第一次ガラハド遠征

第76話 ネーベイア辺境伯領 1

今回より主人公の表記がアーリアへと戻ります。



 これまでのあらすじ

 ネーベイア辺境伯家の長女アーリアは転生者である。

 隣国からの侵攻を寡兵で撃退し、不敗の名将と呼ばれた将軍を討ち取り、歴史に現れた。

 しかしその直後、テンプレ系無能婚約者を鉄拳制裁し、出奔することとなる。

 王国西部の巨大迷宮に挑み、後継者問題に介入し有力貴族との結びつきも持ったが、王国の東方遠征の話を聞かされ、早くも領地に帰還することとなった。

 べべんべんべん


×××


 

「文化がちが~う」

 レナの戯言を聞き流し、アーリアは馬車を走らせる。内心では、文化ではなく文明レベルだろうと突っ込みを入れながら。


 そう、馬車である。

 ロバに牽かせていた幌馬車ではない。立派な箱馬車だ。

 そして牽かせているのもロバではない。馬でもない。ゴーレムだ。

 馬に牽かせてるわけではないのだから、もうゴーレム車と呼んだ方がいいのだろうが、最初に作ったゴーレムが馬を模していたので、やはり馬車と呼ばれている。

 アーリアの名付けに関する拘りは少ない。

 分かりやすければそれでいいのだ。


「ワイバーンよりはや~い」

 レナは相変わらず頭の悪いことを言っているが、そう言いたくなるぐらいには、ゴーレム馬車は快速で快適だった。


「なあ、この速さで走ってて、事故とか起こらないのか?」

 箱馬車の窓から、恐々とヴァリシアが問いかける。この数日、具体的に言えばネーベイア領の領境で乗り物を替えてから、彼女の精神は危機的状況にある。


 父の形見を取り戻し、胸にぽっかりと穴が空いた。

 自分でも気付かなかったが、ヴァリシアは傷心していたのだ。

 そんな虚ろな女性に対して、侯爵の――前侯爵のとった態度は、あまりにも迂闊であった。

 彼はその報いを受けて、既にこの世の存在ではない。




 そこからは流されてネーベイア辺境伯領までやって来たわけだが、周囲の光景は彼女の精神を大きく揺さぶり、正気に戻すものであった。

 その後さらにその動揺は大きくなったのだが、それは詳細に検討すべきものなのか。


 ネーベイア辺境伯領は、同じアルトリア王国の一部とは思えなかった。

 それは領境の砦を見たときにも思ったことだ。

 ヴァリシアにとってはコンクリートを使用した要塞というのは、不自然な造形にしか思えなかっただろう。

 単純に言ってネーベイア領は、実学的な部分では見た目が違うのだ。


 このゴーレム馬車にしてもそうだ。ダイタンから出たことは近隣の村へ向かったぐらいのヴァリシアでも、馬車というものの常識的な知識はある。

 その彼女の知識によると、馬車とはこれほど安定して、しかも高速で移動できる物ではない。

 この領地のどこまでにアーリアが関わっているかは知らない。だが転生者としての知識が活かされているのは間違いないだろう。

「なあアリウス、それともアーリアと呼んだ方がいいのか?」

 この速度にもかかわらず、馬車の出す音はそれほど大きくない。だからヴァリシアも少しだけ声を大きくするだけですむ。

「ここではアーリアの方がいいだろうな。なんならアルと呼んでもいいが」

 貴族の娘と聞いてからこっち、ヴァリシアはアーリアの姿が、男装の少女にしか見えなくなっている。

 まあ、確かにそのままであるのだが。


 とりあえずヴァリシアは気になっていることを訊いた。

「この道、どうなってるんだ?」

 砂色の道は平坦であり、馬車の轍の跡も無い。

 この道のおかげで、移動速度は通常の三倍ぐらいにはなっている。

 ……赤く塗った方がいいのだろうか。


「よくぞ訊いてくれたね」

 アーリアは得意げでもなく説明した。そもそもいつかの前世で学んだ知識なので、彼女自身のオリジナルではないのだ。

 特許制度のない異世界文明は最高である。

「ぱっと見た限りでは、砂を固めただけに見えるだろ? それも間違いではないが、接着剤が特殊なんだ」

 ネーベイア辺境伯領は広い。だから同じ領地でも、場所によって育てられる作物などが違う。

 ある樹木の樹液が丁度いい接着剤に使えると、それを集中的に栽培した。プランテーションに似ている。

 それによって固めた砂の下は、衝撃を吸収するために固められていない砂を入れてある。

 雨水などは吸収され、他の領地のように馬車の車輪が取られて立ち往生することもない。


 ちなみにこの道路の舗装とメンテナンスは、軍の訓練の一環として行っている。

 ネーベイア軍は騎兵とツルハシ、そして兵站で勝つのだ!

 これほど贅沢に戦略を使えるのは、アーリアが領地改革をしたからである。




 元々ネーベイア辺境伯領は、それほど豊かな領地ではなかった。

 単純に国境の守備と魔境の監視に、軍事費を多く取られていたからである。

 そんな状況でアーリアが最初に手を付けたのは、農業改革であった。


 国力は人口に直結するのが、このレベルの文明だ。

 そして人間、生きていくのに絶対に必要なのが、水と食料だ。

 幸いにもネーベイア領は大小の河川がある。もっともそれは河岸工事がたくさん必要だということでもあるのだが。

 ある程度人手や食料に余裕が出来てからは、雇用の創設にも、工兵の訓練にも役立ってくれたが。


 このレベルの文明において、農業は代表的な集約労働であった。

 本来であれば。

 アーリアの考えた、この世界の道具作成技術でも作れる機械によって、農業にかける労力に対し、生み出される作物の量は増大した。

 そして余った労働力で、街道を整備した。


 街道に限ったわけではないが、流通手段の確保は、単純な農業生産力の増大より、はるかに国力の増加につながる。

 歴史を紐解けば分かることだが、人々が餓死するほどの飢饉というのは、食糧不足によって起こるのではない。

 食料のある所から、ない所へ持っていけないことが、根本的な原因であるのだ。

 もちろんその理由は多々ある。政治的な理由、地理的な理由、商業的な理由などだ。

 このうちの地理的な理由と商業的な理由を改善するのに、街道の整備は一番物理的であるゆえに、手が付けやすいものであった。


 そして軍はともかく、労働者として働き収入を得る庶民が出たのも、大きな影響がある。

 彼らへの賃金は、貨幣で払われるからだ。


 貨幣というのは、もっと言えば通貨というのは、人類の生み出した発明の中でも、かなり上位にくるものである。

 物々交換が主流であった古代の時代に、これを共通の価値がある物とすることで、物流が劇的に改善したのだ。

 ちなみに貨幣の主流は銅貨であるが、銀貨も流通している。

 金貨もあるがこれは、重さで価値が決まっている面が強い。


 農業、商業ときたからには、次は工業である。

 アーリアの考えた工業は、シンプルに製鉄への設備投資である。

 鉄という物質はこの世界でも、多く産出される割に使いやすいという、戦略物資だ。

 製鉄によって炭素鋼を作ることによって、様々な道具が改良され、何より軍事力が増大した。

 アーリアの考えは富国強兵。まさにそれは実現し、ネーベイア領は強大な半自治領となっている。


 ここまでは良かった。

 問題は外交を含めた政治力の欠如である。

 武門の名家であったネーベイアであるが、中央とのパイプは弱かった。

 そこを利用されて不本意な婚約や、中央の政変に巻き込まれたのは失敗だ。


 だがそれもアーリアの婚約が破棄されたことにより、かなり自由度を取り戻している。

 足を引っ張る味方よりは、自らだけでも自由であること。アーリアの計算ではそちらの方がメリットは大きい。

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