻を受けている。特に北からのそれは喫緊の対処が迫られていた。
使える兵は一人でも欲しい。よってこの砦の駐在兵の数は、普段の半数である1500しかいない。
また他の理由としては、アルトリア軍があまりにも多数であったためだ。
七万という数は、それだけで既に圧力である。これに奇襲を加えるというのは、さすがに無茶である。
そして最大の理由は、将の欠如であった。
もちろん砦の主将はいる。しかし将校レベルに多大な損害を受けたガラハドである。北へ向けないにしても東にも有能な将校は必要なのだ。
国境の砦は鉄壁であるという幻想が、ガラハド首脳部の判断を狂わせていた。
どのような優れた城塞であっても、指揮官が劣悪であり、兵の士気が低ければ陥落する。
この場合の指揮官は決して無能ではなかったが、大胆な攻勢を起こす度胸はなかった。
もっともそれは正解だったろう。
もしも下手に奇襲などを行えば、充分に準備したアーリアの騎兵の反撃を受け、壊滅していたであろうから。
アーリアの軍は、200の斥候兵を持っているのだ。砦の近隣の状況は、完全に把握していた。
そんな完全な準備をして、国境の砦の前に、二万の軍勢が整列している。
これまでの攻撃では難しかった、攻城兵器の準備もされている。
さらにその背後には、前面の敵以上の数が、悠然と見える。
砦の士気は将兵ともに、それだけで落ちた。
馬上から砦を見つめるゼントールは、傍らの愛娘へと声をかける。
「で、どう攻める?」
「せっかくですから、これまで使えなかった文明の利器を使うべきかと」
アーリアは自分の損害を嫌う。数が減るということは、継戦能力が落ちるからだ。
それは別としても、これまで単純な力押しでは一切落ちなかった砦を、無理な力攻めで落とそうとは思わない。
正直なところそれでも落とせそうな気はするが、万一失敗したら恥ずかしい。
これまでに何度も煮え湯を飲まされているゼントールは、忌々しそうに呟く。
「こちらが攻勢に出ると、どこからか少数で奇襲してくるのだ。一度などそれで将軍を討たれて、必死で逃げたこともあったが」
「その心配はないでしょう。砦の人数は定員をずっと下回っています。大胆な運用をする余裕はないかと」
アーリアの斥候は、ガラハドが利用しそうな間道を、おおよそ発見していた。
そこから敵が攻撃してきても、すぐに撃退出来る。あるいは逆に、そこから攻め入ることさえ可能だろう。もっとも危険性が高いので、とりあえず選択肢からは外してあるが。
「今まで受けたことのない、攻城兵器の威力を見てもらいましょう」
アーリアは余裕をもってそう言った。
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