第57話 クラン『黎明の戦士団』 3

「なん……だと……」

 わざとらしくよろめいたヴァリスだが、本当に動揺はしていたのだろう。

「何故だ? いや、どうしてそんなことが分かる?」

「それはつまり、出来るはずのことが出来ていないのと、どうしてそれをしないのかという理由だな?」

 頷いたヴァリスに、アリウスは困った顔で答えた。

「まあ一つは危険だからだろうな。100階層の階層主は、魔法の装備で身を固めてるんだろ? お前の父親も遺体を回収出来なかったそうじゃないか」

 ヴァリスの父のパーティーは、8人で階層主に挑戦した。そして二人が死亡し、二人が戦闘不能になった時点で、その二人を救うために逃げ出した。

 ある程度戦力を整えてまた挑戦しようとしたら、階層主が厄介な武器を加えていたので退却した。


 現在の最強パーティーと言われる剣の魔王は、6人編成だ。単純に数を加えても強くなるとは限らないのがパーティーであるので、人数が少ないことはおかしくない。

「だから、どうしてなんだ?」

「60層以降の敵は人型で、必ず良質な武器を持っている。あえて危険を冒し、100層以下に潜る旨みはあまりないんじゃないか?」

「100層以下の魔物は幻獣種だぞ? 素材としてどれだけの価値があるか」

「お前、幻獣種と戦ったことはあるか?」

「いや、ないけど」

「幻獣種の力は、この層の魔物と比較しても、群を抜いている。危険性が高い。あとは競争相手がいないということもあるな」

「競争相手?」

「自分で言ってただろう? 剣の魔王は最先端を行くパーティーだと。逆に競争相手がいない今は、無理をして先に進む必要はない」


 他にもアリウスは、ヴァリスの気付かないことを推測している。

 政治的な判断だ。だがあのロキというクランマスターは、おそらくこう考えているだろうと見当をつけている。クラン本位の考えだが、ヴァリスのこともちゃんと考えている。

「待てよ? そしたら俺がそっちに参加しなくても、お前らが先に進めば、俺たちも競争するしかないんじゃないか?」

 ヴァリスは少し違う方向性のことに気付いた。

「競争しようとするかもしれないが、すぐにやめるだろうな」

「なんでだ?」

「俺たちの速度についてこれる訳がない」


 ヴァリスは仲間達のために反論しようとした、不可能だった。

 61層からの進撃具合を見るに、アリウスたちは剣の魔王よりも早く、100層に到達するだろう。

 そしてその差は開くことはあっても、縮まることはない。いつか無理に先頭を走ろうとすることはやめるだろう。

「それに俺たちが階層主を倒したら、戦利品は俺たちの物だぞ?」

 当然、ヴァリスの父が使っていた、あの魔剣も含まれる。


 もちろんそれをヴァリスが買い取ろうとしてもいい。

 だが結局売るか売らないかは、所持者の自由だ。

 アリウスは実は既に似たような武器の開発に成功しているので、一通り調べたら売却するのに問題はない。

「ちなみにレオン、こないだ話題になった剣、手に入れたら使うか?」

「いらん」

 なんだか自分が否定されたような気がするヴァリスだが、もちろんそれは勘違いである。

「それにどうせなら、自分の手で手に入れたいだろ?」

 確かにそれはその通りなのだ。


 91層における連携の訓練は、まだあまりうまくいっていない。

 レオンはまだしも連携することの意義を理解しているのだが、ティアが全く無視しているからだ。

 相変わらず、ティアを自由にさせて他がフォローするというのが、戦力を一番無駄にしない戦い方となっている。

「ちなみにティアはどうしてあんなに強いんだ?」

「長命種だからな」

「なるほど」

 才能が全てなのか、と天才であるはずのヴァリスはがっくりとした。




 92層への階段を目の前にして、一行は立ち止まっていた。

 ヴァリスの最高到達階層97層以降へは、進まないことを決めてある。下手に超えてしまうと、クランとの関係が微妙になるからだ。

 だが逆に言えばそこまでは、進んでもいいのではないだろうか。最悪ヴァリスの移籍がなくなったら、さっさと先に行ってしまえばいい。

「行くぞ」

 普段は先導しないレオンが、焦れたようにそう言った。言っただけでなく階段を降りていく。

 たぶん放っておいても、戻ってこないだろう。レオンは迷宮を進まないことに対しては、けっこう感情的になる。

 相互互恵関係にあるが、仲間とは少し違う。それがアリウスの抱くレオンの印象だ。


 それでもここで留まっているのは無駄なので、アリウスもそれに続いた。当然ティアとレナもその後を追う。

 わずかな逡巡の後に、ヴァリスもそれに倣った。


 深層における敵は人型で武器を持つ。階層ごとに徐々に強くなり、武器の性能も増す。

 武器の性能が単純に強化するものだったらいい。だが特殊効果を持っていると、その危険度は飛躍的に高まる。

 ヴァリスの経験からすると、それが顕著になるのが91層からだ。だから慎重に攻略した。

 だがアリウスたちの力からすると、それでもまだ余裕があった。

 剣の魔王のパーティーでは、絶対に一人では魔物と戦わない。相手の持つ武器がどのような性能か分からないからだ。

 しかしアリウスたちの場合、装備なのか魔法なのかは分からないが、特殊な効果を消してしまっている。もしくは効果が発動すらしない。


「レオン、お前の感覚だと、どのぐらいまでは一人でいけそうだ?」

「100層の階層主までは大丈夫だろう」

「はい、あたしも」

 こんな会話を目の前でされていると、自分の培ってきた冒険者としての実力が、とても儚いものに思えてしまう。

 ……というか、もう一人でいいんじゃね?

 こっそり見るとレナがふるふると首を横に振っていた。




「なあアリウス、正直なところお前の力は、凄いを通り越して異常だろう。それでもまだ強くなる目的があるのか?」

 迷宮外はおそらく夜。鍋をかき混ぜているアリウスに、ヴァリスは問いかけた。

「そうだな。俺にとって個人としての強さは、目的のために最低限得たものだ。それが果たせるなら、べつにこれ以上強くならなくてもいい」

「目的?」

「ああ。けれどその目的を果たすためには、まだまだ強さが足りない。ちなみに言うと前世の完全な状態の俺と比べて、今の俺の実力は1%にも満たない」

「はあ!?」


 アリウスはどれだけ、天才を絶望させるのだろうか。

「まあ強さと言っても、個人の強さとはちょっと違うけどな。さすがにこの程度では、中級以上の神には勝てないし」

「……お前、まさか神と戦ったことあるのか? 疑わないから正直に言え」

「あるし、勝ったぞ。下級の神なら真なる竜と同じ程度だから、それほど難しくない」

「いや、比べる基準がおかしい」


 ヴァリスはようやく現実を認識した。

 アリウスを人間だと思うから驚くのだ。こいつは人間ではない。

「ちなみに、お前が自分より強いと思う人間っているか?」

「強いことと勝つことは同じじゃないが、個人での戦闘力保持者という意味なら、正体不明、行方不明を含めて四人かな」

「ほうほう」

 強い人間に興味のない冒険者はいない。それは目的がいささか他とは異なるヴァリスも同様である。


「一人はまず、魔人帝国の大魔王ジーナス。強大な力で魔族を束ね、1000年以上の治世を磐石に統治し、人間の国の侵攻を全て退け逆に攻め込んで壊滅させた、ほぼ伝説の存在」

「お前、それ比べる対象か? 大魔王の配下の12人の魔王でも、小さな国を単独で滅ぼすぐらいだぞ」

「もう一人は、大陸の西方、水の精霊国の神殺しエグゼリオン。使徒を生み出す不老不死の戦士。こいつも1000年以上生きてるな」

「それ、亜神だろうが。何回か邪神を滅ぼしてるよな」

「次は魔法の真髄を極めて不老不死の力を得た、放浪の大賢者。こいつは名前伝わってないよな」

「放浪賢者か。あれってまだ生きてるのか? まあ何か事件が起こって終われば、たいがいあれのせいにされるけど」

「最後は吸血鬼の真祖ティトス。まあこいつはここ200年は全く活動してないし記録も途絶えているから、死んでる可能性も高いな」

「そいつ、一人で国を三つ滅ぼした魔王じゃんか」


 アリウスの認めているのは、そんな伝説の人物や亜神。こいつ頭おかしいとヴァリスは思い、他の三人が無反応なことにも気付いた。

「え……お前らそこまでアリウスが強いと思ってるの?」

 きょときょとと他の二人を見たレナは、そこまでは思っていないのか。

「少なくとも、普通の吸血鬼の真祖には勝ってるしね」

 なぜか得意げなティアに、レオンも頷いた。

「神を倒したのはおそらく本当だ」

 その言葉を聞いて「なるほど」とレナも頷いた。


 ヴァリスは頭を抱えたくなった。本当にこいつら、何を考えているのかと。

 普段のパーティーの中では、ほとんどずっと、あせるな急ぐな慎重にと言われているヴァリスだが、このパーティーでは一度も言われていない。

「そういえば、この後の予定はどうするんだ?」

「ん? 予定通り93層まで潜ってから、一度地上に戻るつもりだけど?」

「だよな? いや一気に99層までとか行きそうで怖かったんだ」

 ヴァリスの弱気な発言に、アリウスが真顔になった。

「今日の敵の強さからして、99層まで行ってみようか?」

「いいな」

 アリウスの提案にレオンが頷いて、ヴァリスはまたこの二人の正気を疑った。


 その後、多数決が行われる前に、どうにかヴァリスは二人を説得した。




 日が没し、一行は迷宮から戻った。

 93層で粘った。普段よりも戦闘と戦闘の間を短くしたので、慣れているはずのヴァリスもヘロヘロだった。

 レナもまた、溶けそうなほどにヘロヘロだった。他の三人は平然としていた。


 戦利品の分別は済ませてあるので、ギルドで買い取ってもらった。伝言が残されていた。

 明日の朝に、クランへ来てくれとのロキからのものだった。

 家を持っているヴァリス以外の四人は宿へ戻り、普段どおりに食事をして寝た。


 次の日、クランへやってきたのはアリウスとヴァリス、そしてオットーだった。

「他の三人はどうしたんだ?」

 クラン前で問われたアリウスは、端的に答えた。

「ティアは来たくないと言ったし、レオンも面倒だと言った。レナは念のために監視に残しておいた」

 何をどう監視するのかとヴァリスは思ったが、深くは追求しなかった。


 クラン本部に入ると、そこには既に剣の魔王のメンバーと、ロキが揃っていた。

 特別に使う談話室に、9人が入る。

「最初に言っておくと、今回の儂はギルド職員としてこの場におる。どちらの味方ということでもない」

 オットーはそう言うと、それ以降の会話に混ざるつもりはないように、固く口を閉ざした。

「さて、お前達のパーティー『黄金』のクラン加入と、ヴァリスの移籍についてだが」

 ロキは口を開くと、威圧感のある視線をもって言った。

「そのままでは認められん」

「そのままでないなら認められると?」

 一瞬激昂しそうになったヴァリスが、アリウスの問いで鎮まった。


 ロキの表情は固いというよりも底冷えするような無表情で、先日の浮ついた様子は全くない。

 それを認めたヴァリスは緊張したが、アリウスは特に気にしなかった。

「ヴァリスを参加させても大丈夫だという保証が欲しかった。ギルドからの情報で、安定して攻略しているのは分かった」

 なるほどそのためにオットーがいたのか。

「あとは実力を示してほしい。前に言ったとおり、他のメンバーの中で接近戦担当の三人に勝てれば、そちらの言い分を認めよう」

「魔法使いと回復役の二人はいいんですか?」

「特殊な状況ならともかく、決闘なら魔法使いが戦士に勝つのは難しいだろう? そこまでやる意味がない」

「え? 三人より五人の方が、圧倒的に有利ですよね?」

「それは連携して戦えばそうに決まって……」

 言葉の途中で、ロキは重大な勘違いに気が付いた。




「まさか五対一の集団戦をするつもりだったのか?」




 その通りである。

「100層の階層主のことを考えたら、それぐらい力に差があると見せた方がいいかと――」

「ふざけるなあっ!」

 アリウスの言葉を遮って、禿頭の大男が立ち上がった。

「ガキだと思って黙ってりゃ、舐めた口利きくさりやがって! お前なんぞ俺一人で充分だ!」

「メトスぅぅっ!」

 ロキが右から、細身の男が左からメトスを止めたが、引っ張られるだけであった。


 つかまれる直前に、アリウスは椅子からひょいと飛び上がった。その姿勢のままで後ろに移動し、華麗に着地する。

 なんとかメトスを元の位置に戻し、ロキが口を開いた。

「本気で言ってるのか?」

「冗談だと思ってたんですか?」


 今回の件、王国の迷宮法などによれば、アリウスたちのクランへの加入はともかく、ヴァリスのパーティー移籍は全く問題ない。

 だがそれはあくまでも法律の問題であって、関係者が納まるかどうかは別だ。

 だからそんな無理筋を通すためにも、アリウスはかなり極端な条件を出したのだが。

 無理すぎて相手を怒らせてしまったようだった。


 ロキは疲れたような顔で、いや本当に疲れていたのだろうが、まともな提案をした。

「ヴァリスを除いたこちらの五人と、そちらの四人で戦おう。それが一番、妥当なところだろう」

 人数的には不利だが、パーティー同士の連携を考えれば、普段の形から一人抜ける、剣の魔王の方が不利とも言える。

 もちろんそれは、お互いがちゃんと連携出来ているという前提があるのだが。

「場所はどうします? 魔法もありとなると、街の外に出ないといけませんか?」

「うん? ああいや、この街ならもっといい場所があるだろう」

 そう言ってロキは、指を真下に向けた。

「迷宮決闘を行おうじゃないか」

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