第43話 護衛依頼 4
日が没して、アリウスたちは本来の予定を早めて、村を通過し街道の脇で野営をすることにした。
カテリーナは文句は言わない。彼女は幌馬車の中に寝てもらうので、下手に村に寄るよりも、安全で快適だ。
敵がカテリーナだけを目標とするならともかく、手段を選ばないとしたら、人気のない野営の方が周囲に被害が及ばないからだ。
それにアリウスやティアの戦い方を、人の目に触れさせたくないというのもある。
そんなわけで夜行性のティアが棺桶から出てきたわけだが、吸血鬼と知ったカテリーナは、全く恐れなかった。
ちょっとポーズを取ったティアの姿を、一心不乱にスケッチしている。さすがは画家と言うべきか。
ティアも悪い気はしないらしく、望まれるままにポーズを取っていた。
「吸血鬼なんて初めて見ました!」
興奮してスプーンを握るカテリーナは、アリウスとレナの作った食事を食べている。
レオンはただ煮るだけとか焼くだけという場合が多いので、自然とこの二人が作る回数が多くなる。ティアに何かを期待してはいけない。
「そういえば、俺もティア以外には知らないな」
目線で問いかけると、レオンも首を横に振った。
「俺の国では吸血鬼の存在自体を知らなかった」
国、つまりはレオンのいた異世界のことである。
彼はかなりの範囲を冒険者として活動していたが、吸血鬼を知らなかったということか。それはつまり、吸血鬼そのものが存在していなかったということだろう。
カテリーナは目をキラキラとさせている。画家だとかいう以前に、好奇心が旺盛なのだろう。だからこそ、女だてらに画家などしているのだろうが。
「吸血鬼の体って、骨格とかはどうなってるんでしょう」
「基本的には人間と変わらないよ。そもそも混血が可能なぐらい、遺伝子は似ているわけだし」
「イデンシ?」
「あ~……」
賑やかな夕食を済ませ、さて就寝となる。
カテリーナは馬車の中で休ませ、傍にはレナを置く。
直接の護衛はレオンに任せ、襲撃者の捕獲はアリウスとティアが行うことになる。
「それじゃあ行ってくるね。どろん!」
それは忍者ではなかろうかとレナがツッコミを入れる間もなく、ティアは体を霧に変えて移動を開始した。
アリウスは黙って姿を消し、襲撃者の元へと向かった。
暗殺者たちは、一見すると冒険者と商人の集団に見えた。
だが上空からそれを見るアリウスの目には、その不自然さは明らかである。
王国西方を旅する場合、個人や一般人なら駅馬車、商隊なら護衛を雇うのが普通である。
そして宿泊するのは街道沿いに点在する街や村。それでなくとも石壁などがある休憩所が、街道の敷設された頃から設置されている。
自分たちではそれを使わずに、使っている一団を見ている。武器の準備をして。
冷静に見ても、商隊の皮を被った野盗としか思えない。
人数は15人。その内の3人はおそらく魔法使いだ。
どれだけの練度かは分からないが、アリウスたちが護衛をしていると分かっていて、15人を出したのだ。これで充分な戦力のはずだろう。
目的はカテリーナの殺害。アリウスたちの口を封じる必要はない。
しかし襲撃者のうちどれだけが、正確な目的を知っているのか。
貴族が暗殺のために使うのだ。詳しいことを知るのは指揮官だけかもしれない。
だが確実を期すため、全員を捕らえた方がいい。
敵の実力については、まあそれほど脅威ではないと考える。
もし本物の実力者がいるなら、襲撃側の人数、つまり関与する者は少なくして、事件の発覚を防ぐ。
そうでないのだから、腕が立つのは少数。あとは逃げるのを妨げるための要員と思えばいい。
アリウスたちのような規格外が護衛していることが、本来はありえないのだ
襲撃者たちはまだ動かない。
夜の奇襲を考えると、一番最適なのは夜半過ぎだろう。夜明け前というのもいい手だ。
しかし後始末を考えると、やはり夜半過ぎとなるのではなかろうか。少なくともまだすぐには動く様子はない。
先手必勝。
アリウスとティアは前後から、襲撃者たちへ攻撃を開始した。
『電撃』
ティアも巻き込む形で魔法が発動する。同時にティアは空中から、魔力の強い三人へと攻撃した。
数人は電撃の効果で麻痺している。殺傷力は弱いが制圧には良い魔法だ。
ティアには効かない。基本的に彼女には、物理的な攻撃は効果がないし魔法も効かないものが多いのだ。
装備のおかげか魔法によるものか、魔法使い三人は行動を阻害されていない。やはり火力の要はこの三人か。
「結界を張れ! 状態異常を解除! 盾は前に出て迎撃!」
魔力のある装備に身を固めた男が指示する。間違いなくこいつがリーダーだ。
アリウスは上空から戦場を俯瞰する。敵自体はティア一人でも殲滅可能だ。ならばアリウスがすべきは、敵を逃さないことと、ティアがやりすぎるのを防ぐこと。
地面に降り立ったティアは、鉤爪を振り回した。吸血鬼の怪力で振り回される鋭利な鉤爪は、襲撃者の防具をあっさりと切り裂く。
狙うべきは足。逃走手段と攻撃手段を奪う。
地を這うような姿勢から、ティアは何度も攻撃を行った。
これは正規の剣術を学んでいる者からすれば、対応は難しいだろう。
吸血鬼としての不死性、怪力、柔軟性を活かした攻撃は、慣れる間もなく敵を無力化していく。
魔法使い達も、ある程度白兵戦技能を有していたようだが、それでも本職ほどではない。ティアの相手をするには力不足だ。
ある程度予測していたが、やはり傑出した使い手はいない。
「散れ!」
指揮官の言葉に従い、残っていた者が街道の外へと飛び出す。周囲は荒地や林があり、そちらに逃げ込めたら追跡は難しいと考えたのだろう。
だがそれも想定内。
『結界』
アリウスの魔法が発動して、逃亡者達を壁の中に閉じ込めた。
逃走も不可能と知った襲撃者達は、もはや指揮官の言葉に希望を託すしかない。
しかしその指揮官は、アリウスが目の前に立った瞬間、剣を自分の首筋に走らせた。
大量の出血。愕然とする部下達。
それを尻目にアリウスは、致命傷である指揮官の傷を、あっさりと治していったのだった。
カテリーナの目の前に、口を塞がれた男が膝をついている。
「まさか貴方が……」
溜め息をつくカテリーナの表情は苦い。
見知った顔だったのだろう。そして言ったとおり、まさかという思いだったのだろう。
男は自分が生きていることを知って、最初は暴れた。
奥歯に仕込んであった毒を飲もうとしたが、飲んだ瞬間にアリウスが解毒した。
それまでに四肢の自由を奪っていたので、他には何も出来なかった。
そんな男の目の前に、カテリーナは屈みこんだ。
「伝えてください。私は秘密を守ります。でも、私が死んだら誰かに伝えられるようにします、と」
その言葉に男は、諦めたように頷いた。
カテリーナは男の命を取る必要も、必然性もない。むしろちゃんと伝えてもらわなければ困る。
男もまた、新たな役目を与えられたことにより、死ぬことは出来なくなった。
拘束を解かれた男達は、一応アリウスが傷を治癒してある。しかし完全に元通りに動けるということはなく、棺桶にティアが戻った朝でも、レオンとアリウスを前に戦うという選択は採りえなかった。
すごすごと去っていくその背中を見送って、一転してカテリーナは明るく言った。
「さあ、出発しましょう!」
それから数日、カテリーナはもう暗殺者達のことについて語らなかった。
アリウスも問おうとはしなかった。レナは興味津々のようだったが、アリウスが何も言わない以上、彼女も口にはしない。その程度の分別はある。
もっともアリウスが問おうとしないのは、もはや必要がないからだ。
あの時わざと逃がした暗殺者の指揮官に、アリウスはこっそりと魔法をかけておいた。今あの男の目と耳は、アリウスのそれと連動している。
西側の貴族や実力者に伝手を作るという点では、アッカダ子爵家に続いて、カテリーナという伝手がまた作れた。
彼女が知る貴族の醜聞も、これから耳にする内容で、弱みを握るということになる。
素晴らしく順調だ。
カテリーナの元依頼主が、もしもまだ彼女の暗殺を諦めないとしたら、今度は使える手勢全て、前よりもはるかに強力な暴力を差し向けてくるだろう。
しかしそこまで大掛かりなことをすれば、事が露見する可能性は高まる。
果たしてカテリーナの言葉を信じるか、信じないか。本質的に貴族であれば、後者を選ぶはずなのだ。
だが現実的に見て、襲撃者たちはあっさりと捕縛された。しかも一人も傷つけられず、一人も殺せず。
この事実を前にしてどう動くか、アリウスであれば他の手段を選択するのだが。
そして結局、カテリーナの選択は正しかったようだ。
ダイタンへの街が見え、そして城門を潜っても、もはや殺意は感じなかった。
「それじゃあ、私は侯爵様のところに行ってくるから」
ダイタンの街で最も大きな、侯爵邸の前でカテリーナとは別れた。
アリウスたちと離れた瞬間が、一番危険ではあるのだが、もはやここまで来ればカテリーナを暗殺する手段はないだろう。
カテリーナから護衛達成の依頼書にサインを貰い、アリウスたちは冒険者ギルドに向かう。
「そういえば結局、カテリーナの知った秘密ってなんだったのかな?」
そこで初めて、レナはアリウスに尋ねた。レオンは興味なさそうだが、レナはそうではなかったのだろう。
「さあ? 好奇心は猫を殺すって言うからな。まあ秘密が存在するということを知っただけで、俺は充分だと思うけど」
アリウスの遠い五感は、あの暗殺の指揮官が、任務の失敗を報告するところまでちゃんと捉えていた。
それまでの言動から、カテリーナの暗殺を命じたのは、男爵家の当主の弟だということまでは分かっている。
彼にカテリーナの名前を示唆すれば、それだけで協力を仰ぐことが出来るだろう。もっとも脅迫のような手段は、出来ればとりたくないアリウスであるが。
「とりあえず、宿を確保して迷宮ギルドに登録するか」
本来の目的はそれだったのだ。珍しくレオンが何度も頷いた。
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