第58話 迷宮決闘 1
迷宮決闘とは!
その名の通り、迷宮にて行われる決闘のことである!
この決闘の利点は様々にあるが、その最も大きいと思われるものは一つ!
そう、たとえ事故で死者が出ても、よほどでない限り蘇生出来るということだ!
これを活用してダイタンの街では! 冒険者同士の決闘が興行として成立し! 迷宮内という限られた環境であるが故に! 観客は厳選された者となる!
「だそうだ」
さりげなく冒険者ギルドにも置いてあったパンフレットに、堂々とそんなことが書いてあった。
すごく真剣にそれを見て、レナは呟いた。
「!マークが多いね」
どうでもいいことだった。
狭いために闘技場がないダイタンにおいては、迷宮を使った決闘が行われるのだ。
もちろん比較的浅い層の、魔物が駆除された場所で行われるので、あっさりその辺りを通過したアリウスたちは、今までそれを知らなかった。
「本当に良いのか?」
宿の食堂で他のメンバーに伝えたアリウスであるが、同席していたオットーはやや心配げな顔だ。
ちなみに夜なのでティアはいるが、ヴァリスはいない。決闘の結果がヴァリスの移籍に関わるだけに、接触禁止を言い渡されているのだ。
「あたしは別にどうでもいいけど」
「構わん」
「あたいはすぐ白旗揚げたらいいんですよね?」
三人とも違う方向に、やる気がなかった。
アリウスもまた、面倒なことになったと思った。
おそらく後に引けないように、ロキは大々的なものにしたつもりなのだろう。今回の決闘は10階層の階層主の部屋を、その決闘場として使うことになっている。
見物するのは同じ冒険者か、流血を求める悪趣味な護衛付き貴族。そして幸運にもチケットを買えた富裕層である。
今回の場合はわざわざ10階層まで来なければいけないので、その観客もまた限定されるのだ。
ちなみに迷宮決闘は普通に賭けの対象である。なかなかの収益が、胴元である侯爵の懐に入るらしい。
今回のような大物の決闘は、魔法具によってその対戦場面が記録され、劇場で上映されたり、個人向けに売られたりするそうだ。
「それは困る」
「あ、あたしもまずいよね?」
「あたいは速攻で降参するのが役目ですよね?」
そう、そこが問題だ。
レオンは手の内を他人に見せるのを嫌う。実際に共同で探索しているアリウスにも、まだ幾つかの切り札を隠している節がある。
ティアの場合はあまりに多数の人間の目に晒されると、正体がばれる危険がある。吸血鬼はアルトリア王国において、基本的には討伐対象種族だ。
そしてレナは本来、90層を戦えるような戦力ではない。まあ大陸中の10歳児を見て、レナより強いのがいるとは思えないのも事実だが。周りが怪物過ぎる。
「いいよ。俺一人でする」
あっさりとアリウスは言った。
「いいの、アル。あんまり目立ちすぎるのは避けるんじゃなかったっけ?」
「そのつもりだったんだけど、どうせ迷宮を踏破するなら、目立つのは避けられないしな」
別にアリウスは実力を隠していざという時に仮面で登場したり、陰の実力者になって邪神教団と戦いたいわけではないのだ。
目的のために最善を尽くすのに悪目立ちを防ぎたいのであって、実は強いんだ系の美学は持っていない。
「お前さんが強いのは分かっておるが、さすがにランク9以上で構成されたパーティーを、一人で相手するのは無理じゃろ」
オットーはギルドの派閥であるが、どちらかというとアリウスたちに肩入れしている。
黎明の戦士団に隔意があるわけではない。むしろクランとギルドを比べたら、クランの方に心情は近い。だがこの場合だけは、黎明の戦士団に同調出来ないのだ。
黎明の戦士団は、ヴァリスを騙している。
いや騙しているという言葉は酷だろう。だがその方針はヴァリスの意思と対立しているのだ。
黎明の戦士団の最強パーティー剣の魔王は、冒険者ランク9以上の者で構成された、ダイタン最強のパーティーである。
その意義は、まさに最強であること。最強であるとは、最も深く潜るということ。
対抗馬のない今、足踏みを許容していることは間違いない。
そのことについて、オットーはロキと話したことがある。
ロキは怒ることなく、ヴァリスの話をしたのだ。
「なあ爺さん、このまま100層を攻略して剣を手に入れたら、ヴァリスはどうなると思う?」
そんなことまでは考えていなかったオットーは、やはりクランの一員ではないのだ。
「ヴァリスのやつは引退するか、100層より深いところですぐ死んじまうような気がするんだ」
そこまで言われて、オットーは気付いた。
ヴァリスの迷宮攻略の動機は、父に由来している。
父のような冒険者に。最初はそうだったのかもしれないが、父が死んでからは仇を取ることを動機にしていたように思える。
復讐は強い動機となる。誰かに、何かに復讐するために強くなる人間を、オットーも多く見てきた。
復讐は何も生まない、などとはオットーは言わない。むしろ復讐を果たしてそれから、ようやく人はその一歩先へ進めるのだ。
だがヴァリスの復讐は、長く、強すぎた。
復讐を終えた後、次の一歩を踏み出すのに、どれだけかかるのか。そしてちゃんと確かな一歩を踏み出せるのか。
ロキの心配はそこにあった。
ヴァリスの心がもっと強くなるまで、100層に挑戦はしない。
直情的で真正直なメトスには黙っていたが、セリヌスにはちゃんと念を押していた。
セリヌスもその意見には同意したし、100層に挑むのは確かに危険すぎるので、それは嘘とも言えなかった。
99層まで踏破してしまうと、ヴァリスが100層に突っ込んでいくかもしれないので、97層で止まっていた。
それが真実である。
オットーもその心配はよく分かった。
彼にもまた、動機はあった。
孫のためには死ねない。だが孫を救えるなら死んでもいい。
葛藤のあるその動機は、アリウスという少年によって解消された。
そして同時に思った。
アリウスならば、ヴァリスを救えるのではないかと。
父の形見を取り返すため、純粋に冒険者になるという夢を歪めた、あの男装の哀れな少女、ヴァリシアを。
ロキの心情は確かにヴァリスを思ってのものかもしれないが、同時にクランの弱体化を防ぐという保身もある。
それぐらいのずる賢さがなければ、領主である侯爵や、その手先であるギルドとは渡り合えなかったであろう。
だが今、ヴァリスのためを思うのなら、アリウスを拒絶するべきではない。
あの少年は間違いなく英雄だ。
個人でも英雄であるのに、レオンという英雄、ティアという怪物まで連れている。
ティアの正体をオットーはおおよそ把握していた。彼女の活動する時間帯や、その生活パターンを見れば、明らかなものだった。
間違いなく吸血鬼だ。しかもおそらくは直系の。
そんな者を友にするのだ。しかも足手まといの子供まで連れているのだ。
彼と共に行くなら、ヴァリスも釣られて足を踏み出すだろう。
そして今、オットーは立会人の立場で、その運命を決める場面にいた。
ダイタン迷宮10層の階層主の部屋。
そこの階層主を片付けて、これより迷宮決闘が始まる。
階層主の部屋は、広い半円形となっている。
集団戦でも充分な広さがあるが、アリウスにとってはまだせまい。
人間と人間の戦いならば、充分な広さではある。だがもしこれがレオンとの本気の決闘なら、この場所では手狭であろう。
まあいい。それも一つの枷だ。
これぐらいのハンデがないと、わざわざ決闘などをする意味はない。
それにしてもこれは、悪趣味なものだと感じた。
死んでも生き返るというこの迷宮の特色を利用しているが、神が気付いたら怒るのではないだろうかと、不信心者のアリウスは現実的に考える。
そうなって困るのは、どうせアリウスではないのだが。
円形の部屋に、円形の線が引かれた。
この線の外は場外というわけだ。そしてその場外が、観客達の席となる。
席と言っても迷宮内。前列の貴族はともかく、後ろから見る冒険者は立ち見だ。
例外なのはギルド長と、その隣に座るヴァリスだ。
クランマスターのロキでさえ立ち見である。
時間を確認したオットーが宣言する。
「昼の正刻となりました! ただいまより迷宮決闘を開始します!」
観衆が歓声を上げる。それを手で制し、オットーが告げる。
「敗北条件は死亡、場外、降参の三つ。気絶は一方が全員そうなった場合のみ、全体の敗北となる! また気を失っていなくても、全員が立ち上がれなくなっていた場合、敗北となる!」
単に気絶しただけなら、仲間に起こしてもらうのもありだ。つまり容赦なく殺せということである。なんとも殺伐としている。そして立ち上がれなくなったら負けというのも妥当なところだろう。
「パーティー『黄金』が勝った場合、ヴァリスはそちらへ移籍する! パーティー『剣の魔王』が勝った場合、以降黄金はヴァリスへの接触を禁ずる!」
このあたりの条件は事前に変化したものだ。魔剣を渡すうんぬんはなくなった。
おそらくそこに生ずる欲心が、剣の魔王に悪影響を与えると思ったのだろう。
観衆の野次が多い。声援も多い。剣の魔王はやはり人気のパーティーだ。
ほとんど他のパーティーと接触してこなかった黄金には、応援する者はいない。正確には一人いるが、彼女はこういう場に慣れていなかった。
「それでは始め!」
合図と共に、剣の魔王は陣形を組んだ。
事前に情報を集めて、アリウスはそれを予測していた。当然のことである。
本来いるはずのヴァリスがいないのをどうするか、それもちゃんと予想していた。
黄金の中からアリウス一人が進み出て、そして指を一本立てた。
「一人だ! パーティー黄金で戦うのは俺一人だ!」
小柄な美少年のその宣言は、魔法によって拡声され、そして観衆よりも対戦相手に影響を与えた。
「舐めやがってぇぇぇっっ!!」
激昂したメトスが、完全に突出した。
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