第42話 護衛依頼 3

 当初の予定では、アリウスたちは野営をするつもりではなかった。この周辺は小さな村が点在するので、ある程度のロスを計算すれば、毎晩村に止まることが出来たからだ。

 相手が野盗であるならば、それで間違いはない。農村というのは徴兵された人間が何人かいたりして、この状況ではそういった人間が先頭に立って、ある程度の自衛手段を村が持っているからだ。

 しかし暗殺を専門として考えるなら、考える必要がある。周囲の被害を考えないやつらかもしれないし、村を丸ごと皆殺しにする力があるかもしれない。


 自分が狙われているということを、カテリーナは正しく理解した。そして襲う側を考えるには、そういった者をどれだけ扱えるか、依頼主の情報が必要になる。

 しかしそこでカテリーナは迷った。

 果たして依頼主の私事を語るかどうかということだ。

 アリウスの言葉を疑うわけではない。確かに自分が狙われる原因に心当たりはある。

 しかし彼女が知った秘密は、彼女の依頼主の秘密なのだ。

 確かにあれがばれれば依頼主は社会的に致命傷を受ける。だがなぜカテリーナが街にいる間に殺そうとしなかったのか。


 いや、殺せた。

 だけど、それではまずいと思ったのだ。


 カテリーナは推測を交えながらも、おそらくそうであろうという真実に辿り付いた。

 この予測が正しければ、自分の安全を保証することは難しくない。ただ、アリウスたちにしてもらうことが発生する。

「あの、殺さずに捕まえることって出来ますか?」

「出来る」

 間髪入れずに答えたアリウスを、カテリーナは少し驚いた目で見た。

「……全員、でも出来ますか?」

「出来る」


 実際、それは難しいことではない。

 探知魔法を使ったところ、追跡者の人数は15人だ。これが倍の数になっても、アリウスの敵ではない。

 もっともレオンのような人間が入っていれば別だが、こんなのがそうそうその辺りをうろついているわけはないのだ。

 それに戦場を夜にすれば、ティアが参戦出来る。彼女の魅了の魔眼を使えば、ほとんどの人間は抵抗力を失う。


 カテリーナは判断に迷う。

 おそらくこの方法で、自分の身の安全は確保できるだろう。

 むしろ命を狙ってくる敵が、逆に彼女を守ることになるかもしれない。

 だが判断は難しい。

「アリウス、少し話していい?」

「もちろん」

 この少年が年齢に比べて、異常に強い冒険者だとは聞いている。

 そして騎士の家系であることも。それならば貴族的な思考が出来るだろう。




「私は、前の依頼主について、秘密を知ってしまった。それを誰かに言うつもりはないけど、依頼主は秘密にしたいから、私を殺そうと思った。もしくは強く口止めしようと思った。これが今の事態だと思う」

「強い口止めはないだろう。それなら街にいる時点で、そう話せばいい」

「そっか。じゃあやっぱり殺そうとしてるのかな」

「まあそうだろうな。誘拐するにしても、誘拐した後にどうするかを考えれば、殺害一択だと思う」

 暗い表情のカテリーナに対して、アリウスは少し疑問が湧く。

「相手を殺したくないのか?」

「え……それは、ええ……」


 このご時勢に、ずいぶんと甘いことだとは思う。

 だが完全に否定するつもりはない。殺人は出来れば忌避したいと思うのは当然のことだ。

 それにアリウスはカテリーナと、今後も親交を保っておきたいと思う。

 人生序盤の目標に、国内の内乱終結を考えているアリウスは、西部の人間にも伝手を作っておきたいのだ。

 カテリーナのような存在は、単純な貴族や冒険者と違い、情報の出所が偏っていて面白い。


 それはそれとして、カテリーナには何か思案があるのだろうか。

「私の身の安全を考えると、どうしたらいいと思う?」

「そうだな、カテリーナの持っている情報を、他の人間、特に身分の高い人間にも知らせたら、あえて君を殺そうとはしないんじゃないかな」

 つまりダイタンへの帰還までに、相手はカテリーナの口を塞がなければいけない。

 逆に考えればカテリーナの口を塞ぐことが不可能になれば、向こうには打つ手はない。手を打つ必然性がなくなる。強いて言えば、直接の証言者がいなくなるということだが。

「侯爵様には伝えなければいけないと……?」

「いや、伝えなくてもいい。伝えたであろうと、向こうが思えば」

 それがダイタンへの帰還となるわけだ。


 また考え込むカテリーナを横目に、アリウスは小さく呟く。

「依頼主は、いい人だったのか?」

「え、ええ」

 反射的にカテリーナは返答した。確かにあの人はいい人であった。

 カテリーナに直接依頼をしてきたことを除いても、あの家での言動などを見ていると、明らかに力量はあり、周囲も心服していた。

 だからあの秘密を知っても、誰かに知らせようとはしなかった。

 あちらも、気付かれたことには気付いたはずだ。しかしその後、あのことについては何も言ってこなかったので、あれは秘密だと思っていた。

 疑いたくはない。


 カテリーナの表情を窺っていたアリウスは、軽く溜め息をついた。

「貴族というのは、どれだけ善良であっても、必ず必要とされる資質が一つある。それがなければ、善良ではなくただの無能になる」

 アリウスの信条を、カテリーナは黙って聞いていた。

「それは冷徹さだ。過半数のため、あるいは遠い目的のために、必要な犠牲をあっさりと払う。これが高位の貴族の資質だ」

 アリウス自身、冷徹になれと己に言い聞かせることがある。彼女はあまりに強いので、冷徹さを暴力で補ってしまうことがあるため。

 しかしそれでは、アリウス以外の人間には出来ないことが、出来ることとして存在してしまう。

 アリウスの存在はこの世界にとってはバグのようなものなのだ。彼女を基準に考えてはいけない。


 カテリーナは考える。冷徹さということについて。

 彼女の依頼主は、有能であり公平であり、そして優しい人間であった。

 だが、冷徹さはどうだったろう。多くの会話を振り返っても、あの人はただ優しいだけの人間ではなかったと思う。

 あの家は彼の手によって、財産を増やしていったと聞いている。当主よりもむしろ、彼の方が影響力はあった。

 しかしカテリーナの持つ醜聞は、公になれば確かに彼の致命傷となるものだ。当主が無視することはありえない。


「こう言ったらどうだろう。『貴方の秘密は知らせない。だけど私が死んだら伝わるようにする』まあこれでも病死や事故死を装った暗殺を仕掛けてくる可能性はあるが、果たしてどちらが危険性は高いかな?」

 アリウスの言葉にカテリーナは考え込み、そして結論を出した。

 迎え撃とう。そして、どちらも不幸にならないようにしようと。

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