第120話 玉座は一つ 2
吸血鬼は夜の王と呼ばれる種族である。
怪力であり、空を飛び、強大な魔力を持ち、何よりも再生能力が高い。
日光に耐えられないという以外は、全く弱点がない。少なくともこの世界の吸血鬼はそうである。
中でもティアのような真祖は、体を霧にしたり、一部を切り取って使い魔とするような、反則じみた特殊能力まである。
はっきり言ってしまえば、暗殺者としてこれ以上のものはない。
「いいよ~。最近退屈だったし、歴史に名前が残ることもしておいていいかな」
朗らかな声で暗殺依頼を受諾したティアに、さすがにアーリアも苦笑したが、吸血鬼の思考は人間のものとは違う。
吸血鬼はその弱点以外、明らかに人間の上位種族だ。
だが時に現れる突出した戦士の存在により、この大陸の支配者の位置を譲っている。
まあ活動時間に制限のない人間の方が、制限を受ける吸血鬼よりも器用だったとでも言おうか。
真祖はともかくそれ以下の吸血鬼は、人間に狩られるのが物語の中での役割である。
ティアを暗殺という攻撃に使うのに対し、防御に使う人間もアーリアは必要としていた。
「構わない」
レオンはいつも通りに低い声で短く承諾した。
彼に頼んだのは、アーリアたちが唯一生存を望む王族、タニアの護衛である。
アーリアは王族を連続して暗殺していく予定であるが、暗殺された王族の陣営が、何かの勘違いでタニアを狙う可能性もある。単に巻き込まれるということもあるだろう。
「戦争は嫌いだが、殺しあうことは嫌いじゃないし、護衛は得意だ。搦め手さえどうにかしてくれれば、守りきれる」
以前にもレオンは、戦争は嫌いだと言ったことがある。戦うのは好きな男だし、殺しあうのさえ避けはしないが、戦争は別なのだ。
戦場にいるのは兵であって、戦士ではない。
数が戦争を決める。戦士の価値を認めない場所は、彼の好むところではない。
「私は戦争も殺し合いも嫌いだなあ。いや、嫌いになったと言うべきかな」
「お前は自分の力を試したいとは思わないのか?」
「自分がどれぐらいの力を持っているかは分かってる。子供の頃はそれでも、戦うことに高揚感を持っていた気がするが、とにかく殺し合いや一方的な殺戮は、やってて疲れるし飽きるんだ」
転生を繰り返すアーリアは、生まれ変わると「またか」という気分で己を鍛えたり、知識チートを行ったりする。
強さなどというのは、己の目的を果たすための最低限でいい。それ以上は傲慢だ。
「ティアなんかも、狩りは好きだけど戦うのが好きとはちょっと違うしな」
「そうか」
初めて会った時のティアは、アーリアとの戦いを楽しんでいた。
彼女は普通に戦うのが好きなのではない。美しい者と戦うのが好きなのだ。
超然とした美貌を持つ人間が、自分の手によって血に染まり醜くなっていくのが好きだと言われたことがある。
歪んだものであるが、それが彼女なりの愛情表現なのだろう。
レオンはネーベイア家からの推薦を受けて、普通にタニアの護衛として宮廷に入った。
何かあった時はネーベイアの責任となるが、まともに戦ってレオンと戦える常人はいない。
アーリアとティアはネーベイアが極秘に他者名義で所有している、小さな家を拠点とする。
そこでアーリアは、殺していく王族の順番を確認するのだ。
暗殺という手段は本来、選択肢としてはあまり優れていない。
普通に戦って戦死するというならば、それは互いに了解の上での殺し合いであり、武門であればありふれたことである。貴族としても家同士の争いを引きずることはない。少なくとも表面上は。
だが暗殺は別だ。毒、刺客、事故などに見せかけた殺人は、その卑劣さゆえに遺恨を残す。
やるならば相手の一族を皆殺しにするぐらいの覚悟が必要だ。
しかし今回の場合は、暗殺手がティアで、争うのが互いの王族とはっきりしている。最大の利益を得る者は、全てが終わってから明らかになるのだ。
アルトリア王家に忠誠を誓う者もいるだろうが、それを納得させるためにタニアがいる。
なんならタニアを女王にして、ハロルドを王配という手も考えられるが、それは旧王家に配慮しすぎというものだ。
圧倒的な実力を持つ場合は、名分もそれに合わせた方がいい。下手に旧勢力を残すのは良くない。
アーリアという冷徹な計算を持つ人間がいてこそ、この計画は立てられたのだ。
王都の貴族や王族にとって、悪夢のような時代が到来した。
アルトリアの王位継承権は、基本的にはあるかないかの二択であり、その順位はない。
別に長子相続の原則があるので、普通は年齢が上の男子が跡継ぎとして選ばれるので問題ないのだ。
だがマルクハットとマルムークには、どちらもそれなりの正当性がある。
このどちらかに対しても、ネーベイア家が力を貸せば、そのまま勝敗は決まっていただろう。
アーリアを次代の王の正妃として迎えるという話も、内々では既にあったのだ。両者ともちゃんと正妻がいるにもかかわらず。
だが王の正妃というものにアーリアはもちろん、父のゼントールたちさえ全く価値を見出していなかった。
辺境には権威はおよびにくい。特にゴルゴーン将軍との戦いで、宮廷に足を引っ張られたと考えるゼントールたちは、わざわざアルトリア王国の権力を握るぐらいなら、独立してしまった方がいいとさえ考えていたのだ。
もちろん本気ではない。地政学的に見て、ネーベイア領がアルトリア王国の一部となるのは、ごく自然なのだ。だからこそ、今の王朝を倒してしまえというアーリアの暴論も通る。
本質的にネーベイアは、辺境の蛮人なのだ。
蛮族の流儀を知るアーリアは、冷徹な知性でもって、暗殺を開始した。
面白いことにそれと共に、アーリアの知らない暗殺までもが開始されたのは計算内だ。
疑心は暗鬼を生み、お互いを暗殺しようとする。
ティアという隠密性に極めて優れた暗殺者のいることが、お互いの不審感を高めた。
中にはアーリアたちネーベイアにとって必要となるはずの、タニアが狙われることもあった。
彼女を狙う暗殺は、必ず失敗した。レオンという護衛がいることと、アーリアもネーベイアの者の中から、身の回りの世話役を一人出していた。
レオンは暗殺者など問題にならない戦闘力を持つが、彼の入れない場所にタニアがいる場合は、さすがに守りきれない。
そういう場合にタニアが襲われた場合、レオンが駆けつけるまで時間を稼ぐのが、世話役の役割である。
暗殺者による襲撃であれば、レオンの防御を突破できる者はそういない。
だから問題は、毒殺や事故に見せかけた死、そもそもレオンからタニアを離さないようにすることだ。
その辺りは戦闘力ではなく、注意力や想像力の範囲だ。
本当に優秀な護衛は、暗殺者に殺す隙を与えない。少なくともアーリアの考える優秀な護衛であれば。
もっとも今回はタニアを、全力で守りすぎることに問題があるのだが。
ほどほどに危機に遭ってもらう方が、印象的にいいだろう。
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