第97話 暗殺者 3

 アーリアは突発的な事態にも、精神の動揺を最低に抑えることが出来る。

 そして聖騎士の言葉から、マヘリアの正体も分かった。


 消去法で考えていけば、選択肢はそれほど多くない。

 マヘリアの強さは、外見の若さから考えると異常だった。搦め手の多さはレオン以上だった。

 しかしそんな若さでそれだけの技量を身につけるのは、不可能ではないにしろそれに近い。

 だが外見年齢と本当の年齢が違うなら辻褄が合う。

 アーリアのような転生者でも、転生前から戦闘に長けている者は少ない。そしてマヘリアの場合は転生者特有の感覚がない。


 若さを保ったまま人であり続けるのは、幾つかの方法がある。

 一つは吸血鬼化。だがこれはありえない。そもそもマヘリアの動きはそういう種族のものではない。

 アーリアの知る不老不死化の方法のほとんどは、この世界ではまだ存在しない。だから現時点で最もありえるのは、一つ。

 神の使徒だ。使徒化すれば、その肉体の年齢は止まる。

 セクトールの聖騎士も、特に高位の神から選ばれた者ならば、使徒となって絶大な力を誇るだろう。


 そのセクトールの聖騎士と対立する中で、人間を使徒と出来るような存在は、この大陸では一人しかいない。

 神殺しのエグゼリオン。神を殺しその権能を奪ったがゆえに、人の身でありながら邪神とも呼ばれる男。

 エグゼリオンには五人の使徒がいるらしいが、名前を知られているのは筆頭使徒のエクレイアと、エグゼリオンに帯同することの多い第三位のシルフィアの二人だ。

 マヘリアのメイドっぷりが板に付いたものであったのも、元々エグゼリオンの従者であるなら不自然ではない。




 さて、それをふまえてこの状況である。

 ちょっと洒落にならないほどの戦闘力の持ち主が、ここに三人いる。

 本当の切り札を切るなら、アーリアが優位にも思えるが、あれはマヘリアのような速度特化の、人間サイズと戦うための兵器ではない。

 広範囲の殲滅兵器を使えば、さすがにどれだけ速くても回避できないだろうが、ぶっちゃけしこしこ地道に魔力を貯めているあれを、ここで披露したくはない。


 それに二人の会話を聞くに、両者は敵対関係にある。

 当たり前だ。かつて神を殺し、その肉を食らったことで亜神と化したエグゼリオンは、現在の神殿関係者からしたら、不倶戴天の敵である。

 セクトール神聖国は、建前上人間を守護する、善なる神の全てを祀る神権政治の国である。

 実際のところは神の名の下に理不尽が許される、一風変わった独裁国家でしかないが。


 アーリアの価値観からすれば、エグゼリオンとは手を結ぶことが出来る。少なくとも敵対はしなくてもいい。

 だがセクトールは無理だ。この傲慢にして尊大なる国家は、アーリアの魂の根源と反発する。

 いずれは根切りにしてくれる、とは考えているが、さすがにこれは父にも言ったことはない。


 それに聖騎士の攻撃は、アーリアとマヘリアの両方を狙ったもののようであった。

 もしも聖騎士が自分たち両者を敵とするなら、アーリアは直前まで戦っていたことを忘れて、マヘリアと手を結ぶ用意がある。

 というかいきなりまとめて攻撃してきた以上、聖騎士殿がアーリアの安全を考えるとは思えない。


 両者は短く言葉を応酬し、そして戦闘に入った。

 アーリアはどうしようかなと考えつつ、どちらかというとマヘリアが勝つ方を望んでいた。




 短いが激しい戦闘であった。

 最後には追い詰められた聖騎士が逃走し、追撃したマヘリアに叩き落されてとどめをさされた。さすがは使徒と言うべきか。

 結局彼女自身は全く魔法を使わなかった。どうやら装備でそちらは補うタイプらしい。


 それを傍観させてもらったアーリアは、既に当初ほどの脅威をマヘリアからは感じていない。

「ま、待たせたわね!」

 肩で息をしながら、マヘリアはアーリアと対峙した。

 マヘリアは目立った負傷は見られないが、何度かは相手の攻撃を食らっていた。

 内部にはダメージが残っているかもしれないし、単純に体力を消耗しているのは明らかだった。


 なぜ、あのまま一度逃げてしまわなかったのか。

 アーリアはこの暗殺者の律儀さに、苦笑せざるをえない。

「あ~、なんだか疲れてるみたいだけど、それで私に勝てるつもりか? ぶっちゃけかなり手の内は掴んだぞ」

 戦闘には間というものがある。

 一戦全力で戦ったマヘリアには疲労が溜まり、それを傍観していたアーリアにはマヘリアへの関心が芽生えている。

 ここから殺し合いを再開するのは、アーリアには難しい。


 マヘリアもそれは迷っているようだった。

 聖騎士相手には接近戦で圧倒していた彼女だが、アーリアにはスピードで圧倒することが出来ず、魔法を使わせていない。

 手の内を探っている程度だったのだが、別にアーリアが何かをしたというのでもなく、一方的に有利になっていた。


 そもそも聖騎士と使徒が、アーリアとの戦闘よりもお互いを敵対者として、戦闘を優先させたのが問題である。

「なあ、使徒のマヘリアよ。そもそも本当に、お前の主は私を殺してこいと言ったのか?」

 この短期間に、超人レベルの戦士が三人も来たというのは、明らかにおかしい。

 どいつもアーリアを狙っていたことは確かだが、マヘリアと聖騎士はアーリアそっちのけで遺恨の戦闘を行った。

 アーリアを狙うには、何か理由があるのだ。そして理由には、心当たりがありすぎるアーリアである。


 たとえばティアの存在がばれたとか。真祖吸血鬼を友人とする人間など、世間の一般常識からすれば、危険人物であることに間違いない。

 開発していた機械神の機密が洩れたのか。これは確かに装甲部などは外注しているため、そこから探られた可能性はある。


 だが一番有力なのは、アーリアが危険な人間だと、世間に知られたからだろう。

 ゴルゴーン将軍を破った戦い。そしてアーリア・ラインの構築。

 それ以前のネーベイア領の発展を考えれば、その源泉がどこにあり、誰を注意すべきかは分かる。


 いったん出奔したアーリアがネーベイアに戻り、ガラハドに進攻し、アルトリア東部に覇権を築いているのを考えれば、即抹殺とはいかなくても、腕の立つ間諜が放たれるのは道理である。

「まあ確かに、絶対に殺してこいとは言われなかったけどね」

「うむ、じゃあマヘリア、私たちの間には、ごく少しだがまだ対話の余地があるとは思わないか?」

 首を傾げたマヘリアだが、彼女から感じる殺意はもうほとんどない。

 現実的に考えて、かなり手の内を晒した上に、それ以前から異質な攻撃に対応していたアーリアである。

 体力差を考えると、勝てるとは思えなかった。




 亜空間からさりげなく椅子を二脚取り出し、片方をマヘリアへ勧める。

「どうもどうも」

「どうぞどうぞ」

 少しばかりのやりとりで分かった。

 この二人は、相性がいい。


 さて、ではお話し合いである。

 一つ間違えれば、また戦闘に入るかもしれないが。

「まず最初に、今回はもう戦闘はやめておきましょう。今やったらこっちが勝つだろうけど、正直こちらも個人戦闘に力を使いたくないんで」

「女の子で将軍で、貴族とも渡り合ってるんだもんね。大変?」

「慣れた」

 双方から笑みが洩れた。


「そっちも亜神の使徒ってどんな感じなんですか? 噂によると全員女性だとか」

「どんな? どんなかあ……」

 マヘリアは本心から考え込む。

「使徒って言っても、それぞれ違うのよね。お姉様は従者と言うよりほとんど対等の副官みたいな立位置だし、シルは単純にご主人様命だし」

 お姉様というのがエクレイアなのだとしたら、シルというのはシルフィアだろう。

「あたしはまあ、命を何度も救われたし、それもあるけどあれ――」

 真剣な顔でマヘリアは言った。

「ご主人様、めちゃくちゃセックス上手い」

 なにそのリア充。


 下半身の事情から、話はエグゼリオン本人のことにつながった。

 なにしろ700年以上は確実に生きている、実在する伝説だ。

 大魔王ジーナスも長命だが、彼の場合は歴史に登場したのが明確に分かっている。魔神と人間の母親の混血児だ。

 それに比べるとエグゼリオンは、おおよそ700年ほど前から歴史にちらちらと名前が出てきているが、同名の人物がいるのだとか、実は親子で同じ名前なのだとか、現在の本拠地に居を構えるまでは、謎が多い。

 そして第一使徒エクレイアは、そんな彼とほぼ最初から共にあったという。


 第三使徒シルフィアの名前が知られてきているのは、この100年前後だ。しかしそれ以前に付き添っていた従者も、彼女であったのかもしれない。

「ところで君は、まだ生娘なのかね?」

 マヘリアの話題は、どうにも下半身に流れやすい。

「はあ。まあ男性に興味がないので」

「え? 同性愛者? じゃあお姉様紹介しようか? あの人どっちもいけるし、すごく上手いよ」

 知りたくもない情報であった。




 マヘリアは割と口が軽かったが、そもそも核心的な情報には日頃から触れないでいるようであった。

 頭が回るほうではないが、ちゃんとそれを自覚しているあたり、救いようがある。

 あと実は他の国にも、単独で潜入したことがあるらしい。

 そしてこれまで名前を知られていなかったのだから、実は相当に腕がいい間者ということだ。

 実はマヘリアというのも偽名の一つだそうな。


 そんなマヘリアの存在を伝播させないのと引き換えに、アーリアはいくつかの情報を得た。

 その情報からアーリアは、自分に向けられて強者が刺客となって放たれている理由を推測した。


 発端はアーリアがネーベイア領で荒らしまわっていた、未発見の迷宮による。

 下級とは言え、アーリアはそこで神を二柱滅ぼした。

 神様ネットワークみたいなもので、それは神々と交信のある者には伝わっていたらしい。

 だがその時点ではまだ、何者が神を滅ぼしたのかは分かっていなかった。


 その後にアーリアがルジャジャマンを滅ぼしたのが、特定する最大のきっかけとなった。

 そしてアーリアがネーベイア領で行っていた政策や戦争指揮から、ほぼ断定したわけだ。

 魔人帝国やセクトール神聖国が動いたのも、神々との接触があるからと言える。

 俗物だらけだと思っていたセクトールにも、ちゃんと神の声が聞こえる人間はいるらしい。

 アーリアからすれば、むしろ俗物でないとまともに国家運営などは出来ないとも思うのだが。




 マヘリアが知りたかったのは、アーリアが何を目的としているかである。

 傍目から見ればアーリアは、ごく普通の歴史的な貴族を演じている。女性という部分では珍しいが。

 自己と自家の権力の拡大と、領土の拡張だ。それだけなら別に、エグゼリオンは危険視しない。

 だが神を滅ぼしているとなれば話は別だ。

「確かに私は神を滅ぼしているが、別に全ての神を滅ぼそうとか考えているわけじゃない。単に無神論者だから、神の力を利用するために滅ぼしているだけだ」

 このアーリアの言葉に、マヘリアは驚いた。

 善神であれ邪神であれ、この世界の人間のほとんどは、神に信仰を捧げている。

 マヘリアとても主に対する敬意は神に対してのものと近いし、当のエグゼリオンも神々の力は意識して、可能な限り敵対しない道を模索している。

 大魔王ジーナスは、神の子であるがゆえに、己を神と同格と見ているが、他の神々の存在を認めないわけではない。敵であっても、存在は認めるのだ。

 アーリアの考えは、完全に異端だ。

「そうだな。エグゼリオンには私のことは、異世界の神が転生した存在だとでも言っておいてくれ」

「転生者、ってのならそこは信じられるけど、それにしても強いわね」

「5000年以上は確実に生きてるからな。全盛期の私なら、この世界の大神と戦っても余裕で勝てたんだが」

 嘘は全く言っていないアーリアだが、マヘリアがそれを判断することは出来ない。

 とりあえず情報は伝えて、考えるのはエグゼリオンとエクレイアに任せる。


 そしてアーリアには、自分たちが敵対する理由は説明した。

「やっぱり知ってるじゃないか」

「いや、でもこれはあたしが自分で考えたことだしね」

 エグゼリオンという男は、どうやら言葉が足りない男らしい。

 それを筆頭使徒のエクレイアと、もう一人ほど誰かが補っているようだ。

 マヘリアの説明も、おそらくこうだろうという使徒たちの予測からのものである。


「ついでになんだが、この間、魔人帝国の魔王に襲われた。享楽の魔王ロカだけど、面識はあるか?」

「あ~、あのビッチ魔王! あたしが使徒になったきっかけの時の事件だ! そういやまだ生きてた!」

 さすがにここまで長生きしていると、因縁が生じているらしい。

 ちなみにマヘリアの年齢は、341歳だとか。なんとアルトリア王国より長命である。




 マヘリアとの話は平和裏に終わった。

 彼女が匂わすエグゼリオンについては、いつかは会って話してみるべきだろう。

 彼はこの大陸における絶対強者であるが、権力にはまるで興味がないらしい。そこは大魔王ジーナスとは正反対だ。

 どうやら遺失した歴史や神話の話なども時折するらしいが、興味のないマヘリアはほとんど憶えていなかったそうだ。

 なんなら弟子入りしてでも、そのあたりの話は聞きたいと思ったが、エグゼリオンの女好きはその戦闘力と同じぐらい有名である。

 ちなみにジーナスも同じく、性欲の塊として有名だ。


「それは違うわね。ご主人様は男女の交わりによって相手の呪いを解いたり、生命力を回復させたりすることが出来るから、そういうことをしているだけよ」

 マヘリアはそうやって擁護する。

 どうやらエグゼリオンは現在には伝わっていない、房中術のような魔法を使えるらしい。

 あるいは亜神である彼なら、普通に交わるだけでも効果があるのかもしれない。


 それとエグゼリオンの使徒は有名どころが五人だが、実際は使徒見習いや、戦場に出ない使徒もいるそうだ。

「ちなみにあたしは使徒五人の中では最弱だからね!」

 なぜか胸を張るマヘリアである。


 マヘリアはこの後、アルトリア王国を西に向かって、ザバック王国から北に進路を変え、水の精霊国に戻るらしい。

 なんとなく迷宮に潜ることはあるのかと聞いてみたが、彼女達が迷宮に潜るのは、エグゼリオンが同伴しない限りは基本禁止されているという。

 理由はまあ、エグゼリオンが神々から敵視されているというところなのだろう。

 それならレオンと迷宮内でばったり、ということもなさそうで安心である。


 荷物もなしに去っていったマヘリアだが、彼女の心配はするだけ無駄だろう。

 どうにか優勢に戦闘を終えたアーリアだが、マヘリアがもっと徹底して奇襲をかけていれば、敗北していた可能性もある。

 戦いには相性があるし、マヘリアは初見殺しの達人でもあった。

 もっともアーリアにとってみれば、純粋に身体能力が隔絶していたレオンの方が、戦いにくい相手ではあったが。


「ごく普通に他貴族と交流しようとしたら、レオンレベルの敵が三人も出てきた。何を言っているのか分からないと思うが……」

 大昔、こんな台詞をよく言われていたような気がする。

 しかしそれは遠い記憶。もはや名前すら思い出せない人々。

「あ~、仕事しよ」

 アーリアが戻って伯爵達が大騒ぎしたのは、言うまでもない。 

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