第98話 キンメル子爵家の男達 1
しかしまあ、と馬上に揺られながら、アーリアは反省した。
「襲われたのが私で良かった……」
先日の暗殺未遂を、アーリアは振り返っていた。
ロカとマヘリアは、アーリアの特異性にそれぞれの主が気づいたゆえに、かなり物騒な接触をはかってきた。
あれだけの腕の暗殺者に連続で狙われたのは、大陸広しと言えど、それこそジーナスとエグゼリオンぐらいではないだろうか。
まあエグゼリオンは自分に暗殺者を送ってきた国を、自分と数名の使徒のみで滅ぼしたという前歴があるので、今はもう彼に暗殺者を送るようなものはいないらしいが。
それはともかく、セクトールの聖騎士が問題である。
ジーナスとエグゼリオンの勢力は、おそらくしばらくは積極的に敵対しようとはしないだろう。だがあの場に来て意図が分からなかったセクトールだけは要注意である。
おそらく二人までならどうにかなるが、三人だと厳しい。
まあ聖騎士の中でも本当に腕の立つのは、20人もいないらしいが。
そんなわけでアーリアは、遅まきながらお手紙を出した。
宛先はダイタン迷宮でハッスルしているであろうレオンだ。
正直なところ、あのレベルの暗殺者であると、ヴァリシアでさえ足止めするのが精一杯である。
父やレックスも心配であるが、やはり第一に考えなければいけないのは自分の身だ。
だからティアにはこちらに向かってもらって、レオンには父たちの護衛を勤めてもらう。
昼間から複数の手練と戦う状況ではティアは戦力外だが、かといってレオンをこちらに向かわせると、ティアが護衛を放棄してこちらに来てしまいそうである。
レオンがどう思うかは微妙だが、父とはああいうタイプは相性がいいはずだ。
それはさておいて、セクトール神聖国である。
大陸中央の盆地にある、領土的には広くない国である。
だが鉱物資源が豊富なことや、土地が豊かであることなど、環境は恵まれている国である。
そこに最初に入った人間たちが、神々を偽った。
七大神を祀る最高の神殿が存在し、教皇と呼ばれる地位が、いくつかの家で順番に回されている。
神という存在の胡散臭さと、本物の神を知るアーリアにとっては、どうでもいいどころか有害な国だ。
本来この世界には、もっと自然な神がいた。らしい。
現在の神々よりもはるかに原始的で、力強く、根源に近く人間にも近かった存在。
それは神と呼ぶべきではないのかもしれないが、アーリアの中にある複数の神の型では、一番自然に思える。
おそらくエグゼリオンとの確執は、そのあたりにあるのだろう。
ジーナスたちの魔人王国とは、不倶戴天の敵である。あるいは邪神などと言われる神々は、古い原始的な神の残りなのかもしれない。
ならばむしろ、アーリアとは協力出来る関係である。
マヘリアとはかなり親密に話が出来たがロカには逃げられた。
おそらくもう一度ぐらいは接触があるだろうから、それに備えておく必要はあるだろう。
神を殺す。
七つの大神の迷宮を踏破すれば、どんな願いも叶えられるという伝説。
おそらくこれは、嘘だ。神にでも不可能なことはある。
それにアーリアの本当の願いは、神にかなえてもらうようなものではない。
可能か不可能かではなく、心情的にそもそも敵対しているのだ。
そんなセクトールが刺客を送り込んだのは、やはり神の消滅からアテをつけたのだろう。
セクトールが本当に狂信者なら厄介だが、俗物であればしばらくは様子を見てくるだろう。
マヘリアが倒したあの聖騎士ほどの敵が、そうそう使い捨てに出来るほどいるとは考えづらい。
政務や軍務に外交と、かなりタイトなスケジュールに、刺客の迎撃などは付け足したくない。
セクトールはいずれ滅ぼす。
しかしその順番が、かなり早まりそうな気がする。
そして今回の事件で気付いた重要なことは、大陸最強の国家である魔人帝国と、個人としては最強と思われるエグゼリオンの両者と、手を結ぶ余地がありそうなことだ。
魔人帝国は多種族国家である。吸血鬼だろうが夢魔だろうが、帝国の支配下にある限りはそれだけで迫害されるということはない。
そして同時に、人間がそれらの敵性種族に、問答無用で襲われることもない。ある意味寛容な国家だ。
アーリアの考える大陸の安寧は、種族はともかく国家の枠組みを大きく破壊するものだ。
その想定以上に公平な魔人帝国と敵対する理由は、しばらくの間はないだろう。
とまあ下手に大陸統一などを目指すよりも、よほど厄介な問題は発生した。
しかしそれでも大切なのは、目の前の貴族たちへの対処である。
後ろ手に縛られた、不貞腐れたような貴族及び貴族の子弟。
戦場跡での人事処理である。
貴族であれば捕虜となっても、一定の身柄は保証されるし、それなりの扱いを受ける。
身柄を拘束されて地面にじかに座り、鎧に身を固めたアーリアに見下ろされている。
はあ、とアーリアは溜め息をついた。
「キンメル子爵のご次男以外は首を刎ねなさい」
一切交渉のないその言葉に、罵声と哀願の悲鳴が満ちる。
「姫様、よろしいので?」
味方でさえ驚くその言葉に、アーリアは説明する。
「当主や嫡男ではなく、あわよくば自分がという根性の持ち主です。どちらが勝っても血を残そうとした、したたかなキンメル子爵以外は、問題ありません」
ぎゃーぎゃー騒ぐ捕虜達の中で、そのキンメル家の少年だけが静かな強い眼差しでアーリアを見つめる。
「アーリア殿、貴方はそう言うが、自家の領地や権益を捨ててでも、子や弟を守ろうとする貴族はいるかもしれない」
この中で唯一助命が約束されている彼の言葉を、藁にも縋る思いで他の貴族が聞いている。
「なるほど、では確認を取った上で、対処は決めましょう。その間は普通の捕虜と同じ扱いで」
貴族の捕虜なら特別扱いすることもあるが、当主や嫡男でなければ特に配慮はしない。
そもそもゲルゼル派は、このままでは浮き上がれない三男や四男、非主流派の貴族が構成員である。
キンメル子爵は進んでネーベイアに従属し、これまでにも数々の戦功を立てた上で、敵方に付いた次男の助命と引き換えに、全ての褒賞を辞退したのだ。
可能性は低いが、ゲルゼルの勝つ方にも保険をかけていたとも言えるし、そもそもゲルゼルとの交流があったため、見捨てられなかったということか。
しかしそんな裏がなくても、アーリアはキンメル家の次男は殺さない予定だった。
ネーベイア軍と戦ったゲルゼル軍は、おおよそが烏合の衆である。そもそも正規の兵を扱える立場にないのだから。
その中でキンメル家の次男は、自前で兵隊を用意し、しかも戦闘の序盤でいきなり騎兵突撃を加え、アーリアの軍を大きく割った。
陣形を変えて対応したものの、引き際も見事であった。もう少し無理をすれば、アーリアの首にも届いたかもしれない。少なくともその戦闘では一度後退し、再編をしなければならなくなったろう。
縄をほどかれ、椅子に座ってアーリアと対面する。
じきにキンメル家の者が来る予定であったが、その前に話しておきたいことがあった。
「それではガイウス殿、なぜ私の首を取ることも出来たのにそうしなかったか、理由を聞かせてもらえるかな?」
ガイウスは少し目を見張った後、ほのかに微笑んだ。
「貴女の首を取ることは、この戦争の勝利条件ではありませんでしたので」
そう、戦闘においてあれだけネーベイア軍を割ったにもかかわらず、ガイウス率いる少数の兵は、余裕を残して撤退していった。
もちろん接近されても、アーリアが死ぬことはない。だが戦場においては敗北しただろう。
「つまり貴殿は、ゲルゼルには義理を立てて、あとはこちらに降伏すると?」
「小領主の貴族というのは、こういうものです」
「しかし元の計画では、敵と味方にはっきり分かれるはずだったのでは?」
「味方であれば、どれだけこの戦争に勝てる要素が少ないか、よく分かるものです。あえて最初はゲルゼル殿に味方するのは当初からの計画。おかげで私は、ゲルゼル側の事情にも通じています」
なるほど。
キンメル家はどちらが勝っても血を残すようにしたのではない。
もちろんそれも一つの目的ではあったが、基本的にはネーベイアが勝つと見込んでいた。
ゲルゼル派に回った次男を、自らの功績と引き換えに助命し、助かった次男はかつての敵方の情報を持ち帰る。
これによってキンメル家は、裏切り者だったはずの次男に、功績を立てさせたこととなる。
上手い処世術だとアーリアは思った。
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