第55話 クラン『黎明の戦士団』 1

 かつて冒険者は完全なならず者であった。今は統制の取れたならず者である。そう揶揄する者もいる。

 おおよそアルトリア王国周辺の国々では、冒険者ギルドが存在し、その動向を把握している。

 こういった組織が誕生するのは、下からの意思が反映されるわけではない。奇跡的な例外を除いて、上から管理のために設置されるものだ。


 それでも冒険者ギルドは、冒険者にとって有益なものであった。

 ルールがある以上、ギルドは依頼人を選別できたし、逆に依頼人に冒険者を紹介することもあった。

 おおよその組織というものは、当初は正しく見える理念をもって運用されるものなのだ。

 そして大概は、年月の経過と共に不正の温床となる。


 冒険者というのは余剰生産力の受け入れ先であり、そして交換が簡単な労働力である。

 だが完全な消耗品となれば、当然それを選択する者は減るし、むしろ野盗に身をやつした方がいいとまで思う者も出てくる。

 そんな現実に対して、おおよそのギルドは自浄作用が働くものなのだが、ダイタンの場合はそれが上手く行かなかった。

 国内最大の迷宮が存在するということで、汚職を受け止めるだけの余力があったからである。


 そんなギルドと対決し、本当の意味で冒険者を守ろうと立ち上げられたのがクランである。

 クランはギルドと交渉し、依頼人にちゃんと報酬を払わせることを約束させ、新人冒険者の育成、援助のための制度も作った。

 一つのクランだけだとまた弊害も出るかもしれなかったが、複数のクランがほぼ同時に出現したことにより、それぞれの特色が出て冒険者の流動性も高まっている。

 もちろんそんなクランを運営するためには、資金が欠かせない。だから冒険者の収入からは、かならず一定の上納金が取られる。


「それでもまあ、やっぱりクランはあるべきだと思うんだよ。な」

「そうじゃな。儂の若い頃など、ギルドの汚職はひどいものじゃったしな」


 そんなヴァリスとオットーの説明を受け、アリウスは今、黎明の戦士団の本部へと向かっていた。

 メンバーはティアを除く三人と、当然ながらヴァリス、そしてオットーの五人であった。


 本部は一つの建物を丸ごと使っていて、上の方の階は駆け出しの連中が、寮のようにして使っている。

 外部の人間と会うのに使うのは、ほとんど一階だ。そして一階は武器などの保管庫でもある。

 二階には資料などの倉庫があり、すぐには使わない武器などをしまっている。

 三階が幹部の使う部屋で、ここには他のメンバーも立ち入り禁止だ。




 その日クランマスターのロキは、一階にある部屋で、書類を片付けていた。

 専門の事務員も雇っているが、最終的な確認はロキがしなければいけない。

 冒険者であるのに冒険しない。探索者であるのに探索しない。そんな日常はロキから、冒険者であるための何かを吸い取っていく気がする。

 いかつい体格に、わずかに白い物が混じった頭髪。だいたい灰色の印象を与えるロキが書類仕事をする様子は、肉食獣が巣穴を掘っているような印象を与える。


 ドアがノックされて、返事を待つこともなく開かれた。

「ロキ、今時間取れる?」

 ヴァリスだった。クランのメンバーであり、冒険者ランクは9。この街でも屈指の戦士であり、最強のパーティー剣の魔王の一員。

 それはクランメンバーとしてのヴァリスの情報であって、ロキにとってはそれ以前に、かつてのパーティーメンバーの忘れ形見だ。

「少しならな」

「少しじゃ済まないかもしれないけど、とりあえず話を聞いてほしいんだ」

「分かった。ここでいいか?」

「……うん、ちょっと人数多いけど」


 ヴァリスに招かれて、四人の人間が入室してきた。その内の一人はロキもよく知っている。

 室内のソファーに座れるのは三人だったので、ヴァリスが正面に、オットーとアリウスが横に座った。

「爺さんもか。あとは見ない顔だが」

「この三人と、今はいないもう一人を、うちのクランに入れたい」

「ふむ、え、はあ? そのお嬢ちゃんもか?」

「セットなんだよ」

「ああ、分かった続けてくれ」

 やはりレナだけはどうしても、軽く扱われる。


「クラン員二人の保証は、一人は俺が。もう一人はロキがしてほしい。ギルドの方は爺さんが話をつけてくれてる」

「ほう」

「それでその四人のパーティーに、俺は移籍したい」


 ロキは沈黙した。

 ヴァリスも沈黙した。

 ヴァリスが本気で言っているのが分かって、ロキは頭を抱えた。


「ちょっと待て――」

「剣の魔王は――」

 ロキの静止の声に、ヴァリスは己の声を被せた。

「最も強く、最も深く潜るパーティーであることを義務付けられている」

「義務じゃあないが、そのためのパーティーだな」

「俺はもっと早く先に行きたい。そのためにこいつらとパーティーを組みたいんだ」


 頭を上げたロキは、そのパーティーを順番に眺めていった。

 凄まじい威圧が飛んだ。

 レナは腰を抜かして、レオンは無表情を崩さず、アリウスは笑顔を崩さなかった。

「怖いなあ。試さないでくださいよ」

「ふん、ガキがどうして混ざってる?」

「彼女は私の弟子なのでね。迷宮で鍛えてるんですよ」

「……死ぬぞ?」

「死なせませんよ。それに蘇生が出来るでしょ?」


 会話をしていたアリウスから、ヴァリスへ視線を戻すロキ。そこへオットーが声をかけた。背後ではレオンが手を貸し、レナを立たせていた。

「ロキよ。こいつらは最初、儂を三日間雇った。その三日間で、一日10層ずつ、30層を進んだ」

「冗談はよしてくれ」

 ロキの言葉を、オットーは手で制した。

「それから三日の休息をとり、また三日潜った。60層までを攻略した」

「おいおい」

「三日の休息の後、ヴァリスを加えて探索を再開した。一日目で70層を攻略し、儂はそこで別れた」

「その後の二日で、俺と一緒に90層までを攻略した。証人は俺だ」

「待て」

 ロキもまた、言葉を手で制した。もう片方の手は、こめかみを揉んでいた。

「そんなことは不可能だろう」

「俺もそう思ってた」


 ヴァリスの声に嘘はない、とロキは感じた。

 しかし信じるわけにはいかないとも思った。というか信じられなかった。

「証拠は?」

「ロキ、俺がこの目で見た」

「お前はただ、先に進みたいだけじゃないのか?」

「それとこれの何が関係あるんだ」

 ヴァリスは苛立ったような声を上げたが、アリウスがそれを制止した。

「ヴァリスのことが大切なんですね」

「……そうだ」

 ロキが大きく吐息をついた。


「ヴァリスはこの街最強のパーティーの一員だ。欠けてもらっては絶対に困る」

「それは今日までの話です。今日からは私達『黄金』が最強になる」

「ふざけるな」

「ロキ、これが認められないなら、俺はクランを抜ける覚悟だ」

「待て。それは本当に待て」


 ロキはまた全力で頭を抱えた。

「ロキさん、貴方が不安なのは、私達の実力が信頼出来ないのと、信用出来る実績がないからでしょう?」

「その他にも色々あるが、まあその二つは確かにある」

 アリウスはオットーに視線をやった。老人は頷いた。

「ロキよ。詳しいことは教えてもらってないし、儂も確認はしておらんが、この坊やはどうも、ネーベイア辺境伯家の特殊な訓練を受けた騎士だと思うておる」

「はあ?」

「そして凄まじいまでの治癒魔法の使い手じゃ。うちの孫の病を癒してくれた」

「はあ?」


 ロキは続けて間抜けな声を出し、そしてしつこく頭を抱えた。

 オットーのことはよく知っている。彼の伝手の多さには、ロキもよく助けられたものだ。

 そんなオットーでもどうしようもなかった孫の病の件も知っている。だからオットーは本当に、この少年を信頼しているのだろう。

 だがそれでも、ロキにはヴァリスを止める理由がある。それはヴァリスのためではなく、クランの存続のためだ。だから色々と理由をつけざるをえない。


「ロキさん、こうしませんか?」

 穏やかに微笑むアリウスの提案は、そんなロキの思惑を吹き飛ばすほどのものだった。

「ヴァリスを除く剣の魔王メンバー五人と、私が迷宮内で戦います。私が勝てばヴァリスを加えて私達が攻略をします。負けたらこれを差し上げます」

 そう言ってアリウスが亜空間から取り出したのは、ちょっとお強い敵相手に使う、魔剣シャムニールであった。

 即座に断ろうとしたロキだが、シャムニールを見て動きが止まる。

 まじまじと見て、もう一回細かく見て、横から見て斜めから見て、遠くから見た。

「触っていいか?」

「持って振ってもいいですよ」


 シャムニールを手に取ったロキは立ち上がり、かすかに呟いた。

「”轟け”」

 魔剣が魔力を吸い、特殊な力場が発生する。慌てて魔力が流れるのを止めて、机の上に置いた。

「これは……まさか、聖剣シャムニールか!?」

「いえ、これは魔剣シャムニールです」

「え? 魔剣?」

「シャムニールを作るために、何度か試作品が出来てるでしょう。これはその中の一振りです」

「おい、シャムニールって」

 ヴァリスも驚いた。剣士である以上、その名は当然知っている。

「アルトリア王国の国宝だよな?」

「そう。その試作品」


 これは、なんなのか。

 こいつらは、こいつは何者なのか。

 分からない。判断できない。だが判断できないということだけは判断した。

「待て。考える時間をくれ」

「まあヴァリスのパーティーが攻略を再開するまでは待ちますよ」


 もはや抱えるというレベルではなく、うずくまるように腕を頭に絡ませるロキに、アリウスは優しく言った。 

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