第39話 冒険者登録 3

 ギルドの横にある訓練所は、それほど広いものではない。

 街の中にそんな大きな建物を、作れないということもある。

 しかし貴族の屋敷などは広大な敷地を持つため、これは単にこの街におけるギルドの重要性を表しているとも言える。


 体育館よりははるかに小さく、街道場程度。

 そんな場所で少数の冒険者がささやかに訓練をしていたが、レオンを見るとすささささと壁際に退いた。

 ほんと、何をやったんだレオン。


 入り口とは違う脇の扉から、現役の冒険者とは思えない格好の男が現れた。

 年齢はまだ若い。せいぜいレオンと同じぐらいだろう。これなら一線で活躍していてもおかしくないのだろうが、それなりの事情があるのだろう。

「マルスさん、この人たちです。……あれ? 三人でしたっけ?」

 今更ながら職員は気付いたようだが、この時間帯にティアが出てこれるわけはない。

「とりあえず三人で。残りの一人は最低ランクからでもかまいません」

 そのあたりはアリウスも確認している。

 冒険者ギルドでは受けられる依頼に、必要な冒険者ランクというものが存在する。たとえばランク1の冒険者は、ゴブリンの討伐依頼も受けられない。

 しかし実力者まで等しくランク1から始めさせるのも時間の無駄なので、こういった検定試験を受けるわけだ。


 別にランク1でも、狩った魔物の素材は買い取ってもらえる。割り引いた価格になるというわけでもない。

 ただ迷宮探索などでは一定以上のランクがなければ許可されない場合もあるし、色々な便宜を図ってもらえる。

 だからある程度ランクを高くしておいた方が、普通の冒険者は嬉しがるのだ。


 もっともアリウスの場合は違う。彼女は下手にランクを上げるよりは、最低限のランクで活動することを願う。

 目だってしまって正体がばれるのも問題だし、冒険者として活躍しなければいけない理由もない。

 どのみちレオンがいれば目だってしまう気もするが、気分の問題である。


「よ~し、じゃあ接近戦は、その二人か……って、勘弁してください」

 レオンを視界に入れた瞬間、マルスは土下座した。

「何やったんだ?」

「何も」

 レオンの返答は短いが、だいたい何をやったのかは分かる。

 遠回りにこちらを窺っている冒険者たちが、レオンを見てはこそこそと何やら呟いているからだ。

「たぶん俺TSUEEEをやったんだね」

「そうだろうな」


 アリウスとレナが小声で話している間に、職員とマルスは話し終えていた。

「本当にいきなりランク5でいいんですか?」

「というか6でも7でもいいぐらいだ。少なくとも戦闘力なら俺よりはるかに強い」

「えっ、マルスさんってランク6でしたよね?」

「だから5までしか上げられないんだよ。どのみち6以上は他に試験もあるけどな」

「はあ……」




 二人は話し合っていたが、なんとなくこういうことも予測していたアリウスである。

 改めてアリウスに向き直ったマルスは、渡された紙に目を通す。

「……おい、単独での迷宮踏破経験ありってなんだ? それと上位魔物ってのはなんだ?」

「ネーベイア領で下級神の迷宮を三つ、この間アッカダ子爵領の中級迷宮を踏破した。正確には後者はこいつと一緒だったが」

「なにっ!? それで従軍経験と、治癒魔法もあるのか。どこの貴族の御曹司だ?」

「ネーベイア辺境伯家の騎士だよ。今は放浪中だけど」

 マルスはふるふると頭を振って、三人を連れて来た職員に顔を向けた。

「おい、なんでこんなのが冒険者になるんだ?」

「冒険者ってそういうものでしょ?」

「それもそうか」

 短いやりとりで、マルスは己を無理やり納得させた。


「治癒魔法持ちはランク2からスタート出来る。そうだな、怪我人がいるから、そいつを治療して腕を見せてもらえば――」

「剣の腕だけでランク5になれませんか?」

「はあ!? ……ってまさか、剣まで無茶苦茶強いのか?」

「俺より強いぞ」

「はあ!? って、魔法剣士か。そうか」


 何やら疲れた様子のマルスに、アリウスは回復をかけてみる。

「おお? これ、治癒じゃなくて回復じゃねえか」

「どっちも使えますけど」

「……なんでもありなのか、器用貧乏なのか……。とりあえず、剣の腕の方も見せてもらおうか」


 この後、当然のようにマルスは敗北した。




 最後に残ったのはレナである。

「お願いします!」

「おい、まさかこの子も俺より強いなんてことはないだろうな」

 もはや恐怖の色を隠さないマルスであるが、アリウスにもその気持ちは分かる。

「ああ、この子は魔法使いなんで、それだけで判断してください」

「ほう。どの系統の魔法が使えるんだ?」

「あ~……」

 言われて考えたのだが、レナには今、魔法の初級段階である制御と出力を教えている。

 どういった魔法が得意とか、そういう段階ではないのだ。

「とりあえず、攻撃魔法をどれか使ってみるか?」

「はい!」


 かなりやる気でレナは返事し、訓練所の隅にある場所へ移動する。

 そこには金属製の的が置いてあった。魔法や弓の攻撃の調整をするためのものなのだろう。

「レナ、普通にやればいいからな」

「はい!」

 30歩ほど離れた位置にレナは立つ。この距離で的に当てられないのなら、戦闘で使うのは難しい。

 もっとも魔法の構築の中に、必中や誘導といった構成を混ぜておけば、絶対に当たるのは間違いないのだが。


 レナは一息呼吸すると、右腕を的に向けた。

「我は放つ、炎の閃刃」

「あ」

 次の瞬間、様々なことが起こった。

 レナの掌から生み出された光は、一直線に的を貫いた。

 何かが蒸発する音がして、的の前に煙がたった。

 そして的の向こうに、アリウスがいた。


 う~んと頭を抱えながら、アリウスはレナの元に歩を進める。

「お前な、普通にやれと言っただろ」

「普通にやったんだけど」

「あの出力だと壁まで貫通して、外に被害が出るだろうが!」

 金属の的はそこそこの厚みがあるが、レナの熱線はやすやすとそれを貫いていた。

 訓練所の壁はレンガを使っているので、その危険性は確かにある。


 しかし問題はそんなことではない。

「お前、今どうやって防いだんだ……」

 マルスが歩み寄り、破壊された的とアリウスを交互に眺める。

「どうって……普通に動いたら間に合わないから、転移で的と壁の間に入っただけです」

「いや、転移って……はあ!? 転移!?」

 内心の動揺を鎮めるべく、マルスはしばらく顔を手で覆っていた。気持ちはアリウスも分かる。

 だがレナの迂闊さが招いたことであるし、自分も注意しなかった。だから仕方のないことだ。

 やがてマルスは諦めたように呟いた。

「もういいや……。レオンとアリウスはランク5、レナはランク3からスタートな」

 そういうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る