第56話 クラン『黎明の戦士団』 2
メトスは激昂した。かくも無知厚顔の若造に、年長者の鉄拳制裁を加えねばと決意した。
「まあ待て」
ダイタン迷宮最強パーティー、剣の魔王リーダーであるメトスに、ロキは疲れた制止の声をかけた。
「なぜだ親父! そんなたわけたことを言ってるやつ、俺一人ですぐのしてやる!」
頭を剃り上げたメトスのこめかみには、怒りの青筋が浮き出ていた。
ロキはメトスの父ではないが、この父を知らない青年は、ロキを慕い父と呼んでいる。なので自然と、ロキはクラン内では親父と呼ばれることが多い。
ちなみにメトスの外見は、慕われる者にとっても怖い。
「なんでそんなたわけたことを言ってるか、考えてから行動しろ」
メトスは直情的だが、脳みそまで筋肉というわけではないので、憤然としながらもソファーに戻った。
アリウスがロキの元を辞してすぐ、ロキは休養中のメトスを呼んだ。
当然ながらアリウスの提案について相談するつもりであり、この場にはパーティーの副リーダー、回復役のセリヌスもいる。
この男は細身で、自分から荒事を起こす性格でもない。そして冷静であり、物事を深く考える冒険者であった。学者肌ではなく、官僚に似ている。
「相手の目的は、ヴァリスを孤立させることですかね?」
セリヌスはロキが考えた中で、かなり迷いながら思いついたことをすぐに述べた。
「は? なんだそりゃ」
メトスは当惑顔だが、政治的なことをやらない彼では仕方がない。
「そもそも騒動になった時点で、向こうの策に乗ったことになるのかもしれんが」
「え? つまりどういうことだって?」
「まあ事実だけを積み上げていくと、なんとなく推測が出来るんですよ」
セリヌスが説明するのには、アリウスだけでなく、現在のダイタンの事情までを考慮に入れる必要があった。
「まず大前提として、うちのクランは侯爵とあまりいい関係ではありませんね?」
「おう! あのハゲのデブの陰険野郎、いつかぶっ飛ばしてやる!」
こうやって叫ぶことで、メトスはある程度発散している。いつか本当にやりそうで怖いのだが。
「侯爵としてはうちのクランが弱ったり、混乱するだけで利があるわけです。これはいいですね?」
「おう!」
「それでな、件のパーティー黄金だが、噂の女画家を、隣町から護衛してきたんだ」
「女画家? あのカテリーナとかいうのか」
「そのカテリーナだが、調べたら侯爵家の血を引いているのが分かった」
「侯爵の野郎が何か企んでるってのか!」
「かもしれない、という段階ですよ」
セリヌスと一緒に相談しておいて、本当に良かったと思うロキであった。
「だがよ、オットー爺さんは侯爵に頭を下げるようなやつじゃねえ。あの人は逆に頭を下げさせるぐらいの人だろ」
メトスは本当に、馬鹿ではないのだ。短絡的ではあるが。
「確かにオットーさんは、先代先々代の侯爵から、色々な依頼を受けていました。でもあの侯爵が、そんなことを借りだと考えると思いますか?」
「……つまり爺さんは、向こうの手先になったってことか?」
「手先とはきつい。けれどあの人の孫が厄介な病気だというのは、侯爵もつかんでいたかもしれませんね。そして侯爵家なら、それを治療する伝手を持っていたかも」
「その辺りはまだ分からんが、爺さんの孫が治ったのは本当らしい」
メトスはまた立ち上がり、また制止された。
アリウスにとっては不本意であったろう。
オットーの孫を治療したのは、探究心と善意の入り混じったものだった。少しは人体実験の面もあったが。
ヴァリスを仲間にしようとしたのも、オットーの推薦があったのと、もう少しだけ人手がほしかったからだ。
ヴァリスの事情を聞いて、100層に挑むついでに、父の形見を取り返すのもいいだろうと考えていた。
カテリーナに関しては、本当にただの偶然だった。侯爵家の悪い噂を、一族であるカテリーナは伝えていなかった。
オットーからダイタンの一般知識として、侯爵家の悪行は聞いていた。いずれは何かに利用出来るかとも考えた。
しかしそれは今ではないし、侯爵家に味方しようなどとは欠片も考えていなかった。
だが散らばった情報のいくつかが、見たいと思うものしか見ない者たちによって、悪意の虚像を描き出していた。
ワルトール侯爵家はネーベイア辺境伯家の力を借り、苦悩しているオットー老人の弱みにつけこみ、ヴァリスの宿願を狙い撃ちし、クラン黎明の戦士団の力を削ごうとしている。
完全な誤解であるが、アリウスという規格外の存在が、その誤解を紡ぎ上げたのだ。
本当に不本意であったろう。
アリウスとしては全く策謀を練ることなどなく、ただ正面からの力押しで、物事を解決するつもりだったのだ。下手に政治や策謀を使えば、遺恨を残すことになりかねない。
冒険者は力を重んずる。もちろんそれだけではないが、力は尊敬の対象だ。全てそれで押し通るつもりだったのだ。
まさか自分の知らないところで相手が深読みし、悪意も謀略もないのに、勝手に極悪人の正統派クズ貴族の一端と思われるとは、さすがに見通していなかった。
カテリーナの件までもが影響するというのは、あまりにも偶然が過ぎる。しかし世の中にはそういった偶然に翻弄される人間もいるのだ。そういうのを運命だとか称する吟遊詩人もいるのだ。
とにかくアリウスは、この後の出来事において、身に覚えのない敵意に晒されることになる。
ヴァリスはそんな裏事情を知らないまま、アリウスたちと共に迷宮に潜っていた。
一日で10層を攻略するという無茶は、もう行っていない。ヴァリス自身はアリウスたちの力を見て、もうこのまま100層を超えたらいいのではと思ったぐらいだったが。
しかしそれをアリウスは望まなかった。穏便に、あくまでアリウス的な穏便な方法で、クランの顔を潰さないでおこうと考えていた。
今は一つの層をものすごい時間をかけて探索している。レナの修行と、ヴァリスを含めた連携を主に。
迷宮というのは深くまで潜ると、肉体にも精神にも負担がかかってくる。別に重力が強くなったり、空気が薄くなるわけではないが、なんらかの負荷がかかるのは確かだ。
そしてその環境に抵抗すべく、肉体は作りかえられていく。
何度も泣きは入ったが、幸いここは大概の死すら覆す、神の支配する神域。死ぬギリギリどころか多分死ぬという具合で、アリウスはレナに課題を与えた。
もちろん本当に死にそうになったら、すぐにアリウスは助けに入る。そのための転移である。
レナだけでなくヴァリスもまた、己の研鑽に余念はなかった。
信じられないことにこのパーティーは、レナ以外の三人は、ヴァリスのはるか上の力を持っている。その力の種類は色々であるが。
まずレオンは、実戦で鍛えられた戦士だ。主武装では大剣を使うが、試しに片手半剣を使ってもらって戦ってみたところ、ヴァリスは全く歯が立たなくなった。
魔物相手には破壊力の高い大剣が有利であるが、人間相手ではそこまでのものは必要ではない。手数を重視した装備にすれば、速度には自信があったヴァリスより、はるかに速い。
ティアを相手にした場合、人間を相手にしているとは思えない。彼女は巨大な魔物と考えていい。魔法も使えるらしいが、強化して殴る姿しかまだ見ていない。
そして圧倒的なのはアリウスだった。
中距離の攻撃魔法だけという縛りで、ヴァリスは負けた。
近距離で魔法の強化だけという縛りでも負けた。
さらに近距離で、純粋な剣術だけという縛りでも、いくつかの形で負けた。
正直、化物だと思った。
そして座り込んで息を切らすヴァリスを見て、こう言ったのだ。
「対人戦闘下手だなあ」
確かにそれは、魔物を主に狩るヴァリスなので、反論のしようもないのだが。
アリウスはレナに教える片手間に、ヴァリスにも正式な騎士の剣術を教えたりした。
実戦では全く役に立たないから、儀礼的に憶えておけという言葉を付け足して。
「本当に役に立たないな」
そしてすぐにヴァリスは飽きた。
騎士の剣術というのは、もちろん実戦に向いたものもあるのだが、決闘用の剣の型というのがある。
その型を駆使して、相手の動きを先読みして制圧する。剣術と言うよりは競技に近い。
将来的に国や貴族に騎士として仕官することを考えるならともかく、それ以外では全く役に立たないであろう。
しかしその剣の型だけを使ったアリウスに、完封されたヴァリスは不貞腐れそうになった。
「お前ってほんと、見た目通りの年齢なのか?」
思わずそんな質問も出てしまうものだ。
アリウスは答える義務はなかった。だがこのままヴァリスの自信を、徹底的に叩き折るのも、後のことを考えれば防いだほうがいいだろう。
「俺は転生者だ」
ヴァリスは少しだけ驚いた。転生者というのはそこそこ珍しいものだ。
だがそれだけでアリウスの強さの説明にはならない。
「かなり記憶はしっかりとしていて、そして前世の俺は、世界最強レベルの魔法戦士だった。更に言えば前世は、この世界よりも魔法が発達していた。つまりお前が受けていた訓練よりも優れた訓練を、ずっと長い人生で受けていたわけだ」
なるほど、それは確かに納得がいく説明だ。
転生者はざっくりとした異世界の知識を持っていることが多く、それを有効活用された例もある。
しかし細かい部分までは憶えていないので、過剰に転生者を意識することはない。優遇されることはあるが、それは結果を出すか出せそうと判断されてからだ。
そもそも転生者でも、この世界のことは最初からやり直さないといけない。せいぜいが将来的に役に立つことに、幼少期から励むぐらいしか考えつかないだろう。この世界には転生者特典はないのだ。
だがアリウスの場合は別だ。つまるところ前世でものすごく強かったから、生まれ変わっても強かったというだけだ。
「俺がお前ぐらいの強さになるには、どれぐらいかかる?」
剣を力なく下げ、ヴァリスは問う。
「無理だな。前世の訓練には特殊な魔法や機械が必要だったし、幼少期からの準備も必要だった。お前の年齢からでは、長命種が死ぬほど訓練でもしない限りは、俺の域にはたどり着けない」
ヴァリスはその衝撃的な言葉をの内容を、ゆっくりと理解した。
「つまり、あの小さいのぐらいからなら、まだ可能性はあったわけか」
「レナも無理だと思う。将来的には助手にしようと考えて育ててるんだ。あと、前世世界が同郷だという誼かな」
ヴァリスは溜め息をついた。
おそらくは自分よりもはるかに長い時間を生きた記憶を持つ、圧倒的な力を持つ超戦士が、現実を語っている。
アリウスは下手な慰めはかけない。
「まず動機が弱いんだ。何のための強さか、どういう意味の強さかを考えれば、自分がするべき努力が見えるだろう」
「動機だと? 俺はただ、冒険者として強くなりたいだけだ。100層を超えるためには、力が必要だ」
怒りすら浮かべて言い募るヴァリスに、いささか憐憫さえ覚えるアリウスだった。
「あのな、そもそもの話だが――」
そしてアリウスは、決定的なことを言葉にした。
「剣の魔王というパーティーは、少し無茶をするなら、すぐにでも100層を攻略出来ると思うぞ?」
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